古巣に戻ってきたような
「ここがお前らの行きつけの店か?」
「あぁ、そうだ」
言いたいことも、考えてしまうこともたくさん詰まってる思い出深い店だ。
サウルさんたちが隣のハールスまで所用を済ませている間、俺はこの店にしか足を運ばなかったし、どれだけの時間を過ごしたのかも分からないほど入り浸っていた気がする。
「……まぁ、いまさら違う店を探す気にはならないからな。
この店の味もかなり美味いし、値段もリーズナブルだ」
店の前で話していると扉が開かれ、男性冒険者チームと鉢合わせた。
「っと、すまないな。
先に通らせてもらうよ」
「……あぁ」
我ながら短い言葉しか出てこないことに、精神的な未熟さを痛感した。
突発的な出来事だったとはいえ、もう少しは言葉を選べたはずなのにな。
町の中央へ向かう冒険者チームの先頭を歩く男の背中を見つめながら、今はもう懐かしさしか感じなくなった日々を思い起こす。
「どうした鳴宮。
店、入らねぇのか?」
「あぁ、悪い。
店の前で立ち止まってちゃ迷惑になるし、入ろうか」
「おう!
腹減って倒れちまいそうだよ!」
「……変わらないな」
「俺は俺だからな!」
そういう意味じゃないんだが、まぁいいか。
ヴィルヘルムさんは変わらず元気そうに冒険者を続けてるみたいだ。
それが見られただけでも、俺は十分だよ。
扉に手をかけ、軽く引いて開くと、心地良いドアベルの音が耳に届いた。
この音色も変わらないな。
不思議と古巣に戻ってきたような感覚があった。
もしかしたら"ホーム"に帰るってのは、こんな感じなのかもしれないな。
短くとも濃密な時間を過ごしたんだ。
そう感じるのも当然なんだろうか。
「いらっしゃいませー!
あ! お久しぶりです!
ヴェルナさん! サウルさん!
6人ならあちらの席がふたつ空いてますので、くっつけて使ってください!」
懐かしくも以前とは違う対応を見せた若い女性店員に目を丸くしながらも、俺たちは言われるまま席を作り、店員が来るのを待った。
「……ハルト……エルナのやつ……」
「あの言い方は間違いねぇ。
エルナはハルトのことを忘れちまってるな」
「意味は分かるが、どういうことだ?
俺らにも分かるように話してくれよ」
「あとで話してやるからちょっと待て。
エルナもこっち来てるし、今は少しアタシに任せろ」
「お待たせしました!」
厨房から注文を取りにやってきたエルナに彼女は質問をする。
その答えに俺たちは、"呪い"を強く実感することになった。
「なぁエルナ。
アタシら、どれくらいぶりにこの店に来た?」
「どうしたんです、急に?」
「いやー、最近忙しくてよ。
前回来たのがいつだったのか忘れちまったんだよ」
笑いながら答えるヴェルナさんに笑い返した彼女は言葉にした。
「そうですねぇ。
確か前に来たのはひと月半ほど前だと思いますよ」
「そうだったな。
わりぃな、変なこと聞いて」
「いえいえ。
それで何にしますか?
今日は"金羊"が入っていますよ」
「おぉ!
そんじゃ、それ一択だ!
とりあえず、おすすめ金羊料理を12人前な!」
……また豪快に注文したな、ヴェルナさんは。
さすがに食べきれないってことはないが、いきなりそんなに頼むと店側が大変そうだな……。
「12人前って、そんなに頼んで大丈夫なのかよ?」
「あぁ、問題ねぇよ。
ハルトとアイナ、レイラは1人前だろうけど、アタシらは3人前とか余裕で食っちまうからな!」
「俺も3人前のほうに入ってんのか。
まぁ腹減ってるし、そのくらいは食えそうだけどな!」
「はーい!
金羊料理を12人前ですね!」
「そんで、金羊ってなんだ?
この辺じゃ金色の羊が歩いてんのか?」
「金羊は、黄色がかった色の毛並みを持つ羊の魔物で、パルムでは"ゴールデン・スプリングシープ"と呼ばれています!
その数は希少種と言えるほど少ないんですけど、稀に大群で見かけることがあるんですよ!」
「へぇ、そいつが手に入ったってことか。
そんで美味いのか、それ」
「とっても美味しいですよ!
一口食べただけでほっぺが落ちちゃいそうなくらいに!」
「おぉ!?
そりゃ楽しみだ!」
……また、こいつは。
子犬みたいに目を輝かせてやがる。
これは食べた瞬間の反応が凄まじそうだな。
まぁ俺も、人のことは言えないんだが……。
「お飲み物は何にしますか?」
「アタシはエールだな」
「俺もエールだ。
アイナとレイラはどうする?」
「では、私も同じものを」
「……あたしも1杯」
「俺は水を」
「水って、珍しいもん頼むんだな、鳴宮は」
「この町の水は格段に美味いんだよ。
ジュースを頼むくらいなら水を味わいたいと思えるほどにな」
「そうなのか」
「お酒造りで有名な町ですから、お水もとっても美味しいんですよ!」
「んじゃ、俺も水をもらうぜ!
どんだけ美味いのか興味が湧いた!」
「はーい!
エール4つとお水2つですねー!
お料理は少々お時間をいただきますので、先にお飲み物をお持ちしますねー!」
満面の笑みでエルナは厨房へと向かった。
対照的に俺たち3人は難しい顔をしながらため息をついた。
……分かっていたことだ。
魔王が世界にどんな影響を与えているのか。
十分に理解していたつもりだった。
……でも。
「……キツイな」
「……だな」
「でもよ、今ので分かったこともあるぞ」
真面目な表情でヴェルナさんは言葉にした。
さっきの問いかけで何かを確かめていたことくらいは俺にも分かる。
だがヴェルナさんは、彼女からいったい何を知ろうとしていたんだろうか。




