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あまりにも長い

 街門を越えた俺たちは馬車を厩舎に返却する手続きをして、アーロンさんと共に町中を歩いていた。


 トルサで過ごしていた頃には感じなかったが、どこかすす汚れた古くて質素な建造物は、これまで見てきた町の中でも相当簡素に造られてるのだと気づかされた。


 ……そうだったな。

 確かにこの町は、こんな感じだった。

 まるで古巣に戻ってきたような感覚を覚えた。


 こういう気持ちも郷愁に駆られるって言うんだろうか。

 どことなく心が落ち着く町並みに、俺は過ごした日々を思い起こす。


「悪いな、トルサに着いてすぐギルドに直行だなんて。

 旅の疲れもあるだろうし、先に宿をとも思ったんだが」

「いや、大丈夫だよ。

 俺たちはそれほど疲れてないんだ」


 ハールスからの街道は頻繁に魔物が間引かれてることもあって、安全に通れる上に緩やかな傾斜が続く。

 遭遇したとしてもボアやディア程度で盗賊も襲って来ないし、たとえ奇襲をかけられても俺たちなら事前に察知し、冷静に返り討ちできる。


 むしろ王城が近いから、どちらかといえば緊張感のほうが強い。

 念のため魔王の刺客が送り込まれないか警戒し続けていたが、アリアレルア様が予見していないこともあって順調にここまで戻れた。


「さっきの話なんだけどな。

 ラーシュは随分前から(・・・・・)あんたに憧れてたみたいだ。

 いきなりの話で気を悪くしてなければいいんだが」

「大丈夫ですよ。

 ……さすがに憶えていないのですが」

「それもそうだろうな。

 詳しく聞いても町中で偶然見かけたって話だし、知らなくて当然だ」


 そう答えたアーロンさんは楽しげに笑った。


 ふと視線を路地へ向けた。

 中央へ向かう道のひとつで、その先には俺のことを心から心配してくれた女性が経営する店がある。


 思い出に浸るように彼女がどうしているのかを考えていると、アーロンさんはしみじみと訊ねた。


「トルサは懐かしいか?」

「そうだな」

「お前が旅立ってから、1年以上経ってるもんな」

「色んな町に行って、色んな経験をしたよ」


 ……本当に、多くのことを体験してきた。

 中にはとんでもない事件に巻き込まれたが、俺自身が納得する形で終わらせられたのは良かったと言っていいんだと思う。


 もう少しで大変な事態になっていたけど、パルムも落ち着いていたし大きな問題事に発展してなかったのは重畳とも言えるだろうな。


「俺らはそれほどこの町に思い入れはねぇな。

 正直、王都に近すぎて"離れた城下町"ってイメージが強いから、旅をしたって感じにもならねぇんだよなぁ」

「お前は随分変わったな、カナタ。

 初めて見た時はなんだこいつって思ったけど、すっかり落ち着いたじゃないか」


 ……そうか。

 アーロンさんが一条を知っていても不思議ではない。

 ヴァルトさんから情報を得てるだろうし、何よりも彼はトルサの憲兵隊長を務めてるから、怪しいやつはもちろん特殊な人間の出入りもすべて把握してて当然か。


 おまけに一条は目立つ性格の上に、遠くからでも確認できる鎧を身に纏ってる。

 こいつの出入りに気付かないほうが憲兵としては問題になるだろうな。


「……何か言いたそうだな、鳴宮……」

「目立つよな、一条は」

「そうか!?

 やっぱあれだな!

 勇者としての気品が体からにじみ出てんだよな!」

「……そういうところは変わらないな、お前……」


 呆れたように呟くアーロンさんだった。


 とはいえ、一条も随分と大人になったと思う。

 修練は真面目に取り組んでたし、技術もある程度のところまで成長した。

 勇者の力に頼った強さと言えなくもないが、それでも短期間で手にできる領域は越えられたはずだ。


 これ以上は本格的な修練を長期で取り組まなければ上達しない。

 そういった意味で言えば、十分な強さにまで成長したと判断できる。


「そういや、鳴宮と再会したのは憶えてんな」

「あぁ、そうだったな」


 懐かしいと思える、"尖った頃"の一条か。

 考え方も言動も同い年とは思えないほどのガキ丸出しで、見ているこっちが恥ずかしくなるようなやつだったな。


「まぁまぁな戦いができるようになってるけどよ、あん時ぁ何もできずにぼっこぼこだったからな!」

「……カナタ、とっても頑張った。

 今なら誰にも"あほの子勇者"とは思われない」

「……レイラからは、ずっと言われ続けてる気がするけどな……」


 思い出話に花を咲かせながら俺たちは石畳を進む。

 人もまばらな静かな町中を、気の合う仲間たちと共に。


「……いまさらする話でもないとは思うが」


 そう切り出したアーロンさん。

 とても真剣な口調で言葉にした彼の気配は、俺たちの意識を一点に集めた。


「あの時は言えなかったが、俺も記憶を失わずに済んだ者のひとりだ。

 明確な答えなんて出せないし、結局は曖昧なものになるだろうから"なぜ今も過ごせているのか"俺の推察は省かせてもらうが、これだけ長い年月を年も取らずに生きてると色んなものが見えてくるんだよ……」


 200年。

 それは人にとって、あまりにも長い歳月だ。


 脳の寿命は120年だと聞いたことがある。

 つまるところ、異質以外の何ものでもない状態で生存させられてるんだから、パルムを襲った帝国兵どもやリクさんの弟子が狂った行動を取ったとしても仕方がなかったのかもしれない。


 ……とても、褒められるようなことではないが……。

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