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いさせてもらってるんだよ

「やっぱうめぇなぁ、ここのメシは。

 この味が日本でも毎日食えたらなぁ……」


 しみじみと答えた一条の気持ちはよく理解できるし、俺も同じことを何度考えたのか分からないくらいだが、さすがにこのクオリティーの料理を食べるとなると3つ星クラスになるんじゃないだろうか。


 有名ホテルのレストランでも食べられない味のはずだ。

 恐らくは服装もしっかり選ばないと入れないような店になるのか。

 だとすると、食事代も高校生じゃ支払えない高額になるのは目に見えてる。


 そういったところも、この世界では可能としてくれる。

 俺たちにとっては助かる世界でもあったのかもしれないな。


 もちろんそれは、ある程度の実力を出せる冒険者に限られるだろう。

 少し強めの魔物を倒せるようになれば、高ランク冒険者はかなりの高給取りだ。

 生活に余裕は出るし、好きな日、好きな時間に好きな仕事を選べる自由な職で人気も高い。


 当然、そこに到達するまでは相当の努力と研鑽が必要になるし、魔物の単独撃破は相応の危険が常に付きまとうから、信頼の置ける仲間が複数いなければ最悪な結果を導きかねない。


 逆に言えば、命を懸けるからこその高額報酬を得られるわけだから、それを承知で冒険者を目指す人がほとんどなんだろうな。


 商人とは違い、冒険者ギルドで貼り出される依頼は町の外での活動が主だ。

 いつ果てるかも分からない危険性を頭で理解していても、辞め時を見極めるのは難しい。


 そういった意味で考えれば、離職率よりも殉職者のほうが悪目立ちする職業でもあるんじゃないかとは思うが、それでも広大な世界や中世ヨーロッパを色濃く感じる町中を歩けることに嬉しく思える俺には合っているのかもしれないな。


 最高なのは魔王を倒したのち、この世界と日本を行き来できるようになることだが、そんなことをすれば世界にどんな影響を与えるか分かったもんじゃない。

 残念ではあるが、諦めるしかないだろうな。



 可能なら佳菜を連れて、魔王のいない世界を自由気ままに歩きたい。

 特にこのヴァレニウスは町の周囲も国民性も穏やかで、住むには最適だ。


 美しい湖で採れた新鮮な魚を最高の料理で思う存分味わい、日が暮れたら湖畔で星を見ながらゆっくりと過ごす。

 冒険者の仕事や、困ってる人を助けたりしていれば、あっという間に月日は過ぎるだろう。


 そうしていずれは俺たちにも家族が増えて、その子に大切なことを教えながら少しずつみんなで年を重ねていく。


 とてもありきたりで、ごくごく一般的な人生。

 だけど、それを心から俺は望んでいるような気がする。


「……俺は、この町がすごく好きだ。

 見るもの、食べるもの、住んでる人たちの姿まで魅力的に見えるよ」


 芳醇な香りのする甘いトルネルのジュースを飲みながら、俺は言葉にした。

 柑橘系の爽やかな喉越しが、鬱屈した心情まで洗い流してくれるような感覚を覚える。


 それが決して叶わない夢と知りながらも、俺は想像する。

 大切な人とこの世界を歩く、理想に思える自分の姿を。


「……その気持ち、俺にも分かるぜ。

 ここは、俺が憧れ続けた場所だからな。

 剣と魔法で魔物を狩って暮らすとか、王道中の王道だ。

 これ以上ないくらい、興奮と冒険に満ち溢れた場所だよ。

 ……でもな」


 一条は静かに続ける。

 その言葉はまるで、自分自身に言い聞かせているようにしか聞こえなかった。


「……ここは、この世界は……俺たちが居ていい場所じゃないんだ。

 俺たちは大きな目的を達成するためにここにいる。

 逆に言やぁ、そのためだけに、いさせて(・・・・)もらってるんだよ……」


 言葉が続かない一条。

 だがその想いは、痛いほど伝わった。


 どんなにそれを願っても俺たちは、この世界では異質な存在に過ぎない。

 本来あるべき形として、あまりにも不自然な"異界の住人"だからな、俺たちは。


 もしかしたら、女神様の力があるからこそ存在できているのかもしれない。

 いるだけで世界に悪影響を与えてると言われても、仕方がないのかもしれない。


「……まぁ、やるべきことは最初っから変わらねぇ。

 魔王を倒して世界を救う……ただ、それだけだ。

 俺にはそれしか……できねぇからな……」

「……カナタ……」


 寂しそうに話す一条を心配するも言葉にならないアイナさんは、一言その名を呟いただけだった。



 日に日に強く感じる別れの時。

 決して避けようのない"現実"だ。


 それでも俺たちは歩みを止められない。

 刻一刻と破滅の瞬間は迫ってくる。

 ここで足を止めれば世界は闇に包まれ、すべての命が等しく消失する。


 言葉にするのもおぞましい、最悪の形で。

 すべての命をゴミのように扱われてしまう。


「……ぶった斬るさ。

 俺自身のためにも、な」 

「……そうだな」


 一条の言葉に少しだけ戸惑いながら、俺は短く答えた。


 ……自分自身のため?

 そんなわけがない。


 お前とも付き合いは長いんだ。

 一条がそんなことのために動かないのは知ってるつもりだ。

 その言葉とは裏腹に、お前は"この世界の人たちのために"動こうとしてる。


「……"勇者"だからな」

「……だな……」


 口癖のように話していた言葉を俺は口にし、一条は悩みながら返した。


「……ま、悩んでも仕方ねぇ!

 今日は前祝に最高のメシを腹いっぱい食おうぜ!」


 そう話す一条の気配は普段通りに戻っていた。

 "だからこその勇者なのか"、なんて思いながら、俺も賛同した。


 不思議なやつだな、本当に。

 一瞬で周りの気配まで変えてしまう。

 

 物語に登場する勇者ってのは、一条みたいなやつなのかもしれないな。

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