曲げらんねぇもんのために
話した内容が内容だ。
バルブロさんとアーロンさんが頭を抱えるのも当然だと思う。
特にバルブロさんは、相当衝撃的な話になっただろう。
サウルさんやヴェルナさんと同じで、自覚なく生きていたんだ。
それが間違いだったと真実を突きつけられて、何も思わないはずがない。
驚愕の感情しか湧かない気持ちも十分に理解できるつもりだよ。
こんなこと日本にいた頃に聞かされたら鼻で笑ってしまう、確かめようのない本当の話だからな。
「これが、リヒテンベルグで俺たちが手にした情報のすべてだ。
女神アリアレルア様は魔王討伐後、この世界の管理者として見守ると言った。
恐らく地上の人々と深く関わることはないと話したが、もしも同じようなことが起きかけた場合は事前に対処してもらえるらしい。
今後は魔王の発生に人々が怯えずに過ごせるよう、最善を尽くすそうだ」
言葉にならないふたりは、なおも頭を抱え続ける。
いま話した内容を脳内で処理してるんだろうな。
しかし、さすがと言うべきか、レフティさんとクリスティーネさんの表情はもちろん、彼女たちの気配もあまり変わっていないように見えた。
そう簡単に信じられる話でもなかったと、我ながら思うんだが……。
「……驚かれないことに、俺は驚きですよ」
「いえ、我々もどう反応すればいいか、思考が凍り付いてます」
「……そうね。
あまりにも突飛、けれど嘘だとは思っていないわ。
それでも納得できないのは、わたくしたちの頭が固いからなのでしょうね」
一息つくように、紅茶の入ったカップを口へと運ぶ。
その所作ですら美しく、これ以上ないほどの上品さを感じた。
一人称から想像するに、彼女は貴族の出身なんだろう。
魔術に長けた者の中にはいるとも聞く。
正確には、生活に余裕があるからこそ鍛錬する時間を平民よりも取れることで差が開きやすいとレイラが言っていた。
もちろん、騎士団も魔術師団も平民は多い。
むしろ貴族は文才のほうに偏ってる傾向が強いとも聞いた。
結局は本人の努力次第で、いくらでも道が開けるってことなんだろうな。
しばらくの時間を挟み、俺は再びバルブロさんに訊ねた。
"本当に、俺たちと行動を共にするつもりなのか"、と。
目を丸くしたまま固まる彼が、このまま俺たちから離れても仕方がないことだし、かえってそっちのほうが安全に過ごせることは確実だ。
今後はヴァルトさんの元部下も関わってこないだろうから、騎士や兵士に狙われずにトルサへ戻れるだろう。
……そう、思ったんだけどな。
「"あとは俺たちが魔王を斃すのをトルサで待ってろ"、か?
冗談じゃねぇ、そんな中途半端なことができるか」
「だが、レフティさんもクリスティーネさんも、魔王戦には参加できない。
それに王都に留まっても火の粉が降りかかるだけだと思うよ」
恐らく王都は荒れないと思うが、それはあくまでも俺の想定だ。
魔王が何をするか分からない以上ここから離れたほうがいい。
しかし、俺たちと行動を共にするとなれば、話は変わってくる。
行き先は王城。
それも中枢になる。
そこまで何事もなく辿り着けるはずがない。
まず間違いなく何かをけしかけてくるはずだ。
女神様の"先読み"の力でも、ここがいちばん答え辛いと話していた。
いくつもの可能性に繋がる道が広がっているようだ。
王城までは問題なく入れても、そこからは出たとこ勝負になりかねないんだ。
「……"ここが潮時"って顔、するなよ。
俺はな、昔から曲がったことが嫌いなんだ。
一度決めたことを曲げるのも嫌いなんだよ」
「……おっさん、気持ちは分かるけどさ、危ねぇんだぞ?
何が起こるかも分からないし、もしかしたら……」
言葉が続かない一条。
エルネスタさんの一件から、少し過敏になってる。
人としては正しいし変える必要もないが、戦いにおいてはあまり良くない感情かもしれない。
魔王戦で影響が出ないよう、俺がしっかりとサポートするべきだな。
それとなく来ないほうがいいぞと伝えた一条だが、彼の決意は固いようだ。
たぶんこうなるだろうとは思っていた。
そんな言葉で帰れるなら、とっくに戻っていたはずだからな。
「……ありがとうなカナタ、心配してくれて。
でもな、ここで引き下がったら、俺には罪悪感しか残らねぇんだ。
結果的にお前たちを見捨てたんじゃ死んでも死にきれねぇだろ。
……いや、俺たちは本来、この世界にはいないはずの存在か……」
それは、とても寂しそうな声色だった。
"思い半ば"ですらない。
彼らは突如、終わらされた。
あまりにも一瞬のことで自覚すらできない人が多い中、それでも立ち上がれる精神力を持つ人は、それだけで特質的な力を持っていると俺には思えてならない。
いつも思う。
俺だったらどうするのか、と。
きっと答えは出ない。
いや、出せないと思う。
悩み続けて、ようやく答えを出せるかどうかって話だと思える。
そんなすぐに出せるような答えじゃないことは間違いない。
それでも、待ってあげられるほどの時間はない。
魔王は俺たちの存在に気付き、手駒としてヴァルトさんの元部下を利用した。
今回の一件で済むはずはないから、確実に次の手を講じてくるだろう。
策にもならない、最悪な手段で。
俺たちを殺すためではなく、ただただ嘲笑うだけの手を打ってくる。
「……わかってる。
元ランクA冒険者止まりで引退した俺は、はっきり言って戦力外だ。
お前らにゃどうやっても勝てねぇ実力差があることも理解してるつもりだよ。
……でもな、それでも俺は、意地を通さなきゃなんねぇんだ。
ここで逃げたら俺は俺でなくなる。
だから俺は王都に留まるよ」
「……おっさん……」
気持ちは分かる。
そう言ってくれたことに嬉しさも強く感じた。
頑固と言えば悪く捉えられることもあるが、彼の場合は違う。
これは"信念"だ。
ここで自分の意志を曲げる行動を取ればどうなるのか、彼は深く理解してる。
だからこそ逃げず、立ち向かうことをバルブロさんは決めた。
自分自身のために。
何よりも、俺たちの力になることを選んでくれた。
なら、俺にはもう断るだけの理由がない。
自然と言葉が俺の口から溢れた。
「……冒険者は"自由"であるべきだからな」
「聞こえはいいが、結局いくつになっても俺はガキなだけだ。
曲げらんねぇもんのために自分の命張ろうってんだからな!」
豪快に彼は笑う。
その姿には悩みが微塵もなくなっていた。
同時に彼の答えは、命を懸けるには十分すぎる覚悟だと思えた。
頼もしいよ、本当に。
もっと早く出会っていればと本心から思う。
バルブロさんはきっと俺たちの旅にも同行してくれた。
いや、トルサで巡り合えていたはずだから、最初のひとりになるか。
……巡り合わせってのは、本当に不思議な縁だな。




