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その一線だけは

 がらんとしたようにも思える管理世界で、俺は肌寒さを感じていた。

 こんなに寒々しい風が吹いただろうかと思えるほど、みんなの存在が大きかったんだと改めて思い知った。


 一呼吸を置いて、心を穏やかにする。

 思い出したように、俺は女神様へ感謝を言葉にした。


「あの時、女神様が顕現してくださらなければ、俺は確実に終わっていました。

 命を助けていただき、本当にありがとうございます」

「どうぞお気になさらないでください。

 あれは"先見"でも視えなかった事態ですし、何よりも人の子に斃すことは困難を極める存在でした」


 ……逆に言えば、それすらも倒せる男がいるって意味になるんだが、これ以上は俺が関われるような次元の話じゃない。

 この件に関して首を突っ込むことは避けるべきだろうな。


「……なぁ、女神様。

 みんな、もう新しくなった世界に着いたのかな?」


 空を見上げ続けていた一条は、呟くように訊ねた。

 その声色からは、そうだったらいいと本人の希望を強く感じさせた。


 しかし、そう単純な話でもないようだ。


「現在は魂の状態のまま保護し、世界の浄化と改変を同時進行で続けているのですが、時間がかかるため、しばらくは深い眠りに就いていただくことになります」


 そう言葉にした女神様は、どこか申し訳なさそうな表情に見えた。


 だが、時間がかかるのも当然と言えば当然かもしれない。

 すべての命を預かることでもありえないのに、世界を改変するなんて、何百年と時間をかけたところで人間には到底不可能だ。


 むしろ、そんなことが可能になった世界のほうが大問題だ。

 そうなった時点で、多くの神様が介入するんじゃないだろうか。

 そのまま放置すれば確実に世界は滅ぶとしか俺には思えない。

 魔王のような存在などいなくても、ヒト自身が世界を崩壊させてしまう。


 それは、この世の地獄以外の何ものでもない。

 人が人の手で世界を滅ぼすなんてあってはならないし、もしもそうなったとしたら心から情けなく思う。


「……そういえば、アリアレルア様の使徒となった方はエルネスタさんが初めてなのですか?」

「いいえ、違いますよ」


 ほんの興味本位だったんだが、どうやら違ったようだ。

 目を丸くしながら、俺はアリアレルア様の話に耳を傾けた。


「みなさんが戦った敵について話した方が良さそうですね。

 あれは10英雄の方々ではなく、あくまでも肉体に闇を寄生させて動かしていた存在で、魔王の傀儡と呼んだ方が適切かもしれません。

 彼らの魂は、200年前から(コア)周辺を彷徨うように漂っていたようです。

 どうやら、魔王が闇を世界に侵食させて"呪い"が発動した時点で、英雄たちの魂も行き場を失ったのだと私は結論付けました」

「……そう、だったんですね……」


 なんともスケールの大きな話だ。

 幸か不幸か、かつての英雄と戦わなくて済んだってことにもなる。

 俺が斬り伏せたのも、最高の騎士と呼ばれた男ではなかったようで安心した。


 ……正直、一刀で落として(・・・・)しまったからな。


 解放させたと言えば聞こえはいいが、結局のところ命を奪ったことには変わらないと思ってた。

 だが話に聞けば、亡くなった体を利用していたようだ。


 そういったことをするやつを外道と呼ぶんだが、それ以下の魔王には当てはまらないだろうな。


 ふと一条に意識を向けると、呆けるように空を見つめていた。

 今の話でもこいつには難しすぎたか……。


 ゆっくりとこちらに視線を向けられ、俺は小さくため息をつきながら答えた。


「……つまりな。

 俺が倒した相手も、みんなが倒した相手も、10英雄じゃなかったんだよ。

 体を利用しただけでも相当の強さだったみたいだし、本人が操られたまま敵対していたら本当に危なかったと思うぞ」

「実際、エドゥアール・ラヴァンディエさんは、レフティさんを圧倒する領域にいたと私は推察します。

 ハルトさんと真剣で戦えば、かなりいい勝負ができるほどの卓越した技術を持っていたでしょうね」

「……マジかよ……。

 どんだけつえぇのか見当も付かねぇけど、相当やばいってのは伝わった」


 それどころじゃないんだが、その話をしたところで一条が正確に理解するのは難しそうだな。


 レフティさんは200年間も研鑽を積んでいる。

 その上で彼女を圧倒する強さを持つってことは、現在の世界でも最強と言っていいんじゃないだろうか。


 正直、達人である彼と真剣で戦えば、俺は本来の力を発揮できないと思えた。

 相手が本気で襲ってきても剣を振り抜くことを躊躇ってしまう俺には、完敗する姿しか見えなかった。


 俺は人を斬り殺したことがないからな。

 それは当たり前だし、今後もそんな機会は訪れないように生涯努力するつもりだけど、確実に命を摘み取りに来た盗賊相手に、俺は手加減をしてしまう。


 それは悪いことだけじゃない。

 一葉流を継いで、未来に伝えていくと決めた俺が人の命を奪えば、その時点で他者に技術や精神を教える資格を永久に失うと考えている。


 指導者としても、ひとりの人間としても。

 その一線だけは絶対に越えてはいけないからな。

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