この身を賭してでも
天上の管理世界。
この美しく穏やかな草原に来るのも、これで二度目。
心なしか空気まで清々しく感じるのはさすがに気のせいだと思うけど、それでもこんな場所が話に聞く死後の世界だとすれば悪くないと思えた。
……カナタに話したら本気で泣かれちゃうから言葉にはできないけど。
それでもここに来ると、穏やかな場所でゆっくりしたいと思えてしまう。
「ひと月ぶりですね。
早速ですが、報告をお願いできますか?」
「はい」
短く丁寧にエルネスタさんは女神様に答えた。
あまりいい話とも言えないけれど、報告しなければならない。
「残念ながら、武具の製作は滞っています。
ですがレイラさんの協力で、完成に近い純度の金属を生成できました。
しかし、魔力の充填には時間がかかりすぎると予測しているのですが、女神様の見解をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「想定の範囲内ですよ。
武具に魔力を溜め続ければ1年後には完成するでしょう。
ハルトさんのための武器ですが、今から15日後に完成するものが最高の出来栄えになりますので、それに魔力の充填を始めてください」
「……畏まりました」
全てを見通すかのような"先見の明"を持つ女神様に、心から頼もしく思えた。
いくら研究が進んでいても正確な結果までは分からないのだから、こうして"未来の答え"を聞けることは、人類の破滅が差し迫った現状のあたしたちからすると幸運でしかない。
「何かご質問はございますか?」
「いえ、大丈夫です。
ありがとうございます」
「……完成品はこちらにお持ちして、ご確認していただくべきでしょうか?」
「そうですね。
可能な限りの祝福を武器に込めますので、完成したら一度お持ちください。
……それでも魔王に対しては、"3度"振るうのが限界ですが……」
やはりと言うべきか、それでも攻撃できることに良しとするかはハルト君が決めること。
……だけど、どうしても思ってしまう。
"あたしたちも一緒に戦えれば"、と。
それなら少しでもふたりの力になれるはず。
あのカナタが毎日くたくたになるまで頑張ってる。
そんな時、あたしもアイナもただ見てることしかできない。
「お気持ちはお察しします。
ですがどうか、魔王と対峙しようとは思わないでください」
「……分かっているつもりです」
あたしたちがいても邪魔になるだけ。
それどころか、魔王に利用されるのは目に見えている。
そうなればカナタもハルト君も決心が揺らぐ。
例え魂だけの存在だろうと、本気で助けようとするだろう。
……本当に優しい子たち。
できれば魔王はあたしたちが倒すべきだ。
この世界のことは、この世界の住人が護るのが筋だから。
……でも。
「……あたしたちが魔王討伐に関われば、あの子たちの命が危うくなる。
それでも……この身を賭してでも、あの子たちを護りたいのです……」
たとえ魂が消滅しようとも。
あの子たちを救えるのなら、迷わずにあたしはその道を選ぶ。
「……レイラさんとアイナさんでも戦える術を模索していますが、あまり前向きな話にはならないことだけはご理解ください」
「……はい。
そう仰っていただけるだけで嬉しく思います」
アリアレルア様は"先見の女神"。
未来を見通すそのお力は、多くのことが見えている。
その上で別の行動をすれば未来は変わるらしいが、それでもあたしたちの行くべき先は変わらない。
……それが"答え"。
分かってた。
言葉にされなければ分からないほど、あたしは幼くない。
それが答えで、この未来は決して変えられない。
でもひとつだけ、気になることがあった。
「……魔王は闇の魔力で覆われているのですか?
だとすると、ハルト君が魔王と対峙するのは危険だと思いますが……」
直接闇に触れた瞬間、良くないことが起きるような気がする。
魂が剥き出しの状態で辛うじて形を維持し続けるあたしたちが触れれば消失してしまうほどの高エネルギーを、光の魔力なしで対処するには無理がある。
もし、闇の壁を突破できた腕輪の性能を超える武具があれば、魔王が発している闇も無効化できるはず。
腕輪に使われている技術は、魔王が発した闇を突破する性能を持つように女神様が技術提供をしてくださったものだとエルネスタさんから聞いてる。
だとすれば、女神様のお力をお借りできれば状況も覆るのではないだろうか。
「レイラさんたちが身に着けている腕輪は、残念ながら直接その力を受ければ許容量の限界を超え、弾け飛んでしまいます。
それ以上の性能を人の子が作り出すには技術を伝えても、あと10年は研究に没頭しなければ到達できないでしょう」
"先見の女神様"が仰るのであれば、闇を防ぐのは不可能。
だとすると、余計ハルト君が魔王と対峙するのは危険としか言えない。
カナタの纏う光の魔力でなければ無効化できないのなら、やはりカナタ単独で戦ってもらわなければハルト君に"もしも"のことが起こりかねない。
……いえ、でも。
ハルト君が腕輪なしでも闇の壁を突破できたのはなぜ?
相当苦しそうではあったけど、結果的にあの場所を越えられた。
エルネスタさんの話では、全身に腕輪と同等の効果を持つ重鎧で完全武装する必要があると聞いた。
ハルト君には必要なかった?
それはなぜ?
「……ハルト君も、カナタと似た力を持ってる?」
「そうです。
それがハルトさんをこの世界にお呼びした大きな理由です。
腕輪の効果を全身に纏って護れるのは、闇の壁と呼ばれる場所のみ。
魔王が放つ闇は段違いの密度がありますから鎧では防げません。
それでも対峙する資格がある者は非常に少なく、多少適性があってもハルトさんは光の魔力を持ちませんので長時間の戦いは不向きです」
女神様の仰ることも理解できる。
あんな壁を200年間も維持している存在なんて、人にどうこうできないのが普通だと思う。
でも、ハルト君は違う。
ここに彼の特異性があるのは間違いない。
唯一、防御を可能とする力は、きっとひとつだけ。
「……戦った時に使っていた身体能力強化。
あれがハルト君の身を守ってくれるのですね?」
「はい。
あの力は本来、彼の星に住まう住民が持たない異質な力。
根源となる場所は別世界に繋がりますので、詳しくお話すると時間がかかりすぎてしまいます」
「……ハルト君が無事でいられるのであれば、それでかまいません」
それでも、苦戦する可能性は高いと思えた。
あんなおぞましい闇を耐え続けるのは困難だ。
一瞬の油断が好機を覆してしまうかもしれない。
腕輪以上の効果を持つ武具で武装できないのであれば、ハルト君が危険であることに変わりはない。
恐らく魔王は、女神様の祝福ができないような限界点の力を持つ。
それを分かった上で"魔王を使役する者"がこの世界に送り込んできたのだろう。
「レイラさんの推察通りです。
敵は、すべてを画策した上で行動を起こしました。
神が人の子に贈る"祝福"とは、一定の強さ以下に押さえることができません。
それは地上に悪影響を与えないための限界点でもあるのですが、それを逆手にとって送り込まれたことが仇となったようです」
本来地上を管理していた神がいなくなった理由でもあるのだろう。
推察するに、多少の悪影響を地上に与えようとも相手には関係ない。
全人類の魂を捕縛し、それを武器に転用するのが目的なのだから、地上がどうなろうと崩壊さえしなければ問題ないと判断しての行動なのね。
……本当に、最悪としか言えない相手に目を付けられた。




