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何よりも心強いよ

「どうぞ」

「ありがとう」


 香り高い紅茶が目の前に置かれ、俺たちは一息つくように口へと運んだ。

 清々しく、すっきりとした味わいに心まで落ち着いていく。


「相変わらず美味いな」

「個人的なお客様にしか出さない、とてもいい茶葉だもの」


 店の常連であるヴァルトさんの言葉に、女性は綺麗な笑顔で答えた。

 酒場の店主セシーリアさんは元々王国魔術師団に勤務していたが、魔王の闇が包まれた日をきっかけに引退し、今では美味しい酒とゆっくりとした時間を提供する上品な大人の店を経営してるそうだ。


 当然、クリスティーネさんもよく知る女性で、直属ではないが目にかけるほどの逸材だったと話した。


 辞めた理由は聞いてない。

 けれど、おおよそは見当がつく。


 彼女の行動を"逃げの姿勢"だとは思わない。

 誰だって必ず一度は考えたはずだ。


 そして彼女は、武器を持てなくなった。

 それだけに過ぎないんだと俺は思う。


 クリスティーネさんが逸材だと言葉にした女性だ。

 必ず相談に乗ってくれたはずで、しっかりと話し合って決めたんだろう。

 そうでもなければ、ほんのわずかでも未練を感じさせるものだと思える。

 人間の心は、それほど単純じゃないからな。


「……こんな時でもなければお酒をいただくのだけれど、そうも言っていられないわね」

「酒かぁ。

 俺にゃ分かんねぇな。

 匂いからして無理だし、美味そうだとも思えないんだけどなぁ」

「……カナタも大人になればきっとわかる」

「まだ子供扱いされるのかよ……。

 俺はいつになったら大人になれるのかねぇ」


 天井に向かってため息をつく一条だが、恐らくはそうしてる時点で子供扱いされるんだろうな、とは思う。


 正直に言えば、俺も酒の魅力は分からない。

 この世界は15歳から大人として扱われ、酒やタバコも認められる。


 だが俺は日本人で、必ず帰ると決めている。

 何よりも指導者として誰かに教える立場の俺が、日本の法律を軽々しく破るわけにはいかない。


 まして、酒もタバコも嗜好品だ。

 盗賊を叩き伏せるのとは意味が違う。

 たとえ美味そうに思えてたとしても、俺はどちらも取るつもりはない。


「……ハルトは固すぎるんだよな。

 そこがいいところでもあって、悪いとこでもあるな」

「サウルにはそう見えんのか?

 信念が通ってて、アタシは好感を持つぞ。

 今時珍しい石頭だと感心するな」

「……それは、褒めてるんだよな?」

「そう聞こえなかったか?」


 俺の記憶が正しければ、あまりいい表現としては使われない言葉だと認識してるんだが、突っ込んだところで伝わりそうもないか……。


「……そんでよ。

 おっさんの気持ちはうれしいけど、本当にいいのか?

 俺としては、荒事から離れてもいいと思うんだけどな」

「それは俺たちが決めることじゃないんだ。

 バルブロさんが答えを出したものに口を出しちゃいけないと思うよ」


 そんなことをすれば彼の想いを踏みにじってしまう。

 俺たちにできるのは、バルブロさんの意思を尊重して力を借りることだ。


「ま、腕も鈍っちまってるだろうし、本当になんもできねぇと思うけどな!」

「強いとか、弱いとか。

 そういう話じゃないんだ。

 覚悟を持って俺たちと行動を共にしてくれることが、何よりも心強いよ」

「……嬉しいこと、言ってくれるじゃねぇか」


 晴れやかな表情でバルブロさんは言葉にした。

 どうやら悩みも、一息ついて吹っ切れたようだな。


 そう簡単に割り切れないと感じても力を貸してくれる。

 こんなに嬉しいことはないと、俺には思えてならなかった。


「やはり、私たちの目に狂いはなかったですね」

「……そうね。

 思えば彼の存在があったからこそ行動に移せたのだし、感じた通りの方のようで良かったわ」

「……ハルト君にはあたしたちも救われました。

 無能を理由に王都を追放されましたが、彼も勇者のひとりで間違いありません」

「ハルトさんがいたからこそ、こうしてカナタも成長できました。

 彼がいなければ確実に期限を超え、中途半端な状態で魔王と対峙することになったはずです。

 この世界の住民のひとりとして、感謝してもしきれません」

「……そういうことは、俺のいないところで話してもらえないか?」


 なんだか、いたたまれない気持ちになる。

 悪口じゃないし、好感を持たれることは嬉しいが、それでも大人の女性たちに言われると少し困惑するからな。

 できれば話題を変えたいところだ。


「照れんなよハルト!

 アタシらはお前のことが気に入ってんだ!

 そうでもなきゃ、アタシはまだソロで活動してたさ!」

「……お前が言うと、重みが増すな……」


 サウルさんはギルド専属の御者だから、ソロ活動とは少し違う。

 しかし彼女の場合は独りで生きてたと本人からも聞いている。

 こうして大人数で行動することは滅多にないとも話してた。


 ギルド依頼を受けてチームを組んでも、必要以上に言葉を交わすこともなかったらしいし、ソロでいた頃の彼女を知った同業者からは相当驚かれそうだな。


 思えば、パルムでも盛大に驚かれたのを思い出した。

 出逢った頃から人懐っこさが前面に出てたし、俺でなくとも波長が合えば同じように行動していたんじゃないだろうか、とは思うが。



「……それじゃ、そろそろ始めるか」

「そうだな」


 ヴァルトさんの言葉を皮切りに、室内の気配が変わった。


 ここに来たのは休息をするためだけじゃない。

 ゆったりとした雰囲気から張り詰めたものへと変化する。


「セシーリア、あれを」

「えぇ、用意してあるわ」


 そう言葉にした彼女は、テーブルに王都の見取り図を広げた。

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