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魔窟と冒険者  作者: ルト
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第十話

 そして朝食を食べ終わり、装備を整えた私たちは宿を引き払った。オバちゃんとの別れを惜しみつつ宿を後にし、約束していた通り街の出口で荷馬車を受け取って街道を進み始める。

 空は快晴、視界良好。道の具合は問題なく、私たちは快調に馬を進めた。


「って、荷馬車ですから幌はないんですのね……」

「そんな無駄遣いできないしね」


 むき出しの荷車に惜しみなく降り注ぐ日差しに音を上げるミツキに、御者を務めている私が笑って答えた。

 土の道を二頭の馬が引く荷車がゴトゴトと音を立てて進む。見渡す限りの平原には青々とした草が風に波を作っている。遠くには囲むように連なる山がその姿をかすませていた。背後の街はすでに消えかけたその姿をのぞかせるのみ。

 基本的に国境沿いに魔窟が偏在するこの大陸は、文化交流や国際通商をほとんど冒険者が担っている。討伐者が切り開いた国道に限っては商人が行き来できるが、そこもときおり魔物が出ることもある危険なもの。ゆえに草原なり森なりに存在する魔窟を通り抜ける冒険者こそが専売特許としているのだ。

 だがあの洞窟のように、どこにもつながらない魔窟も少なくない。どの魔窟も量に多寡はあれど貴重な植物や鉱物などが採れるため、それを採集するのも冒険者のうちだ。

 そんな魔窟で採集したものを相場が高い街まで運んで売りさばく。これはまさしく冒険者しかしないこと。


「そういえば、今更ですけど貴方たちはどれくらいの期間あの魔窟に挑んでたんですの?」


 ミツキが御者台にもたれかかり、両手を組んでその上にあごを載せた。

 私は手綱を握るだけでほとんど馬に任せきりにしているままミツキを見下ろした。


「半月くらいかな。ゆっくり慎重に探索を進めていったから」

「そうなんですの。半月で最深部に到達って、凄いんじゃありません?」


 私は苦笑する。確かにあの街の冒険者は大体三ヶ月サイクルで入れ替わっていくらしいから、そうかもしれない。一日で到達した彼女らに言われることではないけれど。


「まあ、私たちは魔術師も銃士も揃ってる恵まれたチームだしね」


 魔術が使えるようになった人物はただでさえ数が少ないのに、魔術師は大抵が達観しているような人ばかりで冒険者稼業についている人など滅多にいない。

 銃士も、銃の複雑な機構は誰にでも扱えるものではない。そのうえこの大陸の性質上、高度な技術は伝わりにくいこともある。それを熟知しそのうえ武器として扱える、本当の銃士など魔術師並に少ないのだ。

 そのどちらも揃える私たちは正直、幸運に過ぎる。

 ミツキはビオラを振り返って、苦笑する。


「確かに、ビオラは私の知る魔術師の方とは雰囲気がメチャクチャ違ってますわ」

「だろうね」


 私も笑う。魔術師としても珍しい性格なのは確かだが、冒険者だというのにおっとりして穏やかな気質を持つ彼女は本当に珍しい人種だ。


「冒険者としてこれほど妙なチームは見たことがありませんわ。そもそも、私など貴方たちの命を狙ったほどですのに一緒に居ますし」


 合縁奇縁とは言いますが、これほど奇妙な縁はありませんわね、とミツキはくすくすと微笑む。

 私はそんな彼女を見て、頭を振った。


「そこまで奇妙でもないんじゃないかな」

「え?」

「だってミツキたち、誰も殺したことないでしょ」


 う、と口ごもる。その分かりやすい素直さも証拠の一つ。


「こんなお節介で人の好い姉妹が人を殺して金品を奪うなんてできないよね。たとえミツキがそんな冷酷な人物だとしても、優しすぎるヤヨイが反対するだろうし」


 逆もまた然り、とは言わずもがな。微笑みかけたミツキが顔を赤らめて口を尖らせていた。

 たとえ自衛のためであっても殺しをした私たちとは明らかに違う彼女たちに、私はただ微笑みを向ける。

 ふと思い返せば、ミツキが男たちの死体を感電死だと判じられたのは、死体に驚いて調べたからなのだろう。私たちなら放置された死体は有用なものが何もないこと、魔物が察して寄ってくることばかりを考えてすぐに離れるだろう。魔物に殺された冒険者なら金品以前に、骨も残さず喰われている。

 ミツキがそっぽを向いて荷車に引っ込んだ。私はそれを追うように振り返り、柵にもたれかかる彼女に声を掛けた。


「そういえばミツキって、特製健康ジュースとか持ってるって言ってたね」


 彼女は私を見て、腰に巻いた水筒を手に取る。


「ええ、そうですわ。さまざまな薬種や野菜などを独自のレシピに則ってブレンドした、一口で元気になれる予定の健康ジュースですわよ」

「健康?」

「わっ、いつの間に隣に来たんですの?」

「飲ませてー」


 ビオラが嬉しそうにミツキから水筒を借りて口をつける。

 口に含んだそれを吟味するように味わい、喉が動いてそれを嚥下した。


「うーん、ジュースって言うより、ゲル状? なんかドロドロしてるね」

「ええまあ、水気はすり潰した果実だけですから」

「なるほど。で、栄養的にはどんな感じ? 栄養素の種類とか含有量とか」

「そうですわね、今回のそれは確か二十六種類ほど混ぜましたから……」


 何となく思い出したものを聞いただけだったが、なんだか二人して専門的っぽい談義が始まってしまった。あっという間に話題に置いていかれ、私は顔を他に向ける。

 ガンナが奇妙なダンスを踊っていた。腰だけを動かすようにして、ゆっくりじっとり扇情的に回している。額に浮いた汗の量からして随分やっていたらしい。

 彼女は何か変なものでも拾って食べてなかっただろうかと頭をめぐらせていると、ガンナの隣に脚を揃えて座っていたヤヨイがおずおずと話しかけた。


「あの、ガンナさん。なぜ腰をゆっくりと回したり、体を捻りながら寝かしたり起こしたりを繰り返す運動をしたり、両膝を交互に胸に当たるほど高くあげたりしてるんです……?」

「ダイエット、よ。無駄な脂肪を、落とす、ためにねッ」


 ふっふっ、と規則的な呼吸をしながら直射日光の降り注ぐ荷車の上で体を動かすガンナ。ヤヨイは戸惑うように眉根を下げて問いかける。


「でも、こんな暑いところでそんなに発汗したら熱中症に……」

「激しい、運動で、なければ! 大丈夫、よ! この暑さ、なんかサウナ効果、ありそうじゃない!?」


 息を切らせて汗をたらしながら笑顔で言い放つガンナに、ヤヨイは気おされたように同意する。

 そういえば昨晩ガンナが、「自分へのご褒美よ、今日も一日お疲れ様!」などと言ってケーキを半ホールほど食べていたような。


「平気、平気よ! まだいける! このまま、昨日の分を取り返すわ!」


 あはははは、とガンナは笑いながらダイエットと称するなんだかよく分からない運動を激しくしていった。ひょっとしたら彼女のプロポーションを目指すなら同じことをするべきかもしれないが、胴回りは問題ないから別にいいや。

 ヤヨイはガンナから引き気味に座りなおし、ふと私の斜め後ろにいる人影に声を掛けた。


「マーガレットさんもダイエットですか……? て言うかそれは何の運動ですか?」

「ぅえ? なんか言ったー?」


 ガンナ以上にダラダラと汗を垂らしているマーガレットは、荷車の縁に手を突いて逆立ちをしたりそのまま体を水平に倒したりと器械体操のようなことを繰り返していた。


「マーガレットはトレーニングだよ。今朝走り込み出来なかったからって」

「ぅん、やっぱり鍛錬は休んだら負けだしさーふっ!」


 バケツで水をかぶったような濡れ具合の髪を逆立てて彼女は荷車の縁で奇妙なポーズを取り始める。

 すれ違った隊商の御者がギョッとして私たちの馬車を見送ってくれた。ご丁寧にすれ違った後もわざわざこちらを振り返って見守ってくれる。

 私は曖昧な笑顔で遠く山を見上げる。今日も空は青くていい天気だ。

 御者台に乗り出すようにして、ヤヨイが私をうかがい見た。


「あの……、御者代わってくれませんか?」

「大丈夫。私はまだ大丈夫だから、御者は私に任せて休んでて?」


 私は彼女に微笑んで返した。

 御者台にすがりつくようにして、ヤヨイが私を上目遣いに見つめた。


「あの……、御者代わってください、お願いします」

「嫌だよ? 私、まだこの荷車の連中と一緒になりたくない」


 私は彼女に微笑んで返した。

 ヤヨイはそれが最後の希望であるかのように御者台を握って、私にこいねがった。


「では、どうか一緒に御者をやらせてください」

「それなら、どうぞ」


 私は彼女に微笑んで場所を譲る。

 いそいそと御者台に座ったヤヨイと目を合わせ、無言で微笑みあう。


「へえー、その薬草って煮るとそんな成分が出て来るんだ」

「ええ、そうですわ。私もこの間知ったんですけれど」

「あはははは、来てる、来てるわ! 今、私の脂肪が燃えてるわ!」

「よし、そろそろ片手倒立腕立て伏せを軽く三百回くらいやって休憩にしようかな!」


 風がそよぎ、小鳥が歌う。魔物が出る気配もない。魔窟のなかとは違う開放感溢れる、とても平和な朝だった。

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