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命を慈しむもの

 上品な香りのお茶を口へ運ぶと、透き通るような喉越しに驚かされた。

 まるで体の隅々まで染み渡るかのような感覚は、どんな湧き水を口にしようとも比較できるようなものじゃなかった。


 美味い。

 けれど、それだけじゃない。

 むしろ味の良し悪しよりも、体が癒されていくような感覚。

 さすがに俺たちが光ることはなかったが、きっとそれは体が正常だからだろう。


 これがエルネスタさんの抱えた難病を治療した効果を持つお茶なのか。

 やはり女神と呼ばれる存在は、人とは比べられないほど高い次元を生きる種族のようだと改めさせられた。


 "管理世界"であれば、どんな神でも同じようなことができるらしい。

 何ともすごい話に聞こえるが、エルネスタさんをこの場所へ呼べなければ治療できなかったのだと、彼女は悲しそうな表情で言葉にした。


 それを阻害してるのは魔王ではなく、管理者として世界を改変できない状況にあるからなのだと続けた。

 たとえそれが"癒しの力"だろうと、地上に悪影響を及ぼす結果に繋がってしまうのだと彼女は話した。


 しかし、世界を改変しようにも魔王を討伐しなければ、世界の危機へと一気に加速する最悪の状況になると予見しているようだ。


「もし私が管理できる世界へ改変すれば、間違いなく()は動き出します。

 そうなれば、これまで捕らえた魂を負のエネルギーとして転用するでしょう。

 想定される未来のひとつとして私が見ているのは、大地深くに置かれた"(コア)"が半壊するほどの致命的な打撃を受ける"最悪の結末"です。

 (コア)とは、世界全体を維持するために必要不可欠なものであり、それがわずかでも破壊された場合は世界を創造した神であろうと修復は不可能で、それこそ神の手で世界を崩壊させなければ更なる悲劇を生み出す結果となります」


 言葉にはしなかったが、転用された魂は消滅することくらいは推察できた。


 だが、これは最悪な一手をこちら側が打った場合に限ると彼女は続けた。

 それを予見している以上、そんな下手を打つことは考えられないのだから、それならば別の一手を打つだけだと女神は話した。


「もしもカナタさんとハルトさんが魔王討伐に失敗した場合、おふたりの魂を救済した上で私が地上へと顕現します。

 しかしこの場合、世界が崩壊するほどの影響を地上に与えてしまうため、魔王に囚われているすべての魂とリヒテンベルグの民を新たに創造した世界へ送ることになるでしょう」


 世界に住まう人々を救済するだけじゃなく、俺たちまで救ってくれる。

 これを素直に喜べるやつはこの場にいないと信じたかったが、残念ながらひとりだけは違ったようだ。


「そんなら、それで解決じゃねぇの?」


 一条の言葉にため息が出るのではなく、頭痛までしてきた。

 この男は本当に何も考えていないんじゃないかと思えてならなかった。


「"どういう教育をしたんだ"、とまでは言わない。

 だがあまりにも短絡的な思考は直させるべきだと思うよ」

「……ごめんね、ハルト君。

 あたしたちもこの子のそういう部分には困ってるの」

「どうすればカナタに理解してもらえるのか私たちが学ぶべき(・・・・・・・・)なんですが、旅をしながらだとそれも難しいんです……」


 相当苦労してるな、ふたりは。

 こんな言動ばかりしてるんだろう。

 正直、俺も頭を抱えたくなった。


「なんだよさっきから!

 女神様が救済してくれるんなら、それで全部解決じゃねぇのかよ!?」


 どう言葉にすればこいつにも伝わるのか。

 それを考えたところで、結局ロクな案は出なかった。

 俺も教育者として教えられるのは武術に関してだけだからな。

 アイナさんとレイラの涙ぐましい努力を想像しながら、俺は言葉にした。


「確かに女神様の力を使えば魔王を倒せるのは間違いない。

 この世界は崩壊するが、魔王に捕らえられた魂とリヒテンベルグの民を救済した上に、俺たちまで救ってくれる。

 女神様の祝福を受けた新たな世界で、人々は本当の幸せを享受できるだろう」

「それのどこが問題なんだよ!?」


 一条の言葉に、自然と眉間を指でつまんだ。

 なんて言葉にすればいいのか、俺は悩んでしまう。

 そんな頭痛の原因に答えたのはヴェルナさんだった。


「リヒテンベルグの民だけじゃなくて、アタシたちも助けてもらえると確かに女神様は言った。

 ……でもな、カナタ。

 この世界に存在するのは、アタシたちだけじゃないだろ?」

「……どういう、こと――」


 言葉にしながらも、ようやく気が付いたか。


 そうだよ。

 救われるのは、俺たちだけ(・・・・・)なんだ。

 そこに気付けなかったのは、さすがに短絡的だと言われても仕方がないぞ。


「……救われるのは……人間、だけ……なのか……?」

「……恐らく、救済する時間は極端に限られます。

 世界に住まう人の子がリヒテンベルグの民だけであれば、動植物も半数ほどは救えるのですが……」


 とても悲しそうな表情で、女神は呟くように答えた。


 神様とは、彼女のように命を慈しむもの(・・・・・・・)なんだろう。

 だからこそ世界を救うための最善手を探し出し、俺たちをこの世界へ召喚した。


 すべては、俺たちに魔王を倒してもらうためだ。

 そうすることで世界を改変し、多くの命を救い出す。


 魔王討伐の目的は、魂の救済じゃない。

 それは最終的な手段に過ぎないんだ。


 世界が崩壊してしまえば、多くの命が失われる。

 これはもう、人に限定した話じゃないんだよ。


 そんな段階は、とっくの昔に過ぎてるんだ。

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