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魔窟と冒険者  作者: ルト
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第八話

 ところが、クイーンゴブリンがこんな決定的な隙を見せている絶好のチャンスにもかかわらず、ガンナの射撃はいつまで経っても来なかった。どういうことかと肩越しに背後を振り返ってみる。


「え、ちょ、弾が出ないってなんで?! 詰まった? 不発!?」


 ガンナが自分の銃を振り回してテンパっていた。

 私が唖然としてそれを見つめていると、死角から強烈な衝撃を受けて吹っ飛んだ。視界が一瞬かっ飛んで、次の瞬間には左肩から地面に倒れこむ。足元からは強烈な振動が重々しい地響きと共に接地した体から直接感じられる。

 気付けば、私は黒髪の少女に押し倒されていた。目の前のクイーンゴブリンが前傾姿勢で地面に伸ばした腕を持ち上げているところを他人事のように眺める。

 私の顔に掛かる黒髪が震えて跳ね上がった。


「このバカ! なにやってるんですの!? 死にたいんですかあなたは!?」


 私は体を起こしながら彼女の黒い瞳を見つめる。彼女の瞳は義憤に揺れていた。


「ミツキ……?」

「姉さん!」「リーダー!」


 呆然と私が彼女の名を呼ぶ間にヤヨイとマーガレットが私たちのほうへ駆け寄って、私たちを素通りしてクイーンゴブリンに立ちはだかる。

 慌てて振り返った私の前にはクイーンゴブリンがようやく私たちの正体に気づいたように肩を怒らせている。見回してみれば、先ほどまで私が立っていたところはゴブリンの巨腕に殴り潰されて地面がえぐれていた。そのなかにカンテラの残骸を見て私は背筋を凍えさせる。ミツキに押し倒された時に手からこぼれ落ちていたようだが、彼女に助けられなかったら私もああなっていたのだ。

 慌てて立ち上がり、長剣を握り直しながら逆の手でミツキに手を伸ばして助け起こす。


「ごめん、ありがとうミツキ」

「あなた冒険者の自覚ありますの?! そんなんじゃ今に死にますわよ!」


 つい先刻までは彼女に対して思っていたことを激しい剣幕で言われ、私は本格的に落ち込んだ。鼻を鳴らして私を一瞥したミツキは、鼻息の荒いままダガーを引き抜いて構えた。

 私は横目に背後をうかがいつつ声をあげる。


「ごめん、ガンナのようす見てきていい?」

「ええ、それがいいですわ。そのまま後ろに下がっていなさい!」


 ぴしゃりとミツキに言われて、首をすくめながら私はガンナのもとへ向かう。

 草を飛び越え、踏み固めながら一息に戻る。ビオラが戸惑って立ち尽くす横で、ガンナは涙目で歯を食いしばったまま腰の整備袋を取り出していた。


「何が起こってたの?」

「水よ。火薬が湿ったのよ。そのせいで弾が出なかった!」


 どういうことか、と考えをめぐらせて、彼女の濡れそぼった衣服に気付いた。ガンナは支流で派手に転んでいたではないか。あのときに銃が水に浸ってしまったのだろう。

 怒鳴りつけるように言葉を返されたものの、彼女の顔はうつむけられていた。彼女の身を切られたような痛切な叫びは、責任を感じているのだろうか、と考えたがそれは違った。

 彼女は自分と自分の銃に絶対の自信と誇りを持っている。それを果たせなかったことこそが、それこそ身を切られるよりも彼女自身の矜持を傷つける。だから彼女はこんなにも激昂しているのだ。

 私は彼女の肩を掴み、顔を上げさせる。


「ガンナ。……ここは広いよ」


 ガンナは怪訝そうに眉をひそめて私を見返した。私は笑みを浮かべて、私を写す綺麗な空色の瞳を覗き込む。


「ここなら心置きなく銃を使える。だから経費は気にせず使っていいよ」


 狭い洞窟内で銃を自粛していた彼女のガンナッツとしての心をくすぐる言葉を送る。彼女の瞳はにわかに輝きを増し、私を見つめた。

 その瞳が先の失敗を思い出して揺らぐ前に、私はもう一押しをする。


「その代わり……活躍しなかったらガンナの分の御飯、おかずもらうね」


 彼女のあまり素直でない気質が瞳を燃え上がらせた。


「……その言葉、聞き捨てならないわ。活躍しないですって?」


 にい、と強い微笑を頬に刻み、彼女は私を睨みあげる。


「今に見てなさい。すぐに銃を直してあんな愚鈍で醜悪な魔物なんか蜂の巣にするわ。そしてみんなにおかずを差し出させるのよ。言っとくけどおかずを賭けてるんじゃないわ、華麗で激烈で強力無比な銃の絶技のまえに感動しておかずを差し出さずにはいられなくさせるのよ!」


 ばちん、と言葉が終わると同時に弾倉を弾くように開いた。バラバラと湿って使い物にならなくなった弾丸が零れ落ちていく。

 私は苦笑して彼女の元を離れた。銃の整備をするとき彼女はいつもそばに誰も置かない。

 同様にガンナのそばを離れるビオラと目が合った。彼女には万一の時ガンナを助けられるよう待機してもらうことにして、私はみんなのもとへ走る。

 みんなはクイーンゴブリンと一定の間合いを取ったまま緊迫した状況を保っていた。クイーンゴブリンの冗談ではない腕力を前に、迂闊に攻められないのだ。私はそのゴブリンを中心に扇形に展開する隊列に混じる。

 ミツキは私に気づくと怒りを治めていない表情で突っかかってくる。


「なんで戻ってきてますの? 後ろに下がってなさいと……」

「うるさいな! どうでもいいよそんなこと!」


 余りにもしつこいので思わず逆に怒鳴り返してしまった。引っ込みがつかず私は言葉を続けようと思ったが、頭が空回って言葉が浮かばない。

 やきもきしてきたのでクイーンゴブリンに突っ込んだ。

 声をあげるミツキを背後に、私は叫ぶ。


「ヤヨイ、マーガレット!」


 二人の間をすり抜けて、クイーンゴブリンに駆け込む。クイーンゴブリンは私を押し潰そうと拳を振りかざした。走る方向を逸らす。

 唸りを上げて振り下ろされる拳から一番遠い、左脇へとひた走り、身を投げるようにして飛び込み前転。鎧姿でやるものじゃない、と鎧が食い込んだ痛みに耐えつつ思う。だが、クイーンゴブリンの拳は無事に空振りして私の背後を風の音と共に地面を砕く。

 そして私の体はクイーンゴブリンの左脇に移動していた。

 私は膝を突いた体勢のまま、素早く長剣を逆手に持ちかえる。全身の体重をかけてクイーンゴブリンの膝に横合いから突き刺した。ずぶり、と剣は肉に吸い込まれて、繊維を立つような断続的な感触が腕に伝わる。剣の根元まで貫いたところで、左腕が私を薙ぎ払おうと振るわれた。

 私は慌てて地面を蹴ってそばの木立に飛び込み、ギリギリでかわす。へし折れて宙を舞う枝が地面に突き刺さった。

 木の下から逃げ出して、間合いを取ってからクイーンゴブリンを眺める。私の意を汲み取ったヤヨイとマーガレットが脚をやられたゴブリンを翻弄していた。マーガレットが振るわれた腕をかわして飛び退り、私に片方の剣を手渡す。


「片足をやったお陰で、あいつは左側に体重をかけられない。狙い目だよ」


 彼女はそう言って不敵に微笑む。私は借りた剣を取り回して、構えた。


「行こう」


 クイーンゴブリンに向かって駆ける。

 ヤヨイは太刀を我が身のように操り重く鋭利な一撃を叩き込むのを得意とするが、クイーンゴブリンの問答無用な腕力の前では間合いに入ることができず苦戦していた。私は彼女に声を放る。


「ヤヨイ、平気?」

「大丈夫です。でも……」


 彼女は悔しそうに顔を歪ませて後退する。その眼前を丸太のような右腕が振るわれた。取り回しにくい太刀を使うヤヨイとは相性の悪い相手かもしれない。


「ヤヨイ、下がってなさい!」


 柳眉を逆立てたミツキが逆手に構えたダガーを手に、風のように駆け抜けた。叩き下ろされた腕を踊るようにかわすと、脚を振り上げてまさしく踊るようにゴブリンの腕に飛び乗る。流れるような動作の中でいつ刺したのか、ゴブリンの手首に深く突き刺したダガーだけを頼りにして、持ち上げられた腕に取り付いている。

 クイーンゴブリンが彼女を振り落とそうと腕を回す、その一瞬前にミツキはダガーを引き上げて、クイーンゴブリンの手首を深く掻き切った。

 そのまま振り落とされたように腕から離れ、猫のような身のこなしで体を返して柔らかく着地する。そのままゴブリンと間合いを取った。


「すごい……」

「気づきませんでした? 私、軽業師ですのよ」


 仏頂面は崩さず、しかし口調は砕けた調子でミツキはそう答えた。

 ミツキは即座に走り出し、クイーンゴブリンに駆け寄る。私も彼女に続いた。

 散発的な攻撃は与えていても全く致命傷に至らないクイーンゴブリンが、懲りずに腕で薙ぎ払う。足を止めた私に対し、伏せることでその攻撃をかわしたミツキはクイーンゴブリンの三段腹を足場にして駆け上がり、肩にダガーを突き刺した。それを手掛かりに登り、引き抜いて首などを切ろうとする。しかし、彼女の顔が凍りついた。骨にでも刺さったのか、ダガーが抜けない。

 クイーンゴブリンが腕を振り上げてミツキを叩き落そうとした。ヤヨイが悲鳴を上げる。


「姉さん!」


 それを塗りつぶすような濁った悲鳴がクイーンゴブリンから漏れて、腕が止まった。

 そのようすを見上げた私は思わず笑みをこぼす。


「は、ラッキー!」


 クイーンゴブリンの左足に取り付き、刺さった長剣を上下に動かしてやったのだ。傷口をえぐられた痛みで攻撃が弱まらないかと考えたくらいの稚拙な手だったが期待以上の結果を生んだ。

 ダガーをやっと引き抜いたミツキはそのまま飛び降り、私も長剣を放して離れようとした。しかし、薙ぎ払おうとクイーンゴブリンの腕が振り上げられる。ここからだと逃げ切れない、学習して地面ギリギリを狙っている。背筋があわ立った。

 炸裂音が轟き、クイーンゴブリンは仰け反った。潰れた悲鳴を上げながら腕が力を失って地面を打つ。

 安全圏まで息せき切って離れて、振り返った。


「そのデカブツ、私が貰ったわ」


 両手に余る大きな銃を構えた少女が、不敵に笑って銃を操る。空薬莢を棄てて、弾くような音と共に新たな弾丸を装填する。

 ガンナは再び銃を構え、目をすがめて狙いを定めた。私は彼女の援護をすべくクイーンゴブリンに向かい、マーガレットの剣で斬りつける。やはり軽いので感覚が合わない。

 クイーンゴブリンがガンナから目を逸らして私を見下ろした瞬間、その頭の三分の一ほどが砕けて飛び散った。二発目の凶弾が顔面の中心を砕き、三発目は狙いを外れて喉をえぐり取る。

 それ以上は撃たれなかった。なぜならクイーンゴブリンがその巨体を轟音と共に地に沈めたからだ。


「物足りないわね」


 銃口から薄く煙をたなびかせるガンナはこの上なく嬉しそうにそうつぶやいた。

 私は苦笑と共に剣を鞘に収めようとして、その剣が私のものじゃないことを思い出す。呆然とガンナを見つめているミツキがつぶやいた。


「凄まじい威力ですわね……銃の本領は初めて見ましたわ」

「ま、ウチの自慢の一人だからね。早くコイツ解体しちゃおう」


 私がミツキに笑いかけて、ゴブリンの膝から長剣を引き抜いた。マーガレットに剣を届けようとした時、冷酷な声色でダガーを構える音が聞こえる。


「何か勘違いしてませんこと?」


 私は横目で剣呑な声を出したミツキを見る。ミツキは表情を消した顔で刃先を私に向けていた。彼女は静かに口を開き、感情の抑揚を隠して言う。


「私たちは馴れ合っているわけではありませんわ。危機的状況だったから手を合わせただけのこと……どの問題も片付いた今、私たちはあなた達から魔鉱物を頂くだけですわ」

「……姉さん」


 ヤヨイが諫めるようにつぶやくが、彼女は私を挟んでミツキと正反対の場所に立っている。姉を止めることは私をかばうことでしか達成できず、その場合姉に対して明確に反意を示すことになってしまう。だから、優しいヤヨイは本心でどう思っていようとミツキを止めることはできない。

 マーガレットは片手しか剣を持っていないし、そもそも距離的にミツキが私を殺すほうが早い。ビオラは遠く、ガンナの銃は魔物にしか使われない。

 私は長剣とマーガレットの剣を両手に提げたままミツキとにらみ合った。

 ミツキの揺ぎ無い漆黒の瞳が私を捉えている。私も彼女の瞳から目を逸らさなかった。

 天井の亀裂から差し込む月光が傾いて、湖面に反射されて美しく輝いているのが視界の隅に映る。

 風が吹き込んで湖面に細波が立つ。水面の月が揺らめいた。


「どこ見てますの?」

「え? あ、ごめん。湖の月が綺麗でつい」


 いつの間にか目線が吸い寄せられていた。誤魔化すように笑う私の顔を見て、ミツキは気が削がれたのか大きく肩を落とした。


「……もういいですわ。クイーンゴブリンみたいな大物を倒した後で疲れてますし、いちいち争う気にもなれません」


 早く解体しましょう、と彼女はダガーをもてあそびながら疲れた声で言う。とりあえず私たちと争う気はなくなったらしい。どうせこうなるだろうとは思っていたが。

 ヤヨイの太刀やマーガレットの双剣でクイーンゴブリンをバラバラに分解し、臓器などに切り分けて支流で血を洗う。布に包んで小分けして、再配分。私が数や相場を踏まえて苦手な暗算をする横でミツキが口を酸っぱくする。


「きっちりイーブンに分けないと許しませんわよ」

「はいはい」


 臓器は相場が高いが腐りやすく、可及的速やかに売りさばかないと価値がなくなるなど細かいことを色々と考えながら決めて、配分を完了する。皆に配りそれぞれ皮袋に詰めているのを見てから、私も詰めようとして腰に巻いた皮袋の中をのぞく。

 悲鳴を上げた。


「魔鉱物が割れてる……ッ!」


 ビオラが覗き込んで、うわあとつぶやく。そんなあっさりした態度で済むことじゃない。

 赤子の頭ほどもあった魔鉱物が三分の一・三分の二という大きさで分かたれていた。二つを両手に握って見つめる。涙がにじんできた。

 私の世にも情けないことになっているであろう顔を覗き込んだビオラがこらえきれないように小さな声で笑いながら私の頭をなでつける。


「そんなに気を落とさなくていいよ、リーダー。魔鉱物なんて流通量がないに等しいんだし、割れた程度でどうってことないくらい価値があるから」


 顔を上げた私に微笑み、「それよりも」などと言って私の手から小さいほうを掴み取ってビオラはミツキに歩み寄った。ミツキの手を取って、彼女は魔鉱物を握らせる。

 驚いているミツキにビオラは優しい笑顔を見せて、首を傾けた。


「これで解決、だね」

「……い、いいんですの? だってこれ、すごい高価なんじゃ」


 ミツキは動揺して瞳を震わせ、ビオラに聞き返す。

 マーガレットが苦笑を浮かべながら片手を腰につけてビオラの脇に並び、ミツキを眺める。


「いいんじゃないの? それを巡って命を狙われてたんだから、一部でも譲って妥協してもらったほうがあたしたちも安心だし」


 ガンナがムッツリと唇をへの字に歪めてそのやり取りを眺めていたが、ふいに溜め息をついて口元を微笑の形に変えた。

 私も小さくなった魔鉱物を皮袋に戻し、クイーンゴブリンの骨肉を袋に詰める作業を再開する。

 私たちの総意を見たミツキは微笑んで、ビオラに深く頭を下げた。そして岩などにまみれたままの歪な魔鉱物を大切そうに袋に滑り込ませて、袋のうえから優しく押さえる。

 ミツキは顔を上げて、私たちが全ての作業を終わらせているのを見て、瞳を輝かせたまま笑顔を浮かべた。


「さあ、仕舞い終わったなら早く帰りますわよ! 腐る前に叩き売らないと損ですわ!」


 ヤヨイが片手をゆらりと挙げて声を出す。


「あ、姉さん待って。あとちょっと」

「ヤヨイ……空気とか考えてくださいます?!」


 意気揚々と音頭を取った出鼻をくじかれ、ミツキは顔を真っ赤にして怒鳴った。悪気のなかったヤヨイは首をすくめて袋に全て詰め込み、作業を完了させる。

 溜め息をついて私が歩み出る。


「じゃあみんな。帰ろうか!」


 ビオラもマーガレットもガンナもヤヨイも、笑顔を満面に見せて「おー!」と合唱した。

 ミツキだけが「私がその役をやろうとしてたの見てなかったんですの!?」と涙目で地団太を踏んでいる。そこはこだわるところか?

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