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魔窟と冒険者  作者: ルト
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第四話

 私たちは男たちの体を調べ、金目のものとまだ使えそうなものを自分の皮袋に入れた。しかし彼らの言っていた通り、マトモに使えるものはすでに何も無く、私たちはほとんど盗ることもなく立ち上がる。

 マーガレットが男の胸ポケットに入っていた金細工のペンダントを男の腹に投げ返した。


「ホントになんも持ってないな。包帯の一つも持ってない」

「……そのペンダントは?」


 私が尋ねるとマーガレットはばつが悪そうに口を曲げて「電気が通ってダメになってるんだよ」と言い訳のようにつぶやいた。

 その親指のツメほどの大きさがある金細工は精巧な作りで、売ればそれなりの値がつきそうだった。私は苦笑を浮かべて声を掛ける。


「行こう。焼けてるから大丈夫だと思うけど、死体のそばにいないほうがいい」


 誰からともなく歩き始めた。いつも通り、足を止めて魔物の気配に耳を澄ませ、休憩を小まめに取って、周辺の壁を調べながら慎重に進む。

 私は、あの男たちを責めようとは思わない。生き残るために手段を選ばないのも、一つの生き方だからだ。私の場合は、他人に頼って生き残ろうとか他人から奪って生き残ろうとは思わない。しかしそれも私だけのこと、この仲間たちだって、いざ窮地に陥ったときにどんな行動を取るかなんて分からない。

 ガンナが私の隣に並んで、かすかな声で話しかけてきた。


「……あの人たち、本当に殺さないといけなかったの?」


 私は彼女の思いつめたような横顔を見た。うつむいて、右手人差し指をいじっている。

 ガンナは私たちのチームで行動を始めてまだ日が浅い。友好的なフリをして近づいてきた冒険者に騙されそうになっただけなら何度かあったが、殺されかけたことまではまだ経験したことがなかった。

 私は静かに口を開く。


「私たちが生き残ることが、最優先」

「じゃあ、私たちも彼らのように追い詰められたとき、同じように誰かを襲うの?」


 ガンナの真っ直ぐで純真な問いに、私は意地悪な問いで返した。


「そうしたい?」


 彼女は困ったように私を見て、私の顔に浮かぶ笑みを見た。一瞬気分を害したように眉をひそめるが、少し考え込んでからゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……私は嫌よ。そんなことしたくないし、そんなことしてるあんた達も見たくない」

「じゃあ、そういうことで」


 私のふざけているような言葉にガンナはちょっと怒ったようだった。私は彼女を横目で見返して、笑顔を向ける。


「私たちは冒険者。危険な魔窟に、討伐者でもないのに入り込んで探索する好事家だ。やりたくもないことをするやつは、今こんな場所には居ないと思う」


 もっともその場合は死ぬ覚悟も持ってないといけないけどね、と私は付け足す。ガンナは呆気に取られたようにしばらく黙り込んだあと、苦笑して礼を言った。礼を言われるようなことじゃない。

 ガンナが歩みを緩めて私から一歩下がろうとしたとき、マーガレットがささやき声で私たちに報せる。


「後ろに誰かついてきてる」


 ガンナとビオラは息を呑んでいたが、私は驚かなかった。

 あの男たちが騒いでいたせいで私たちに気付いた何者かが、ずっと後をつけていたのだ。男たちは気付かなかったようだが、ここまで執着してついてくるのは魔物とは考えにくい。魔物は気が短く、凶暴で好戦的だ。私たちに勘付いた時点で襲い掛かってくるはずだ。

 魔物以外の何か、といえばもう人間しか思い当たらない。しかしなぜ私たちを追うのか。それがよく分からなかった。

 足を止めて、耳を澄ませる。魔物の気配はなかったし、あの連中も滅多なことでは物音を出したりしていないようだ。

 私が眉を歪ませていると、マーガレットが声を潜めて提案した。


「どうする、戻って正体確かめる?」


 その妥当性を考え、緩やかに首を左右に振る。あの男たちのようにどうしようもない理由さえなければ、冒険者同士はいちいち敵対したりしない。敵ではない相手にわざわざ姿をさらして、しかも襲撃を疑ってかかるなど、むしろ逆に敵性と取られるかもしれない。


「気にせず行こう」


 私たちは先を急ぐことにした。

 しかし、次の休憩の時には相手がまるで私たちの動きに合わせるようにぱったりと行動をやめたらしく、私たちに追いつくことはなかった。そうかと思えば私たちが動き出せば向こうも動き出し、お互いの距離は一定に保たれる。

 中途半端な緊張状態のまま二度目の休憩を迎え、私は溜め息をつきながらペンをとった。地図を書き終えたら懐に仕舞い、代わりに取り出した乾パンを口に入れる。そろそろ引き返し時だろうか、と考えながらパンを咀嚼していると、ふいに物音が聞こえた。

 弾かれるように立ち上がり、剣を握る。見つめる道の先から、ゴブリンが五体現れた。

 舌打ちをこらえ、声を上げる。


「みんな、ゴブリンが!」


 背後でみんながそれぞれ武器を取る音。今回はさすがにガンナの銃に頼らないとまずいかな、と私は思った。

 ゴブリンは五体並んで潰れた顔を見合わせて、ギチャギチャと気持ちの悪い笑い声を上げる。私は不快感に顔を歪めながらも長剣を抜いて構えた。

 中型魔物であるゴブリンは直立二足歩行だが、武器になるものはツメとキバだ。だからガンナの銃ならば圧倒的に有利に立てる。しかし銃は一発当たりの値段がバカにならないうえ、こんな閉塞空間でぶっ放したら私たちもただじゃ済まない。

 しかしそれでも、五体も居る今回ばかりは頼るしかないか――……。

 私がそんなことを考えていると、ゴブリンが一斉に襲い掛かってきた。


「うわっ!」


 反射的に払った剣は空を切り、ゴブリンはその醜悪な顔を喜悦に歪ませて私に迫ってくる。生理的な嫌悪に身を任せて振り上げた足は見事にゴブリンの顎にトーキックを決めて、ゴブリンはもんどりうってひっくり返った。しかし地面に腕をついて起き上がると、再び元気よく駆け寄ってくる。

 ゴブリンの厄介なところはこの尋常でないタフさだ。一回や二回斬りつけただけじゃまず倒れない。それが群れで襲ってくるのだから、たまったものではない。

 再び襲い掛かってきたゴブリンを斬りつけるが、私の貧弱な剣術では有効な攻撃に至らない。どす黒い血を流すゴブリンは全く堪えた様子もなく立ち上がった。

 私はもう一度ゴブリンを斬る。手を切り落としたが、ゴブリンは頓着せずに飛び掛ってきた。咄嗟に持ち上げた剣にしがみつき、私をかみつこうと不揃いで針を並べたような鋭利なキバを見せる。


「わ、あっ!!」


 剣を振り回して振り落とした。振り払ったゴブリンを蹴っ飛ばして地面を舐めさせる。

 起き上がろうとしたゴブリンの首を刎ねて、トカゲの尻尾のようにうごめく体に剣を突き立てる。私ではない。

 全ての相手を自分ひとりで倒そうとしてるかのように鬼神のごとき勢いで立ち回るマーガレットは、突き立てた剣を抜くと無意味に動き続ける体を蹴り飛ばして次のゴブリンに向かう。

 他のゴブリンは、ビオラが相手をしていた。銅製の杖でゴブリンを引っぱたく、するとゴブリンはふっつりと倒れこむ。次に飛び掛ってきたゴブリンに杖を差し向けて迎撃、そのままゴブリンが地面に落ちて痙攣する。しかしゴブリンはややもするとゆっくりと体を起こす。恐ろしいことにやつらはビオラの攻撃で息があるのだ。

 もちろん彼女は本気で雷撃を加えているわけではない。しかし本気を出して立ち回れるほどゴブリンの数は少なくない。本気の雷撃は相当魔力を食うらしいのだ。

 張り倒して叩き落すばかりのビオラだが、一匹のゴブリンを叩き落した隙に他方からゴブリンが飛び掛ってきていた。目を剥くビオラの目の前で大きく開かれる口、その不揃いで汚いキバ。

 その顎が吹き飛んだ。

 物凄い轟音が響き、その音を間近で聞いてしまったビオラは真っ直ぐ立っていられずにふらりとよろめく。

 ガンナの構える銃が薄く煙を上らせていた。ガンナは銃声に顔を歪めながらも銃を操り空薬莢を捨てると次の弾丸を薬室に叩き込み、再び構える。

 狙ったゴブリンの頭を吹き飛ばす前にマーガレットが貫いた。即座に首を刎ねる。

 私もいつまでも見とれている場合ではなく、最後の一匹を長剣で刺し貫いた。腹から剣が生えていてもジタバタともがき続けるゴブリンに不気味さを感じながらも、一度引き抜いて今度は頭を叩き斬る。

 そして首のない死骸が二つ、頭を撃ち抜かれた死骸と胴に長剣の幅の穴が開いた死骸、電流で焼け焦げた死骸が一つずつ。

 私はそれらを見回して、皮袋から布を取り出し長剣を拭う。溜め息一発。

 ゴブリンは本当に嫌いだ。




 ゴブリンから爪を剥ぎ、ガンナの皮袋に入れる。ガンナはちょっと不快そうに眉をひそめたが、私の情けない顔を見て文句は言わずにいてくれた。

 そして私たちは足早にその場を後にする。死骸の血肉の臭いに誘われて他の魔物が寄ってくる前に。

 さらに洞窟の奥へと足を踏み入れる私たちは、空気が変わってきたことを感じる。耳に引っかかるかすかな音……水音、だろうか。

 私たちはお互いに顔を見合わせて、進む。

 カンテラの柔らかい明かりが岩の陰影を強く浮き上がらせて、道の先をか細く照らしていく。右へと弧を描く道を下っていく。

 そして、それは広がった。


「……っ」


 私は声も出ず、ただ目の前の景色に圧倒される。

 後ろからこの景色を目にしたみんなもそれぞれ呆然としていた。

 天井の亀裂から降り注ぐ暮れなずむ陽光、そのかすかな光を頼りに草木が繁茂している。赤く染まった光に照らされてほの明るく映し出される青々とした背の低い草、青や白といった淡い色合いで星のように明るく光を反射する花。崖のように切り立った段差の下には、地底湖が広がっていた。

 まるで楽園、というような神秘的な光景にただただ見とれている。

 私が静かにその光景を見つめ続けていると、誰からともなくドーム型の空間の探索を始めているのが見えた。私だけサボっているわけにも行かないので足を踏み出す。

 しかし身が入るわけもなく、私の視線はまるで吸い寄せられるようにこの景色に向いていた。


「この場所、私たちのほかには誰が足を踏み入れたのかな……」

「は? 知らないよそんなの。つかリーダーもちゃんと探せよ薬草とか資源とかなんか色々さあ!」


 呟きがマーガレットに聞こえたらしく、言い返されただけでなく怒られてしまった。私は苦笑を浮かべて真面目に辺りを見回した。

 魔窟はそれだけで人の出入りが寡少になる、永遠の秘境だ。それゆえに未だ発見されていない資源や貴重な薬草など、珍重されるものが多く見つかることが多い。

 討伐者は魔窟を人を脅かすものと見なして排除したがるのに対し、冒険者は魔窟を天然の宝物庫と見なして探索することを重んずるのだ。

 ガンナやマーガレットが薬草などを探しているのを見て、とりあえず私は壁を調べていく。

 早々に周囲と岩質が違うところを見つけて、剣の鞘で叩いてみる。表面の岩がはがれて、明らかに周辺と色が違うものが露出した。屈み込んで調べてみる。


「……これは、魔鉱物?」


 魔鉱物とは冒険者の隠語で、一般に宝石のことである。魔窟で多く産出され、また深部で発見されたものには魔術的な効用がついているものもごく稀に発見される。いずれにしても王侯貴族・富豪・魔術師に重宝され、種類によっては目玉が飛び出るほどの高値で取引されることもあるものだ。

 特に魔術的な効用、要するに魔力を持った魔鉱物は伝説とまで言われ、あらゆるところから求められており一生遊んで暮らせるほどの金で売買されると言われている。とはいえ未だそれが発見されたことなど両手に収まる回数であり、ほとんど冒険者間のおとぎ話といったシロモノなのだが。

 ビオラがやってきて、私の見つめている岩をなぞった。


「……すごい」

「えっなにが?」


 私が見上げるそばで、なにが感極まったのか目を潤ませるビオラが震える声で大事そうに宝石に手のひらをあてがう。


「これ、魔力を帯びてる。こんなものが本当に実在するなんて……!」


 魔力を帯びた魔鉱物?


「う、うお!? うっそ、じゃあこれ」


 そこから先は言葉にならなかった。これが幻の、一攫千金億万長者間違いナシの超絶高価買取が約束されたまさに現代の伝説!!


「……って、そんな都合よく見つかるわけないじゃん。まあ、タダの魔鉱物でも恐ろしくラッキーだけどね」


 私が上機嫌で笑いかけると、ビオラの顔は強ばっていて、まるでそれが本当に伝説の魔鉱物であるかのように畏れている。普段からおっとりとはしていても冗談を言うようなキャラではないビオラは、震える指先で魔鉱物をなぞって、腰が抜けたように座り込んだ。

 私は不安になって尋ねる。


「……まさか、本気で魔力が?」


 彼女は私の顔を見て、感極まったあまりに胸が詰まって言葉が出ないように口をあえがせながら何度もうなずく。

 まさか、という思いと、もしかして、という思いがぶつかる。そしてビオラの保証という強力な援軍によって「もしかして」が勝利した。きわどい勝利だったが、逆に鮮やかでもあった。


「じゃじゃじゃじゃじゃあ、こここれ、ほん、え、ま、ええ? 伝説!?」


 動揺が私の言語中枢をクラッシュさせる。ほとんど意味のある言葉を発せない私にビオラが何度もうなずいた。

 なにかの間違いじゃないよね、と涙声で確認すると震える声で「間違いないよ」と答えをもらう。鼻の奥が詰まってきた。視界がにじむ。

 声を上げて泣きじゃくる私たちの異変に気付いたマーガレットとガンナが歩み寄る。どちらも気味悪そうに私たちを見ていた。「何か拾って食べたの?」って失礼な奴だ。

 私は洟をすすりながら彼女たちにも説明した。


「これ、伝説の『魔力を持った魔鉱物』だよ。これ一個で城が買える!」


 目を丸くした彼女たちは、さっきまでの私同様に信じていなかった。しかし尋常でない私とビオラのようすに感化されたのか、すぐに信用してくれた。

 彼女たちを促して、掘り出す作業に取り掛かる。ビオラは周辺の岩を削っているとき誤って魔鉱物をかすめてしまい、魔鉱物に謝っていた。気持ちは分かる。

 そうして削りだした魔鉱物は余分に切り出しておいた岩を除いても赤子の頭ほどあった。その大きさに歓声が上がる。

 いそいそと慎重に皮袋に詰めて、皮袋を私の鎧に隠すように巻き変えた。万一にも落としたら大変だ。

 何重にも固定して、何度も確認して、私は顔を上げる。


「よし、ずらかろう」


 みんなが真剣な顔で深くうなずいた。

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