一見の価値ありだと
「そんで、どうするよ?」
軽く両腕を真上に伸ばしながら、一条は訊ねた。
予定よりも少し早く町に着いたこともあって、現在の時刻は昼前くらいか。
「馬車乗ってるだけなのに、やたら腹が減るんだよなぁ」
「食後に少し運動してるから、腹の減りも早いんじゃねぇの?
つっても、カナタより動いてねぇアタシが腹減ってるんだけどな!」
「……おいおい。
今日はイノシシ追いかけてなかったろ?」
偶然ではあるが、パルムからの街道で魔物と遭遇したのは一度。
それも石を強く投げつけただけでも倒せそうな、小さいディアだった。
弱いとギルドに認定された魔物のほとんどは、害獣扱いされている。
ここに例外を挙げれば、ホーンラビットだ。
あれは魔物というよりも"狂暴な肉食うさぎ"とギルドからは認知されているようで、冒険者になり立ての若者でも襲って来なければ相手にすることもほとんどないらしい。
思えば、俺も何度か遭遇しているが、そのすべてを逃がしてる。
とても戦う気になれないような相手だったからな、あのうさぎは。
むしろ、"武装した大人なら素人でも勝てる"なんて言われるくらいだ。
実際、野犬にすら負ける程度のうさぎを、魔物と認定していいのかも疑問視されてるようだ。
「ディアもボアも、対処法さえしっかり学んでりゃ負けるほうがどうかと思うぞ。
3匹を同時に相手にするとさすがに危ねぇけど、冷静に戦えば勝てるからな。
それにこの周辺は冒険者や憲兵隊が魔物を間引いてるから、街道沿いは安全だ」
「危ねぇのは森の奥、鬱蒼としてる場所だな。
ある程度見通しが悪い場所だと、盗賊が拠点にすることもある。
そうならねぇために憲兵や冒険者が巡回してるんだけどよ、まぁアタシらが関わることもねぇだろうな」
「だな」
どこか楽しそうに笑いながら話す、サウルさんとヴェルナさん。
そういった"間引き"に関連した依頼は、色々と面倒なんだと続けた。
いつどこで何を倒したのか。
それは何匹で、どれくらいの大きさか。
場合によっては戦い方や、攻撃を当てた箇所も聞かれることがあるようだ。
「……めんどくせぇ……。
さすがに勇者でも断る依頼だな、それ……」
「だろ?
アタシも滅多に受けたりしないな」
「条件次第じゃヴェルナでも受けるって意味か?」
「ま、冒険者ってのも色々あんだよ。
特に実績を上げちまうと求められることが多くなるんだ。
やれこっちの魔物が増えた、やれあっちに行ってこいってな。
そういうのが嫌だからソロ冒険者やってたのによ。
面倒ったらありゃしないぜ、ほんとによ……」
「そういうとこ、あんま"自由"じゃねぇのな。
俺の想像してた冒険者とは結構違う印象だぜ」
「一応は断れるんだけどな。
そうすると違った意味で面倒事が増える場合もあるんだよ」
苦笑いを浮かべたサウルさんは続けて話した。
それもすべては実力者、つまりは実績を上げた冒険者に限っての話になる。
通称"ギルド依頼"と呼ばれる依頼の中で呼ばれることの多い内容は、魔物の間引きらしい。
当然、困っているからこそ直接依頼されるってことでもあるんだが、それならそれでもっと簡略化してほしいもんだと、先輩たちふたりは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「いちいちギルドマスターの部屋に呼ばれることもあるしよ、依頼内容によってはかなり面倒なことが多いんだよな」
「大抵はチーム単位で呼ばれることが多いから、ヴェルナはそれほどギルド依頼を受けたことはねぇだろ?
……つーかお前、昔の性格を忘れたのか?
"肩が触れただけで噛みつかれる"なんて評価を受けたお前が、魔物の間引き程度で呼ばれるこたぁ少ねぇだろ……」
「確かに間引きで呼ばれることは稀だな!」
豪快に笑うヴェルナさんに、俺たちはどう反応していいのか困った。
"狂狼"と呼ばれた当時の彼女を見て、近付こうとは思わなかっただろうな。
それでも、少しは興味がある。
笑顔が絶えない今のヴェルナさんからは想像もつかない姿だからな。
200年以上前の彼女がいったいどれだけ尖っていたのかは一見の価値ありだと思うが、それでも稀に呼ばれることがあったらしい。
「当然、サポートメンバーではあるんだけどよ。
危険種なんかが出た時で、参加人数が少ない場合は呼ばれることもあったぞ」
「……それは、危険種が厄介なのか?」
「どういう意味だよ、それ」
ギロリと睨みつけられたサウルさんは、視線を逸らしながら話題を変えた。
「お、美味そうな店があるな」
「あー、やめとこうぜ。
アタシの鼻がそう言ってる」
「……マジかよ。
すげぇ鼻してるな、ヴェルナは。
鳴宮も気配で分かったりすんのか?」
「そんなことが分かれば、それはもう魔法だな」
「そっか、できねぇのか……」
……なんでそんなに残念そうな顔するんだよ。
一葉流の気配察知能力は万能じゃないんだぞ……。
「まぁ、ハールスなら冒険者ギルドのメシがアタシのおすすめだぞ。
あそこは有名料理人をどこぞで引っ張って来てから味が激変したからな」
「そうなのか?」
「……あたしも聞いたことがある。
ハールスグルメ10選にも選ばれてる」
「ギルドメシは安くて早くて旨い牛丼屋みたいな場所だもんな!」
「……ギュードン?
カナタたちの世界で食べられるお料理?」
「あぁ、そうだ。
甘辛いタレが店ごとに違って、どこも美味いんだよなぁ。
柔らかく煮込んだ肉の、蕩けるような旨味がたまらねぇんだよな、鳴宮」
「……いや、俺はあまり外食をしないんだ」
「そうなのか?
家で食うメシが美味いってことか?」
「まぁ、そんなとこだ」
気配に揺らぎは感じさせてないし、表情からも読み取れないはずだ。
これなら一条には伝わらない。
……そう思ってたんだけどな。
「お前、まさか彼女メシ食ってたのかコノヤロウ!?」
「落ち着け。
毎日じゃ……ないぞ」
「なんだ今の間は!?
ほぼ毎日なのかよッ!!」
やかましく嫉妬深い男を適当になだめながら、俺たちはギルドへ向かう。
何事かと周囲の視線を強烈に集めるも、話してる内容から失笑する町民に気が付いていない一条は、ギルドに着くまで延々と話し続けた。
* *
ハールスの冒険者ギルドに来たのは、これで二度目だ。
今度は言い争いをしてる"みっともない先輩"もいないようだな。
しかし、どうやらそれどころではなかったみたいだ。
入口に視線を向けた受付嬢のひとりがこちらへやって来て言葉にした。
「お久しぶりですハルト様、カナタ様」
「おう!
変わらず"ちみっちゃい"な、カーリナは!」
ごくごく自然に答えた一条とは違い、俺たちは驚きながら呆然としてしまった。




