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魔窟と冒険者  作者: ルト
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第六話

 険しい顔をして姉妹を睨んでいるガンナに声をかける。


「どうしたの、ガンナ?」

「さっきまで私たちを狙ってたのよ? 近くに置かないほうがいいんじゃないかしら」

「ああ、そのこと」


 私は納得してうなずく。もちろん彼女の懸念はもっともだが、しかしアホな冒険者じゃないんだから……いや、彼女たちはアホだが、少なくとも無能な冒険者ではないのだから、今の状況をよく分かっているはずだ。

 足回りの鎧を身に着けながら振り返る。肩をすくめたミツキが自ら説明してくれた。


「今の状況は、道も分からず脱出法も見当がつきませんわ。三人寄れば文殊の知恵とも言いますし、まずは安全を確保するのが最優先。敵地の真っ只中で足の引っ張り合いは犬死のもとですもの。

 もちろん、彼女の地図は魅力的ですけど、今この場所からの脱出に役立つわけでなし。それでなくともクイーンゴブリンのお陰でいつゴブリンの群れがやってくるのか分からない有様。貴方たちの人数を利用するために集まるのは愚かな選択ではありません」


 視線を向けてくるガンナに、おおむね彼女と同じ理由で私たちも同行すると視線で伝える。危地ではお互いに利用しあうのだ。ちょうど、私たちに男たちが取り入ったときに男たちを対魔物として利用したように。

 まだあまり納得していないふうのガンナだが、別にそれが悪いわけではない。ミツキとヤヨイは警戒を解いて腹を割る仲間とは違う、ということに間違いないのだから。

 私がビオラの手を借りて鎧を身にまとっていると、ミツキがカンテラを挟んで私たちの対面に腰を下ろした。


「とりあえずあの崖から戻るのは難しそうですわ。あの崖は地震か何かでこの辺りが落盤してできたみたいで、登れる強度ではありませんでした。以前はどうもあの穴から水がクイーンゴブリンの空洞に流れ注いでいたようですが、綺麗に落盤して注ぎ口だけが残ってたみたいですわね」


 つまり、私たちが座っているここは天井とつながっていたと。本当に綺麗に地質が分かれていたのだなと私は光が届かず見えない川の対岸を見やる。

 ビオラに教えてもらって、崖からこの地点までの地図を書き記す。その傍ら、マーガレットが口を開いた。


「少なくとも上流には何もなかった。脱出口はもちろんだけど、食料になりそうなものも金目のものも」


 私はうなずいて、地図を仕舞うと立ち上がる。

 カンテラを取って腰につけようとして、フックと蓋しか残っていないカンテラの残骸がそこに下がっていることに気付いた。落ちた衝撃で砕けたらしい。溜め息をついた。ガンナに譲られて私は手に持っていたカンテラに付け替える。


「じゃあ、下流に向かって歩こうか」


 そう言ってみんなを見回すと、それぞれ立ち上がる。私が先頭に立って歩き始めた。

 道は若干の下り坂で、川辺の道は人が三人並ぶのが精一杯、と言う広さ。左手には力を入れて土を引っかけば表面がこぼれる、もろい崖がある。右側にに顔をやり、傍らで水音を絶えず立て続ける川を眺めてつぶやく。


「思ったよりも流れが速いな」


 暗闇が根を下ろすここでは川の音色は清涼感など欠片も感じられず、ただこちらの気力を根こそぎ吸い取るような一定の音を奏でるだけだった。

 足音と水音だけが暗い空間に広がって消えていく。音の広がりからかなり広大な空間であることが分かる。しかし、それが分かったところで状況の打開につながるとは到底、思えなかった。

 それ以上の発見も特になく、黙々と先を急ぐ。幸いにもこの辺りは魔物が出ないようで、足を止めて耳を澄ましても何の気配も感じられない。

 重苦しい沈黙が下りる。足音が少しずつ鈍くなる。疲労で足が重いうえに、この状況だ。気力も折れる。

 足音と水音だけが響くなかで、マーガレットが唐突に口を開いた。


「そういえば、ミツキたちっていつからここに入ったんだ?」


 ここ、とはこの洞窟のことだろう。確かに女性冒険者がいる、と言う噂は私たちが滞在する半月の間では一切耳に入ってきていない。

 ミツキはカンテラを持ち上げて川岸が見えないかと目を凝らしながら答えた。


「今朝からですわ。適当に進んでいたら貴方たち――というより男たちですわね、彼らの大声で追い始めたんですから――に遭遇して、後を追いかけているうちに魔窟の最深部にまで来てしまいましたわ」


 そう考えたら私たちはすごくラッキーですわね、と笑う。


「ふうん。じゃあ、それまでは他の魔窟に?」

「ええ、そうですわ。前回のところは飽きてきたので、こちらに」


 魔窟に飽きるってなんなんだ、という気もするが、冒険者の動機によって魔窟に対する執着も変わってくるので一概には言えない。

 一攫千金を狙う冒険者もいれば、適当な薬草を採取するとすぐに取って返すような冒険者もいるのだ。十人十色の冒険者ライフがある。

 ビオラも興味を持ったようで、会話に参加した。ミツキの隣に並ぶと小首を傾げて尋ねる。


「なんで冒険者なんて危険な稼業やってるの?」

「なんでと言われましてもね……」


 ミツキは苦笑してヤヨイを振り返った。川の流れを見ていたヤヨイは視線に気付いて顔を上げる。

 優しく微笑んだミツキは、前を向き直る。


「親もない私たちが真っ当にお金を稼ぐために、魔窟を回るようになっただけですわ」


 感慨深く言う、その顔に浮かんでいるのは穏やかな笑みだった。ただ、その言葉を聞いていたヤヨイが表情にかげりを見せる。

 ミツキは浸っている自分に気付き、苦笑を浮かべて「お二人はどうなんですの?」と尋ねた。

 マーガレットは頭の後ろで腕を組み、暗闇に飲まれて見えない天井を見上げた。


「あたしはミツキに似てるかな。あ、でも真っ当に生きようなんて考えたこともなかったけどさ」


 遠くを見るマーガレットは手を掲げて褐色の肌を持つ自分の手を見る。


「あたしもね、親がいないんだよね。物心が着いたばかりの頃に捨てられた。それからは盗みで生計立ててさー」


 でも、と先を歩く私を指差す。


「いつだっけか、覚えてないけどリーダーに捕まって魔窟につき合わされたんだよね。まあ、それからズルズルといつの間にか。あれ、あたし冒険者やってる理由ないじゃん!」


 あっはは、とマーガレットは笑う。しかし彼女の理由を私は知っていた。

 彼女は冒険者として名を上げて、両親に自分の生存を報せたいと思っているのだ。マーガレット、と言う名前を嫌いだ何だと言いながらも使い続けているのもそういう理由だ。母親に授かった、その名前を。

 とはいえ彼女自身、冒険者と言う職業のスリルを楽しんでいる節があるので、それ自体も理由になってきたかもしれない。


「それで、ビオラはどーなの?」

「んー、私もね、大した理由じゃないんだよ」


 水を向けられたビオラは控えめに微笑んだ。


「私も、リーダーに誘われたから魔窟に入るようになったんだ。それまでは浮浪者も同然で流離ってたんだけど」

「そうなのですか」


 ふふ、ビオラは目を細めて笑い、振り返る。


「ヤヨイちゃんは?」

「あ、私……ですか?」


 ヤヨイは恥ずかしそうに口ごもると、言うことを整理するように目を逸らしてから、口を開いた。


「私は、姉さんが冒険者を始めたから、一緒に。初めは姉さんが独りで行ってたんですけど、無理言って連れてもらって……」

「へえ、お姉さんと仲いいんだね」


 柔らかく微笑むビオラに、ヤヨイは照れたように、しかしはっきりとうなずく。ミツキを見ると居心地悪そうに川を見下ろしていた。微笑ましい姉妹だ。

 そしてビオラとマーガレットの視線がガンナを射る。続けてミツキとヤヨイの視線も彼女の背中に突き刺さる。

 ガンナはすっごい嫌そうに振り返るが、一同の雰囲気を前に黙り通すこともできず、控えめに最後の抵抗を試みた。


「……私は、別に大した理由じゃないわよ。みんなみたいにすごい過去があるわけでもないし」

「いいから」「ガンナはどうしてなの?」「是非聞いてみたいですわ」「……興味あります」


 四連撃を食らってガンナはなすすべもなく、溜め息と一緒に口を割る。


「単に、銃の腕を磨くために魔窟に通おうってだけよ。弾丸代も一緒に稼げるし」

「それでそれで?」

「いや……それだけよ」

「えー? 目の前で親を殺した仇敵とか、組織に入ってて機械のように人を暗殺し続けた過去とか、騙されて仲間を殺され涙ながらに唇を噛み締めた雨の夜とか、血のにじむような努力の末に身につけた射撃能力とかは?」

「あるわけないでしょ!? アンタ私を何だと思ってるわけ!?」

「なーんだ」

「ンの……!」


 拳を震わせるガンナが般若の目つきでからからと笑うマーガレットを睨みつける。

 それを可笑しそうに見ていたヤヨイが無邪気な笑顔で言う。


「でも、ガンナさんは銃に向いてると思いますよ」

「え。そ、そうかしら?」


 直球で褒められたガンナが照れて、胸の前で右手人差し指をいじる。明後日のほうを向いた顔の頬が桃のように赤らんでいるのが、肌が白いぶん余計に分りやすい。

 ヤヨイはたおやかに微笑み、うなずく。


「はい。だって名前も銃士(ガナー)に似てますし」


 ガンナは言葉に詰まり、気まずそうにぎこちない笑みを浮かべた。周りで話を聞いていたビオラたちも苦笑する。


「いや、あのね? ガンナって本名じゃないのよ」

「……そうなんですか?」


 目を丸くするヤヨイ。そんなあからさまな名前の人がいると思うのか。溜め息をつくガンナとその他の微妙な表情を見て、不思議そうに首を傾けるヤヨイはどうやら天然のようだ。

 普通の人は偽名を使うことに違和感を覚えるだろうが、冒険者なんて社会的に底辺の仕事と思われているようなことをするのは真っ当な人間ではそうそういない。犯罪暦のある人間も多い。本当の名前を使っている人とは半々くらいだというほどだ。そういう意味でも、ヤヨイはすぐ相手を信用してしまうような心優しい純情少女なのだろう。さっきも略奪や殺人を嫌がっていたし。

 ふと、ミツキの視線が……みんなの視線が私に向いた。


「あなたの理由は、なんなんですの?」

「私? 私は――……」


 ギチャギチャと気持ちの悪い笑い声が上がった。振り返れば、前方にゴブリンの群れがいる。

 思わず息を呑む。ゴブリンの数は、確実に十を越している。クイーンゴブリンの手の者だろうか。


「いつの間に!? ちょっとリーダー、なんで気付かないのさ!」

「そういえば、さっきからずっとこっち向いてた気がしますわ!」

「だって、私だってみんなの話に参加したかったんだもん!」


 動揺して裏返った声をあげながら私は長剣を引き抜いた。みんなも文句を言いながらそれぞれ武器を構える。

 真っ先に飛び込んだのはマーガレットとヤヨイだった。双剣を操るマーガレットがゴブリンを翻弄し、太刀を身体の一部のように振るうヤヨイは的確にゴブリンを一太刀で斬り伏せる。驚くべき実力だ。

 だが、二人は同じゴブリンを斬りそうになってたたらを踏んだり、お互いに相手が斬ると思ったゴブリンが放置されたりと足並みが悪いこと甚だしい。私は二人の間に駆け込んで長剣を構えた。

 二人よりも一歩深く敵陣に近づき、長剣をさばく。飛び掛ってきたゴブリンを斬りつけ、蹴り飛ばす。反対から飛び掛ってくるゴブリンを殴りつけた。その重くて固い感触にガントレットのなかで手首が痺れる。目を走らせても、そこらじゅうに猫の目のように瞳をぎらつかせるゴブリンが群れていてどこから襲われるか分かったものじゃない。

 襲い掛かってくるゴブリンに舌打ちして、一歩下がり長剣を振り下ろす。頭の天辺を叩きつけるような一撃にゴブリンが地面に落ちる。その隙に右手にゴブリンが飛びついた。噛みつこうと口を開く。

 腕に強い衝撃が走り、右腕が弾かれた。


「……大丈夫ですか?」


 ヤヨイが太刀でゴブリンを斬り飛ばしてくれたようだ。私は彼女に礼を告げて、ゴブリンの迎撃に戻る。こいつらさっきより増えてないか?

 ゴブリンを横薙ぎに斬り捨てた。適切な力加減ができない。下手に力を緩めると長剣に振り回されてしまいそうだ。疲労第二段階、と私は頭の中で判じる。

 マーガレットに気を取られていたゴブリンを斬りつける。足を引き、横合いからにじり寄っていたゴブリンも横殴りに切り裂いた。剣尖を下ろし、荒く息をつく。額に浮き上がる汗がうっとうしい。

 私が次の手負いのゴブリンを斬り捨て、辺りを見回すとすでに残りのゴブリンは片付いていた。ヤヨイが呼吸を整えるように深呼吸しながら太刀を収め、マーガレットが肩で息しながら苛立たしげにゴブリンの死骸を川に蹴り込む。


「これをどう見るかですわね」


 ちょうどいい準備体操をした後のような血行の良くなった顔色でダガーを収めているミツキが、道の先を見通しながらつぶやいた。私はつばを飲み込み、深呼吸しながら彼女と視線を同じくする。

 ミツキの言う通りだった。この先には、どこかしらに通じる道がある。だからゴブリンが下りてきて私たちの前に姿を表すことができた。しかし、その代わりにその道はゴブリンが使用しているもの……つまり、その道をたどる途中で再び遭遇する可能性が高い。

 どうせ、戻ったって進める道はない。様子を見るにしても、ゴブリンがここに現れて、この川のさらに上流に行かない理由はない。

 逃げ道はほとんどなくなったようなものだ。


「はあ……私は極力戦闘を避けて、もっと慎重に進むのが好きなのに」

「まあ、ケースバイケースってことだね」


 ビオラが笑う。危機感のない、いつもの控えめな笑顔だ。私はそれを見て、もう一度溜め息をつく。

 苦労は絶えない。

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