こんな心情で戻って来るとは
中世ヨーロッパを色濃く連想させる美しい町並みに、当時の俺はとても感動したのを今でもよく憶えている。
日本とは比べられないほど異国情緒を感じさせる場所だ。
それも当然だと思いながらも、やはり視線は建物やベランダに飾られた美しい花に向いてしまう。
以前来た時はあまり気にしなかったが、こうして町を歩いてみると果物の甘い香りが鼻をくすぐるように感じられた。
本当にこの町は、多くの果物で溢れているんだな。
隣町のトルサは採掘拠点が大きくなっていった感じを思わせる町並みだったし、どちらかと言えば町全体が工業区に近い印象が強かったから、あまりここまでの感動はなかったんだよな。
王都は王都で、すぐ町の外へ連れ出された。
できるだけ国の情勢を確認することに集中していたくらいだし、とてもじゃないが中世ヨーロッパの古き良き町並みを楽しむ余裕なんて俺にはなかった。
とはいえ、ここも中々個性的な時間を過ごした町でもある。
結局、長居することなく町を出た印象ばかりが目立っている。
そんな場所へ、こんな心情で戻って来るとは思っていなかったのが本音だな。
果物の町、"ハールス"。
総人口は約12000人が暮らすと言われている。
同名で、かつては町の特産品でもあった果物は甘みが強く香り豊かで、その上品な果実に心を奪われた者が集まって村から町へと発展していったらしいと、この町を拠点に活動していたふたりから聞いた。
「……戻って来ちまったなぁ」
「だな。
でもよ、なんて言うのか、アタシは不思議な気持ちだな」
「ふたりはこの町出身なんだっけか?
ってことは、久しぶりの故郷になるのか?」
「そういやハルトには話したが、カナタにはまだだったな。
俺らはハールスの出ってわけじゃねぇよ。
ハールス、パルム間で仕事をしてるってだけで、生まれ育った町じゃねぇんだ」
「パルムは"酒の町"だから、地価が高いんだよ。
特に拠点を買うとなると結構な覚悟がいる。
行き来する依頼も多いから、ここに住んでただけだぞ」
「そういうもんなのか?」
一条はサウルさんたちに訊ねるが、それに関しては俺も分かる気がした。
そもそも町で造られる酒が美味いことは好印象に受け取られやすいはずだ。
俺も一条も酒は飲まないが、酒好きの大人は好んでパルムを拠点にする場合も多いと聞くし、何よりもこの世界では15歳が成人として認められることもあって、酒に魅入られた人たちが集まりやすい傾向が強いらしい。
それでも総人口が12000人である点を考慮すれば、それだけ地価が高いってことになるんだろうな。
思えば宿屋はどこも随分と繁盛してるみたいだし、長期的な拠点や家を持つとなれば大金を積む必要が出てくるのかもしれない。
どうやらその推察は当たってたみたいだ。
あくまでも冒険者から見た印象に過ぎないぞと彼らは補足したが、恐らくは間違いないだろうな。
「……あたしはお酒が大好きだけど、果物も嫌いじゃない。
お酒呑みは果物が好きな人も多いと聞くし、パルムと比べれば家を持つのも現実的だから、ここを拠点にする冒険者は結構いるはず」
「ま、俺はギルド専属の御者やってたし、ヴェルナはヴェルナで楽しみながら冒険者してたみたいだからな」
「北に"ルンベックの森"って呼ばれる場所があるんだが、そこは果物の宝庫でよ、森の依頼を受けたら摘まみながら歩くのがハールス流の楽しみ方なんだ」
「これに関しちゃ、ヴェルナだけの話に限らねぇんだ。
果物好きの冒険者なら、みんな一度はしてるだろうよ」
「そういや、さっきから見えてる店は果物屋や多い気がするな」
言われてみれば確かにそうだな。
あまり深く考えなかったが、日本の八百屋とは違って種類が豊富じゃないみたいだから、生産した果物を売っているんだろうか。
「見たことねぇ形や色の果物ばっかりで、味がまったく想像できねぇな。
鳴宮も俺らと同じで次の日には町を離れたんだろ?」
「いや、俺は"ティーケリ"の件があったから、着いたその日に町を出てるんだ。
だから何も知らない町だと言ってもいいくらい知識がないぞ」
「あー、俺らが戦うはずだったトラの魔物か。
……今の俺なら、そいつにも勝てんのかな……」
随分と弱気な発言でこいつらしくないが、当時の一条が戦っていれば死んでたぞと断言したから、見たこともない相手に不安を感じるのも当然か。
「今のお前なら単独撃破できるだけの力は十分に備わっている。
だがそれも、冷静に行動することを前提とした話になるからな」
「"冷静に敵を見極め、大振りはせず確実に一撃を叩き込む"、だろ?
一葉流が教えるところの"最短距離を走らせる攻撃"ってのは理に適ってると、素人の俺にも分かるぜ」
「大振りしたところで当たらなきゃ、逆に命を摘まれることになりかねない。
当然と言えば当然なんだが、それができるできないで技量に雲泥の差が出る」
"鍔迫り合いなんて以っての外だ"と教える流派だ。
華々しい技よりも確実に相手を斃す"一撃必倒"で戦うことを前提として編み出された技術だから、世が世なら相当恐れられていた流派なのは間違いないだろうな。




