分岐点
それでも、魔王を倒して世界は平和になったんだ。
俺らが異世界と関わることも、さすがにないだろうな。
ここから先は、神話の世界における神々の戦いになる。
実力の伴わない俺が下手に関わるべきじゃない。
ふと空へ視線を向けると、徐々に光の数が少なくなってるような気がした。
どこか寂しさを感じる俺の耳に、アリアレルア様の声が届いた。
「世界を生まれ変わらせるために、この世界に住まうすべての命を一旦預かっているのですよ」
このひとつひとつが命の光なら、これ以上ないほど美しく見えるのも当然だ。
「……もしかして、さ。
……空に昇る光が収まったら、アイナたちも行っちまうのか?」
一条の言葉に、俺の心臓は跳ね上がる。
俺たちに世界を渡る術などあるはずもない。
それはつまるところ、今生の別れを意味する。
「残念ながら、そうしなければなりません。
本来であれば魂だけの存在であるみなさんを、このままの状態で維持し続けていること自体が大きな問題なのです。
それは魂を傷つけることにもなりうる、とても危険な行為。
可能な限り早急に肉体へ戻す必要があります」
一気に不安気な気配を纏う一条だった。
これまで以上に心を揺るがしているのが、手に取るようにわかる。
だが、俺は聞き逃さなかった。
アリアレルア様の言葉は別れを意味するが、その先には確かに希望が込められた未来に繋がっていることも間違いじゃなさそうだ。
「一条、女神様は魂を肉体に戻すと言ってくれた。
俺たちと別れることになっても、別々の道を歩くだけなんだ」
「……別々の……」
それが一条にとって、どれだけ辛いことなのか。
その気持ちは、俺にだって分かるつもりだよ。
ここはお前にとってのターニングポイントだ。
心持ち次第で大きく変わる岐路に立たされてる。
一条が心からこの世界に残りたいと思うのなら、きっと女神様の力で何とかしてくれるはずだ。
……でも。
それはきっと世界の理から大きく逸脱する行為だと思う。
だからといって、それを言葉にすることもできない。
まして、戻ることを強制なんてしたくないんだ。
一条の人生は、一条自身が決めるべきことだから。
随分と考え込んでいた。
そう簡単に決められないことなのも分かってる。
それでも、もうあまり時間はないと思うぞ。
ゆっくりと空を見上げた一条は、ぽつりと呟くように話した。
「……本当はさ、心ん中じゃ分かってたんだ。
どんなにこの世界が大好きでずっと居たくても、俺は帰るんだろうなって。
アイナとレイラのふたりを日本に連れて行こうとしてたくらいだからな。
……ちょっと意味は違うけどさ、俺たちは住むべき世界が違うんだと思う」
切なく、何よりも涙してしまいそうなほど悲しい声色が、空に溶け込むように消えた。
……それが、お前の出した答えなんだな。
なら、俺がとやかく言うことなんてできない。
一呼吸つけた一条は、話を逸らすように話題を変えた。
どことなく痛々しさは感じるが、決意が揺らぎかねない言動は慎むべきだな。
「……もう大丈夫だとは思うけどさ。
勇者召喚の儀を行った場合はどうなるんだ?
また異世界から俺たちみたいなやつらが迷い込んじまうのか?」
「そうならないよう、こちらで制限をかけますので成功することはありません。
別世界同士は、本来干渉すること自体にとても大きな危険が伴いますので」
いわゆる"異世界召喚"と呼ばれる異界から人物を呼び寄せる手段も、その世界を管理する神が許可をした上で魂と肉体が安全に辿り着けるよう力を使っている場合がほとんどのようだ。
恐らくは、管理世界で使われているシステムが自動で処理をしてくれるような感じなんだろう。
そうでなければ、毎回召喚されるたびに神々が直接力を貸していることになりかねない。
世界を維持するのがどれだけ大変かは想像することしかできないが、積極的に人と関わるのもできなくなるほどの大業なのかもしれないな。
言っちゃなんだが、いくらシステムで管理できている世界だろうと、人の勝手な都合で呼び寄せるたびに力を揮うのは、さすがにどうかと思えてならなかった。
まるで自分たちだけの力で召喚したかのように喜ぶ人の姿を、アリアレルア様のような神様が愚かしく思うことは絶対にないが。
それでも、こちらが知らないところで神様は力を貸す努力をしていたんだな。
もしかしたら、放任主義に思われがちな地球の神様も、俺たちが気付けないような力を貸してくださっているんだろうか。
ともかく、神様の力なくして勇者召喚など実現できないってことだな。
それよりも俺は、神様が力を貸さない状態でも異世界召喚が成功する世界のほうが、危険極まりなく思えた。




