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滅びゆくのが定め

 カーリナには、そう思えてならなかった。

 そう言わざるをえない理由を言葉にできないのか、彼女は口をつぐみ続ける。


 まるでこの世界のすべてを知っているかにも思えるが、そこまで真実に触れた者がいるわけではなかった。

 それを知る者が存在するのであれば、魔王が何もせずにいるはずがないからだ。

 必ず何かしらの影響を与えるし、消されたとしてもなんら不思議ではない。


「……わかっとるよ。

 この世界の住人に魔王の討伐など、もはや不可能じゃ。

 恐らくは対峙すら叶わずに無力化されるじゃろうて。

 だからこそ異界から強者を必要とすることもの……」


 ならば、どうすればいい?

 いや、我らにすることは何もないに等しい。

 彼は心中で自問自答した。


「……異世界の勇者、か……。

 その中でも"無能"と判定された者だけが放逐されるとも聞く。

 そこにアウリスは希望を持ったのだろうが、ワシには微かにも思えぬ砂粒の望みにかけているとしか思えぬよ……。

 魔王を倒すことができるのは、勇者が放つ"光の一撃"のみと()われるからの。

 勇者であれば仲間のひとりやふたりは連れ歩くじゃろう。

 単独で行動するハルト殿に魔法の類は一切使えないのではないだろうか。

 だからこそ王都を追放されたのだとも思えてしまうからの」

「ハルト様が勇者様である可能性は、まったくないのですか?

 あれほどの強者が無能を理由に追放されるなど、私には考えられません」


 彼女の言うように、武芸者たるハルトが"無能"だとはとても思えない。

 だが、それも見ようによってはそう判断されてもおかしくないと彼は話した。


「"魔力がない"。

 この一点に尽きるのではないだろうかの。

 であればハルト殿が放逐された理由には十分じゃろうて。

 同時にそれは、彼では魔王を倒せない(・・・・・・・・・・)と証明しておることを示す。

 とても言い難いことじゃがの、ハルト殿に魔王討伐は不可能じゃとワシには思えてならない」


 ハンネスは深く考える。

 堂々巡りにも思える思案の中、まともな答えなど出ることはないだろうが、それでも彼は深く考え続けた。



 ――では、どうすればいい。

 "今代の勇者"が育つまで待つしかない。


 だがそれは、いつになれば叶う?


 5年か、10年か?

 それとも15年も必要とするのか?


 ……恐らくは、もう時間がない。

 ハルト殿が放逐されたのであれば、もうひとり勇者として呼ばれた可能性が高い上に、そちらの者はまるでハルト殿の技量と比例するように強大な力を秘めている傾向が強いように思えてならない。

 そして"王城"に召喚された時点で様々な課題が山積することになるだろう。


 仮に強い力を持つ勇者が異世界から召喚された場合、目も当てられない惨事となる可能性も考えられるし、そやつの暴挙を止めることなど、この世界の誰にもできはしない。


 ならば、いったいどうすればよいのだ……。



 今度は彼が煮え切らない様子を見せるが、それでもカーリナは訊ねた。

 そうであってほしくはない、それは間違いだと自身に言い聞かせるように。


「……この世界は、すでに詰んでいる(・・・・・)のでしょうか?

 魔王は虎視眈々と世界を我が物にしようと手を伸ばし続け、今度こそ空を闇で覆い尽くすのではと思えてなりませんし、我々が魔王に逆らうことなど叶わず、最悪の場合は異世界人たるハルト様へ直接牙を剥かせるのではないかと気が気ではありません……。

 私がご一緒すれば、その可能性が限りなく高くなるのではありませんか?」


 そうなれば、ハルトの心は引き裂かれるような衝撃を受けるだろう。

 それを自分自身が与えるかもしれないと恐怖する彼女の判断はおおむね正しい。

 彼を崩す手段のひとつと考えるのならば、それがより効果的であることは間違いないし、操られたように動く彼女をハルトが止められるのかもカーリナには分からないとしか言いようがなかった。


 もしかしたら本当に彼女自身の手で終わらせてしまう(・・・・・・・・)かもしれない。

 彼女にとって、それが何よりも心苦しく思えることだった。


「アウリスが何をもってハルト殿を信じているのか、それくらいはワシにだって理解できるつもりじゃよ。

 ティーケリを単独で退ける強さを持ちながらも、力を振りかざすことがない。

 驕ることなく、他者を見下さず、冷静沈着に行動をしながら研鑽を積み続ける。

 それはまさしく"勇者"と呼ぶに相応しい武人の心と力を兼ね備えた御仁だと言っても過言ではないじゃろう。

 ……じゃがの、カーリナ。

 それでもワシは、こう思うんじゃ。

 "この世界を救う者は、異世界人であってはならない"のだと。

 我々の身勝手な都合で一方的に呼び寄せた上に世界を救ってもらおうだなどと、虫のいい話にもほどがある。

 そんなもの、礼節の欠片も感じぬではないか……」


 だからこそ彼は強く思う。

 アウリスの考えは間違いであると。


「この世界の住人に救えぬのなら、そのまま滅びゆくのが定めではないのかの。

 もし神とやらが存在するのならば、滅ぶ世界のためではなく異世界人たるハルト殿にこそ救いの手を差し伸べるべきじゃとワシには思えてならない」


 もし、そんな存在がいるのならば。

 それを前提とした話になるが、そうあるべきだと彼は強く思っていた。


「……そう遠くない時期に結末を迎えるじゃろうな、この世界は……。

 願わくば、どんな答えであったとしても、ハルト殿に幸多からん未来を……」


 神ではない何かに祈りを捧げるハンネスの声が、室内に小さく響いた。



 ハルトは知らない。

 この世界に何が起き、どんな影響を自身がもたらすことになるのかを。

 そして彼の決断が、この世界にとってどんな意味を持つのかを。


 気の合う者たちと隣町を目指す彼が知るには、まだ少しの時間を必要とした。

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