思い描く未来へ
"管理世界"に来るのは本当に久しぶりだ。
そう思えるほど、昔のことのように思えた。
だが、前に来た時とは違う点もある。
同行者のひとりがジークリットさんであることだ。
遺されたエルネスタさんの推薦状により最高議長に就任した。
以降はすべてを引き継ぎ、女神様への報告も彼女が続けている。
まるで遺言のように書かれた推薦状の内容を、ジークリットさんはとても悲しそうに聞いていたのが印象的だった。
エルネスタさんは、最後の最後まで"誰かのため"の行動を続けた。
眠りに就く瞬間まで、彼女は自分自身よりも他者を慈しむことを優先した。
これのなんと凄いことなんだろうか。
俺にはとても真似できない生き方だ。
本当に凄い人だったんだと心から思う。
そもそも最高議長は推薦されただけでなれない役職のはず。
しかしリヒテンベルグではそこまで重要視されていない。
閉鎖された空間で生き続けてきた人たちの町だからな。
元々それほど多くの議題があるわけでもなく、評議員の人数の多さも町民から意見を多数取り入れ、情報を精査して議論するのが評議会の主な目的だと聞いた。
それでもリヒテンベルグは、狭い世界の中でなんとか生活している。
そういったことを考えるとリヒテンベルグ評議会は、一般的なものとは随分と違って町民のために用意された"意見交換の場"となっているのが現状らしい。
小さい世界ながらも200年間リヒテンベルグの住民たちは生き続けてきたが、これまでの時間すべてが平和だったのかと言えば、住民全員がそうだとは必ずしも言い切れない。
決して壊れない、女神様がお守りくださる絶対的な壁であれば話は違うが、これはすべて偉人達が成してきた努力の結晶に他ならない。
つまるところ、人が作り出したものだ。
光の壁がいつなくなるのかも分からない現状を安全だと信じる人は相当少ないんじゃないかと、俺には思えてならなかった。
「お久しぶりですね、みなさん。
修練も順調のようで安心しました」
「本音を言えば、不安要素のすべては拭い去れていない。
残されたひと月を有意義に使い、旅をしながら最終的な調整に入る予定だ」
ある意味、予定通りの行動ではある。
当然、魔王による影響を受けた者たちの襲撃などがなかったためでもあるんだが、どうしても訊ねる必要があった。
「"未来"に変化はありますか?」
「いいえ、すべては思い描く未来へ進んでいます。
仮に運命を捻じ曲げる存在の介入があった場合は、私自ら地上へ顕現します」
「……それは……」
あくまでも可能性の話だ。
それでも俺は言葉に詰まる。
地上に甚大な被害を与えてしまうからこそ、女神様はこの場に留まることしかできなかったはず。
大地へ降り立つことそのものが緊急事態以外の何ものでもない。
あってはならないほどの最悪な状況を打破できるものなのか?
「……お気持ちは痛いほど分かるつもりですが、他に手段がありません。
今現在ではそうならないように祈ることしかできませんが、それでも行動せざるを得なくなります」
考えられる可能性としては、女神様の顕現からほどなくして世界が崩壊し始めるらしい。
そうなった場合、この世界を維持することは不可能となる。
対応策として、すでに新たな世界創りを済ませているようだ。
実際に星を創り上げたのではなく、まだその直前で留めてると女神様は続けた。
当然、この世界の住人たちの魂を早急に救済し、同時にリヒテンベルグの民すべてを移住させる計画のようだが、そうなると以前話した通りに動植物のすべてを連れて行くことは不可能だ。
言い換えるのなら"人命のみを救う結果"となるので、できるならこの手段は取りたくないのが女神様の本音だろう。
「まだ確定していないお話なので言葉にするのもよくありませんが、"奇跡を体現する女神"の力を借りられないか、友人に連絡を取っている段階です」
「……連絡って、随分前に話を通したんだろ?
なら、今も返事がないって意味になるのか?」
一条の言うことも分からなくはないが、彼女は"先見の女神様"だ。
連絡待ちの段階である点も考慮すれば自ずと答えは導き出せた。
「今はまだ奇跡を体現する力に至っていない。
もしくは、別の事情があって動けずにいるってことか」
「はい。
ハルトさんの仰るように、現在彼女は諸事情により深い眠りに就いています。
目が覚めるのは、おふたりが魔王と対峙する3日前になるでしょう」
「なら、なんとかなりそうだな」
安堵する一条だが、"深い眠りに就いてる"点が気になる。
女神ともあろう者が日常的にそんな状況になるとは思えない。
何かしらの理由があってそうなっているのは間違いなさそうだ。
案の定、俺の推察は当たったらしい。
彼女は現在、神として生まれ変わってる最中で、深い眠りとは言葉通りの意味で意識すらない状態だと彼女は話した。
"人としての記憶"がベースになっていることから、目覚めた直後は戸惑いや混乱で相当大変だとアリアレルア様は話す。
日本神話では、人と神の区別が曖昧に表現されることも多い。
人が神になること自体に違和感は覚えないが、それでも手にしたばかりの力を体現させられるものなんだろうかと不安には思えた。
まして世界中にいる動植物の魂を救済するとなれば、並大抵のことではない。
少なくとも目覚めたばかりの元人間にそんなことができるとは、さすがに考えにくかった。
「"先見"は、どこまで?」
「彼女が目覚め、力を貸してもらえるところまで、ですね」
……つまり、その先は見えていないって意味になるだろう。
だからこそ曖昧にも思える仮定の話を"先見の女神様"がしたんだ。
やはり未来は不確定要素だらけと思うべきなのかもしれない。
そもそも彼女は"宿命"だと言葉にしていない。
避けることができないものであれば、いくら手を貸そうと無駄になる。
そうではないのだから、結局のところ未来を予知しても別の強い力が介入すれば簡単に変わってしまう曖昧なものなのかもしれないな。
同時にそれは、"奇跡を体現する女神様"の力がアリアレルア様よりも強力だと言っているのと同じになる。
これも不確定要素になる。
曖昧な力に頼る手段も、アリアレルア様はできるだけ取りたくないのか。
命に関わる話なのだから、そこに確実性を求めるのも当然だと思うが。
それでも、すべての命を慈しむのが"神様"と呼ばれる存在なんだな。
信じれば救われるとか、試練を与えるようなものとは随分と違う印象だ。




