きっと誰もが
「よし!
そんじゃ最後の仕上げに町へ戻るか!」
「いいのか?
他にも聞きたいことがあるんじゃないか?」
魔王討伐に出発する日を考えると、恐らくこれが女神様と会える最後の機会だ。
特に一条は質問したいことも多いはず。
むしろ多すぎるんじゃないかとも思えた。
だが、一条は断言した。
「俺ぁもう十分だ。
魔王がクズならそれでいい。
ぶった斬って終いにすりゃあいいだけだ」
「確かにその通りだが……」
神様と対面させてもらえること自体が奇跡だからな。
これを機に色々と話を伺ってみたいが、そんな時間も惜しいと感じる一条の意志も間違いじゃない。
しかし、根を詰めたところで得られるものはない。
根性論でどうにかできるような相手でもないからな。
そんなことを考える俺に、一条は驚きの言葉を口にした。
「鳴宮、俺たちは勇者だ。
魔王を倒せば世界が平和になる。
それでいいじゃねぇか」
……"俺たち"、か。
この世界に来た時の一条からは考えられない言葉が飛び出した。
腹抱えて笑ってたあの頃が遠い昔のように懐かしく思えるな。
「……変わったな、一条」
「んぁ?
そうなのか?
自分じゃ分かんねぇけど、お前が言うんならそうなんだろうな!」
声を出して笑う一条に、俺まで釣られて口角を上げた。
随分と信頼されたもんだな。
……ほんと、お前は変わったよ。
一条はもう立派な勇者だ。
きっとリヒテンベルグの人たちも、今の一条の姿を見たら安心できると思うよ。
「でもよ、お前の言う"明確な覚悟"ってのも、やっと分かったような気がする。
この世界に来たばかりの俺は、ただ勇者として魔王を倒せばいいって思ってた。
……けど、そうじゃなかった」
右手を胸の高さまで上げた一条は、こぶしを握り込む。
真剣さがはっきりと窺える男の顔で話を続けた。
「俺にも大切なもんがある。
こんな俺でも、傍にいてくれる仲間がたくさんいる。
ただの高校生だった俺に、世界を救ってほしいと心から願った人たちが数えきれないほどいる。
……なら、俺のするべきことはひとつだけだ」
そう言葉にした一条に鋭い気配を感じる。
ぞくりと身震いしそうになるほどの強く鋭い気配を。
まるで研ぎ澄まされた日本刀のようだ。
……この気配。
模擬戦で見せた時よりも密度が濃くなってる。
最後の一押しができたってことなんだろうが、さすがに驚きを隠せなかった。
これほど短期間で到達できる領域ではない。
すべては生死を肌で感じさせる世界を歩き続けたことが影響しているのか。
一条は重く低い声色で呟くように言葉にした。
そこに感じられたのは"激しい怒り"の感情。
絶対に赦さないと強く心に誓う覚悟だった。
「命を命と思わねぇクズ野郎に、この世界を好き勝手されてたまるかよ」
「……そうだな」
本当にその通りだ。
俺にもこの世界に知り合いはたくさんできたからな。
世界を救うなんて、召喚された当初は考えもしなかった。
でも今は、不思議と悪い気持ちはしないんだよな。
賞賛されたいと思う願望はないが、リヒテンベルグの人たちが笑顔で暮らせる日が来るなら、それで十分だと思えた。
「魔王が討伐されたのち、この世界は"リアディール"として生まれ変わります。
そうなれば、すべての命が等しく平和を享受する世界へと変わるでしょう。
私は世界の管理者として、人の子たちの行く末をこの場所から見守り続けます」
「そんなら俺たちは安心して魔王をぶっ倒せるな!」
一条は楽しげに笑いながら、まるで自分のことのように喜ぶ。
その姿を見た俺たちは、精神的に未熟だった男の成長に頼もしさを感じた。
思えば勇者ってのは、どの創作物でも大抵は弱い状態から物語が始まる。
信頼する仲間たちと旅をして人々とふれあい、大きな目標に向かって慢心せずに己を鍛え続け、いつしか本当に大業を成す存在へと成長する。
それが王道的な勇者の英雄譚だ。
まさにその通りだなと思える男を見ながら、俺は王道と言われる勇者の英雄譚を完成させるべく力になろうと決意を固める。
いつかレイラが言ったように、"あほの子勇者"として後世まで語り継がれることはないだろう。
今の一条を見れば、きっと誰もが頼もしく思えるはずだからな。
「それでは、どうかこの世界に光を灯してください」
「おう!
俺たちが必ず達成するぜ!」
軽薄に思える言葉遣いは出会った頃と大差ない。
けれど、内面は信じられないほど大きく成長した。
心の強さ。
それも、誰かのためを想う強さだ。
自分ではない誰かを想う力。
爆発的な力を持つ"負の感情"では絶対に到達できない領域だ。
技術的には拙いし、習うべきことはまだまだ山のようにある。
それでも、今の一条なら魔王を倒せる強さを手にできたはずだ。
あとは俺たちが支える。
勇者のパーティーに頼もしい仲間はつきものだからな。
そうなれるように、俺も最善を尽くすよ。




