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穏やかな場所

 気が付くと、そこは草原だった。


 青い空、優しく照らす太陽。

 小鳥のささやきと頬に触れる暖かな風。


 それ以外は何もない。

 どこまでも続く、果てのない草原だった。



 ……何がどうなった?

 俺たちは今、どこにいるんだ?


 困惑する頭を必死に押さえつけるように、心を静める。


 周囲確認をしても草原しか見えないのだから、ここは"そういう場所"なのかもしれないと考えるべきなんだろうか。


 かさりと草を揺らしながら、ウサギが顔を覗かせた。

 気配を探るも、小動物以外はいないようだ。


「……ぅお!?

 なんだこりゃ!?」


 ようやく一条も意識を取り戻したみたいだな。


「どうやら俺たちは、この場所に呼ばれたみたいだな」

「呼ばれたって、まさか女神サマにか?

 鳴宮の言いたいことも分かるけどよ、そんなこと可能なのか?」

「それは俺に聞かれても答えられないぞ」

「まぁ、それもそうだが……」


 聞きたくなる気持ちも分からなくはない。

 その問いに答えられる者がいないのだから、思わず俺に訊ねたのか。

 きっとこいつも答えなんて聞けないと分かってたはずだ。


 それでも言葉にしたかった。

 そんな心情なんだろうな。


「で、ですがこんなこと、これまで一度も……」


 驚愕の表情を浮かべながら、エルネスタさんは言葉にした。

 従来通りであれば、水鏡(みずかがみ)に文字が浮かび上がるって話だった。

 そうならず草原にいるのだから、この場所に導かれたってことだ。


「しっかし、随分と居心地のいい穏やかな場所だな。

 "天国"ってのは、こんなところなのかね」

「……そんなこと、言うなよ……ヴェルナ」

「あー、今のはアタシが悪いよな。

 笑い話として聞き流してくれ」


 さすがに失言だと思ったんだろうな。

 ヴェルナさんはどこか申し訳なさそうに答えた。


 確かに彼女たちの状態を考えれば、良くない言葉だったと思う。

 でも、ヴェルナさんたちは食事もするし、睡眠だって取る。

 笑いもするし、怒りもする。


 俺たちと同じだ。

 何も変わるところなんてない。


 だからなんだろうな。

 "その自覚"はあっても、それを感じさせない言葉が意図せずに出てしまう。


 ……いや、急に理解するなんて無理がある。


 俺なら理解できるかも分からない。

 聞いた瞬間に塞ぎ込んでしまうかもしれない。


 それでも彼女たちは、前に進むことを選んだ。

 自分がどんなに曖昧な存在だったとしても、俺たちと進む道を選んでくれた。


 彼女たちの決断がどれだけ凄いことなのか、それを体験していない俺にはその一部しか理解できないだろう。

 それでも、彼女たち4人が並々ならぬ覚悟を持って行動していることだけは、その気持ちを正しく理解できない俺にだって分かる気がした。


「そんでよ、俺たちはどうすりゃいいんだ?

 まさか女神サマを探し出さないといけないのか?」

「それはさすがにないだろう。

 きっとすぐに――」


 ――会えるはずだ。

 そう言葉にする直前、俺の正面から3メートル右前方に気配を感じ取り、意識と視線を向けた。


 俺とほぼ同時にアイナさんとレイラが視線を向け、ヴェルナさんとサウルさんが警戒をしながらもその場所を見つめた。


 意外なのは、その場所を俺たちに釣られた様子もなく見たエルネスタさんだ。

 彼女が気配を察知する力を所持しているのか、それともただの勘なのかは本人に訊ねなければ分からないが、どうやら彼女も何か特別な力を持っているのかもしれない。



 注視していた場所に薄水色の光が集まり、それは徐々に人の形を取り始めた。


 本当に人ではない存在のようだな。

 女神を名乗る以上はそれも当然かと思いながら、成り行きを見守った。


 現れたのは20代半ばと思える女性。

 とても上品な白のロングドレスを身に纏う、ぞくりとするような美人だった。


 さらりと流れる銀糸のような髪、薄い青色の入った宝石を思わせる銀目。

 10英雄のひとりに同じような容姿の女性は登場したが、さすがに別人だな。


 ……いや、ヒトであるかも俺には分からないが……。


 女神様と思われる眼前に現れた女性は慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、透き通る清水のような声で言葉にした。


「はじめまして。

 (わたし)の名はアリアレルア。

 この世界の管理を代行する者です」


 ……管理、と言ったか?

 それが代行だとしても、現状を見るとその言葉を否定したくなるが……。


「お気持ちは分かるつもりです。

 なぜ女神を呼称する私が"魔王"と呼ばれる存在を放置するのか。

 なぜハルトさんとカナタさんをこの世界に導いたのか。

 そしてなぜ水鏡(みずかがみ)を通してではなく、この場所にお呼びしたのか。

 たくさんお話しなければならないことがありますが、その前に……」


 女神はエルネスタさんのほうへと足を進め、満面の笑みで言葉にした。


「エルネスタさんには、本当に多くのことを成していただきました。

 この場にお呼びした理由のひとつが貴女を招き、感謝の言葉を直接私の口から伝えたかったのです」

「…………女神様が……私に……?」

「えぇ、そうですよ。

 リヒテンベルグに住まう民の中で、私の声を受け取ってくださったのは貴女だけです。

 私の言葉を民に伝え、水鏡を作っていただけた功績は計り知れぬほど大きく、心から感謝をしています。

 それがどれだけ大変だったのかも理解した上で、私はずっと貴女を見守ることしかできなかったことをこの場で謝罪します」

「そ、そんな、私はただ、女神様のお力になりたい一心で……」


 戸惑いながらも、視線を向けることすらできずにいるエルネスタさんだった。

 彼女からすれば畏れ多いと思っているんだろうな。


 そんな彼女に対し、女神は優しく抱き寄せながら言葉にした。


「本当にありがとうございます。

 貴女のお力があったからこそ、希望の未来へと繋がるのです」


 目を大きくしながらエルネスタさんは、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。


 その姿を見れば、どれだけ大変だったのかは想像がつく。

 女神様との交信するものを作り上げるなんて、大業としか言えないのだから。

 試行錯誤の連続で、昼も夜も没頭しなければ水鏡なんて作れないはずだ。


 彼女の苦労が、ようやく報われたのかもしれない。

 同時に一条が話していたことが正しかったのだと、まるで真実に触れたような気持ちなんだろうか。


 想いの雫が止めどなく流すエルネスタさんを見ながら、心の底から良かったと俺は思った。

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