赦してはいけない
神妙な面持ちをしたまま、一条は何かをずっと考え続けているようだ。
安堵したり呆けたことを言ったりと、随分忙しいやつだな。
だが、お前が考えていることも分かるよ。
そしてそれが、お前のするべきことだってのも間違いじゃない。
こいつはこいつなりに、真剣に考えて決意を固めようとしてるんだな。
「みなさんが訪れてきた町にも、魔王の影響から逃れられた者がいます。
もちろん魂を束縛された状態ですので、無事だとはとても言えませんが」
それはつまるところ、いつでも利用しようと思えばできるってことになる。
命を手のひらの上で転がすようなクズが相手なのは間違いない。
最悪の場合、人質として俺たちの行動を制限させようとするだろうな。
そんな下衆を前にどう動けばいいのかは、今のうちに考えておくべきだ。
……とは言っても、選べる選択は極端に少ない。
もしかしたら、二択しかないような気がした。
従うか。
それとも……。
魔王を倒せなければ、すべては水泡に帰す。
リヒテンベルグの民も次の召喚者を待つことになるだろう。
俺はそう思っていた。
しかし事はそう単純でもなかった。
警告とも取れる女神様の言葉で、俺は選択をせざるを得なくなった。
「残念ながら、随分と時間をかけてしまいました。
200年もの歳月は、魔王が痺れを切らすには十分過ぎたようです。
これは来たるべき戦いに大きく関係するのですが、別世界での話となりますのでみなさんは魔王討伐のみに集中してください。
それと現在、魔王が最悪の手段に出る直前に、捕らえられたすべての魂を救済する方法を検討中です」
そう言葉にした女神様だが、俺にはそれが前向きな話に聞こえなかった。
捕らわれの魂を救済すると言えば聞こえはいいが、最善策だとは思えない。
「……"輪廻の輪に還す"、と受け取っていいのか?」
「そう、なりますね……。
魔王を討伐後、肉体のない人の子たちを早急に"あるべき姿"へ戻さなければならないのですが、それがわずかとはいえ早まることになるでしょう。
……できれば選びたくない手段です」
眉にしわを寄せながら瞳を閉じるアリアレルアは、とても辛そうに答えた。
だがあくまでもそれは"最悪の一手"のひとつだと彼女は続ける。
「魔王の強さから見て、その最悪な行動を実行するのは容易ではありません。
力を発動させるための集中する時間さえ与えなければ問題ないと思われます」
「時間にして、どのくらいの余裕が?」
「最速でも3分はかかるでしょう。
もちろんこれは敵を立ち止まらせたままでの話ですから、おふたりが行動し続けてくだされば発動は不可能です」
つまり、俺と一条が動けなくなった場合に限り発動するってことか。
それならいくらでもやりようはある。
「イレギュラーな事態に関しては?」
「ありません。
それは"先見の女神"として断言します。
あらゆる可能性を見ても、突発的な事態は発生しません。
事象を捻じ曲げる力を持つ者であればそれも可能ですが、魔王を使役する敵の勢力もほぼ解明していますので、戦いに集中していただければと思います」
なるほどな。
女神様が断言したんだから、俺らが杞憂しても意味はないか。
逆に言えば、一条が魔王を討伐できる技量にまで成長すれば、倒せる可能性はかなり高いってことだ。
当然、油断は禁物だし、正直独りで討伐に向かわせるのはためらうが。
「それに関して、ひとつの策を用意しました。
エルネスタさんをこの管理世界へお呼びした理由のひとつでもあります」
「……私に……ですか?」
「はい。
仮とはいえ、この管理世界であれば直接知識を授けることが可能です。
伝えるべき情報は、ある武具に関するレシピ。
魔王に対抗できる"唯一無二の武器"となります」
そんなことが可能なのか。
……いや、この方が嘘をつく必要などない。
であれば状況は極端に変わってくる。
「俺でも魔王へ一撃を当てられるってことか」
これまでの話から、魔王を討伐できる武具が存在するなら俺ひとりで済む話だ。
だが、光の魔力を持たない俺でも攻撃が通用するとすれば一条の力になれる。
直接的な意味で、こいつをサポートしながら戦うことができるようになる。
「残念ながら討伐はもちろん、痛手を与えることすら不可能ではありますが、もし指示通りの性能を持つ武器を人の子で生み出せれば、魔王の動きを一瞬の間だけでも止めることができます」
恐らくはそれ以上の性能も女神様ならば創り出せるが、その場合は世界へ多大な影響を与えてしまうんだろうな。
魔王を倒せたとしても、世界が維持できないのであれば意味がない。
それでも、限界ギリギリのところまで力を貸してもらえるのはとても心強い。
「一瞬でも十分だ。
一条が決定打を当てられる隙さえ生み出せれば、それで片が付く」
「お、おい!?
軽く言うなよ!
んなことできんのか!?」
「できなければ"終わる"。
言われなくても分かるだろ?」
「ぐぬっ!」
この程度の重圧で動けなくなるようなら、俺の見込み違いだっただけだ。
魔王と対峙してもロクな対応が取れない勇者なんて意味がないんだよ。
「やるなら全力で、確実に仕留める。
それが可能になるまで鍛えるつもりだが、実際に時間は限られてるのか?」
「1年半が限度です。
今から546日後の正午過ぎ、魔王が動き出します。
そうなれば囚われた魂のすべては力に変換され、主の命に従った魔王は異界の神々へと牙を剥けるでしょう。
その威力は星ひとつを一瞬のうちに塵へと変えるほどの力を秘めていますが、こちらの動きを止めることは不可能ですので……」
言葉に詰まる彼女の言いたいことも十分理解できた。
要するに、無駄に魂を使われてしまうって意味だ。
神々の動きすら止められないのなら、行動する意味はない。
だが、それでも魔王は行動する。
そこに何の意味がなかろうとも魂を使う。
そんな相手に俺たちは、心の底から嫌悪感を抱いた。
「……命を命とも思わない最悪のクズ野郎ってことだな……」
「言いたいことは分かるが、落ち着け一条。
俺たちはまだ行動するわけにはいかないんだ。
その気持ちは魔王と対峙した時まで取っておけ」
「……分かってる。
分かってるよ……けどよ……」
「あぁ。
そんな存在は赦してはいけない。
確実にこの世界から消し去る必要がある」
それを叶えられるのはお前だけなんだ。
でも、俺にもサポートできるかもしれない。
まだどうなるかは分からないが、それでも希望の光は見えたような気がした。




