生きることの意味を
「いやー、食った食った!
さすが鳴宮たちおすすめの店だな!」
腹をぽんぽんとさわりながら、満足そうに一条は答えた。
思えば以前来た時に食べたサンドイッチも相当美味かったな。
量こそ違うが、俺たちは塊肉のステーキをそれぞれ注文した。
噛めば噛むほど溢れ出す肉汁に、柔らかくも歯応えのしっかりした肉厚、濃厚かつ上質な甘い脂と、いいところを挙げればキリがないほど美味い肉を堪能できた。
"グランブッフェルス"
リンドホルムから随分と離れた南部に生息する水牛型の魔物だ。
今回知ったが、この店は質のいい肉を出すことで有名らしい。
なんでも遠くから美味い肉を仕入れ、原価ギリギリの値段で客に料理を振る舞っていると聞いた。
赤字にはなっていないと店主の男性は笑っていたが、美味い料理を出すことを優先しすぎる料理人は異世界だろうと地球だろうと関係ないんだな。
「こういった店は残ってほしいよな!」
「それにしても、よく香りだけで見つけられましたね、ヴェルナさん。
私には"美味しそうな香り"としか判断がつきませんよ」
「アタシの鼻は特別なんだよ。
香ばしい肉の匂いで美味いか不味いか大体分かるぜ」
……何度聞いても凄い話だ。
美味そうな匂いは分からなくはない。
だがそこに、本当に美味いのかが分かるかと言えば、食べてみるまで分からない俺からすると、ヴェルナさんは神がかり的な嗅覚を持っているような気がした。
そもそも、香りだけで肉の良し悪しが分かるものなんだろうか。
試したこともないが、試したところで分かるようなものじゃないはずだ。
それは徹底的に鍛え上げられた嗅覚でもなければ不可能だと思えた。
「……言いたいことは分かるぞ、ハルト。
世界でも最高峰の料理人と、一流の料理評論家をこいつと戦わせても、圧勝するような嗅覚を持ってるんじゃねぇか?」
「言いたい放題だな!」
豪快に笑うヴェルナさんだが、すぐに表情が曇った。
「……ま、師匠の作ったメシで何年も生活すればそうなるよ……。
あれは人間の食いもんじゃねぇから、美味いもんに貪欲になるんだよ……」
曇った表情はやがて虚ろな瞳と青ざめた顔色に変化し、わずかながらカタカタと小刻みに震え出した。
まさか精神的に強いヴェルナさんが、ここまで取り乱すほどの料理なのか。
いったいどんな料理――。
「……料理じゃねぇ、料理じゃ……。
……あれは食材への冒涜だ……」
彼女の師匠と言えば、この世界では"武神"と呼ばれるほどの達人だと聞いた。
確かに武術と料理はまったく違うが、それでもレシピ通りに作れば焦げない限りはまともな料理に仕上がるはず。
俺はそう思っていたが、どうやらそれこそが勘違いだったようだ。
「レシピ通りに作って、異界から禍々しい物体を召喚する婆さまに何言っても無駄だよ……。
よく死ななかったと本気で思うし、もう二度とあんなもん食いたくねぇ……」
彼女の様子を見てると、これ以上触れてはいけないような気がした。
それにヴェルナさんの師匠も現在まで記憶を引き継いでる人物だ。
もしかしたら旅の途中で会うことだって考えられた。
「……次、師匠のメシを食ったら、アタシはどうなっちまうんだろうな……」
どこか遠い世界を見つめながら、ヴェルナさんは言葉にした。
そんな彼女に何も答えられなくなった俺たちは話を肉料理に戻し、彼女かこちらへ帰って来るのを静かに待った。
* *
「そういやよ、昼過ぎに飲んだお茶も美味かったな。
……グニュームだったか?」
「"グミュール"だな。
ハーブの一種で、消化にもいいらしい。
二日酔いの薬としても高い効果があるみたいだぞ」
「へぇ、詳しいな」
「リナ……女性の店員に教えてもらったんだよ」
勇者の本を読みながら、何時間も席を占領してたからな。
代わりと言っては何だが、お茶やお茶請けの注文を何度もした。
その中でも、上品な香りと口触りが最高に良かったのがグミュールだ。
ストレムブラード王国の固有種、特に薬草は多数確認されているらしいが、その中でもお茶として使われるものは非常に人気が高く、他国の商人も直接買い付けに来るほどだとリナは話した。
この町の周辺ではそれほど見かけないハーブなので、今回飲んだグミュールの若葉は相当離れた場所で採れたものだと聞いた。
だが交易が頻繁に行われる一方で、その実すべての人々が囚われているように思えてならなかった。
こんなことを考えてはいけないとは思うが、それでも"生きる"ことの意味を深く考えさせられた。
「いい感じに休憩はできたけどよ、これからどうする?
腹ごしらえに少し運動するか?」
「……今のカナタがする運動は世間一般の運動じゃなくなってるから、動くのは賛同しかねる」
「そうですよ、カナタ。
カナタは修練を始めると、納得するまで際限なく動こうとするんですから」
「だってよ、中途半端に動くとなんかこう、ムズムズするだろ?」
「気持ちは分からなくはねぇけどよ。
そういうのは少し時間を空けるもんだぞ。
何ならあとでイノシシでも追いかけるか?」
「……お前、遊び感覚で話すような内容じゃねぇからな、それ……。
先輩なんだから、カナタに変なことを教えるなよ……」
白い目をしながら答えるサウルさんだが、一条の場合は喜びそうだな。
そういう野性的なところはすごく似てるんだよな、このふたりは。
出会い方が違ったら、本当にイノシシを追いかけていたかもしれないな。




