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到達できた一点に

 数日が過ぎた。

 あの日、俺に使った光魔法と身体能力魔法を複合させた爆発的な力は落ち着きを見せ、現在では随分と安定した動きができる程度に収まったようだ。


 だが、本人は相当悔しがっていた。

 俺の背後を取った速度が出せないことに、イラついてるみたいだな。


 遠巻きにアイナさんとの摸擬戦を見学しながら一条の成長具合を確かめていたが、さすがに高速での戦闘は難しいようだ。


「……どう見る?」


 俺は隣で見学していたレイラに訊ねた。

 彼女なら何かが分かるとは思っていない。


 そもそもレイラの編み出した強化魔法は特殊なものだ。

 さらに一条は自身が使う光の魔法を合わせ、現状到達できない領域まで身体能力を極端に増幅させた。


 魔法の使えない俺にその感覚は分からない。

 "明鏡止水"を使うための力は魔力ではなく、生命力に近いものだと言われてる。

 使用感覚は似ているようで微妙に違う気がするから、この件に関して俺は助言しないほうがいいかもしれない。


 下手に口を出せば、一条を混乱させかねないからな。

 だからこそ専門家である彼女に訪ねたんだが、やはりと言うべきか一条が見せた力の正確なところは分からないようだ。


「……正直に言えば、光の魔力と強化魔法を合わせるなんて無謀だと思う。

 カナタは光の魔力を自身の強化に転用した。

 でもそれは、あたしが教えた魔法と相性が悪くても不思議じゃない」


 例えるなら水と油ではないかと彼女は推論を立てる。

 それは、光の魔力が特別だからという意味ではないようだ。

 勇者が使えると言われる光属性だろうと魔力に違いはないのだから、問題はそこではないとレイラは話を続けた。


「魔力を使った強化法に"属性"を込めるなんて、非常に危険だと思う。

 女神様の加護でいくら頑丈になっていたとしても、それをさらに上乗せして強化するなんて、並の体なら耐えられないはず」


 そこまで人間の体は強くないはずだと、彼女は言葉にする。


 言われてみると、俺も納得できた。

 もし仮にそんなことが可能なら、とっくの昔に編み出された上で情報が残ってるだろう。


 もしかしたら魔王が情報を統制するように仕組んだ可能性もゼロではないはずだが、女神様から聞いた印象ではそんなことをするとも思えない相手だ。


 敵は、俺たちが想像する範疇を大きく逸脱する。

 そこにある感情そのものが理解できないのだから、人間が考えるような策を弄するとは正直考えにくい。

 むしろ策を立てる敵ならいくらでも対処法は出てくるが、そうじゃないからこそただただ不気味だと考えるのも当然だと思えた。


「……ハルト君に使った力は、あたしが長年をかけて到達した領域と同等。

 だから、カナタにはそこまでの成長は見込めないと思ってたのが本音。

 でもそこまで辿り着いたことは、驚愕以外の感情が湧かない。

 それが一瞬だったとしても、到達できた一点に意識が向く」


 確かにその通りだ。

 一度だろうが一瞬だろうが、力を体現させた時点でそれは偶然じゃない。

 潜在的にそれだけの力を秘めていることは確実で、今はまだその力を自由に扱えないだけって意味になる。


 そんな強力な力を使えたことに"希望"を見い出したくなる気持ちも強かった。


 ……時間さえあればと泣き言を口にしてはいけないが、それでも思う。

 あの力を"勇者"が使えるようになれば、魔王を一方的に倒せるはずだと。


「……まだ時間はある。

 カナタがその時の力を使いこなせれば、形勢は一気にこちらへ向くと思う。

 むしろ、それだけの強さでも到達できないのであれば、それはもう人がどうこうするような相手じゃない。

 今はまだ使いこなせなくても、きっと……」


 言葉が続かないレイラに、俺も同じ気持ちだった。

 それは、ここにいる誰もが似たようなことを考えていた。


 一条がその領域に到達できなければ、本当に敗北するかもしれないと。


 ひたむきに強くなろうと努力を続けても限界がある。

 あいつの身体強化魔法は拙く、レイラの卓越した強さには程遠い。

 当然、"明鏡止水"状態の俺とは雲泥の差が出てしまう。


「……あの時使えたのは、やはり精神的なものかもしれないな」

「……同意。

 きっかけは"感情"だった可能性が高い。

 あたしもアイナも、ハルト君と性格的に似てる。

 物事を正しく見ようと洞察し、行動する前に最善手を模索するけれど、カナタは感情が優先して先に行動する。

 それに、たとえ危険な状態でも、時には野生の勘みたいなものが感情を無視して暴走することが多かった」

「だがそれも数日前までの話だ。

 今のあいつにその気配は感じない。

 まだ最善手を選べずに失敗することも多いが、随分と精神面では強くなったよ」


 ……皮肉なことに、それも感情に他ならない。

 こうしておけば、ああしていればと真剣に考え続け、一条は答えに辿り着いた。


 それは間違いじゃない。

 誰かのために何かをすること。

 それはとても崇高な想いであることは間違いないし、誰にでもできるようなことでもない。

 それこそ勇者として正しいと思えた。


「……でも、強くなければ想いは消されてしまう。

 圧倒的な悪意の前に、力のない正義は叩き潰される」

「"そうならないために"。

 結局、ここに行き着く。

 すべてはあいつ次第だな」

「……ん。

 あの子ならきっと成し遂げると信じたい。

 でも……」

「魔王が不気味すぎる。

 "先見の女神様"の力が及ばない可能性も考慮するべきだろう。

 最終的には、ロクな思考をしていない相手に一条がどこまで戦えるかが鍵だな」


 だが、一応の完成形は見え始めた。

 予定よりも早い段階でそれを感じられたのは重畳か。


 それでも、俺たちは同じように表情を曇らせる。

 期限が迫れば迫るほど嫌な予感が日増しに強くなっている。


「……杞憂なら、いいんだが……」


 ぽつりと呟いた俺の言葉に、レイラが返事をすることはなかった。

 彼女も薄々と感じ取っているんだろうな。


 不気味に思える、この嫌な予感に。

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