現実的じゃない
深く息を吐きながら、俺は模擬戦を振り返っていた。
今回ふたりと戦ってみて、俺が抱えた厄介な問題点が浮き彫りになった。
それを知れたことが重畳だとは、とてもじゃないが言えない。
一歩間違えば、取り返しのつかないことになっていた。
それを俺は肝に銘じなければならない。
多少無理をしてでも直すべきか。
そう考えていると、レイラは忠告を込めて答えた。
「……無意識に体が反応することを押さえつけるのは良くない。
むしろ直そうとすれば本当に危ない時、戸惑うことになる。
それはすなわち敗北に直結するから直さないほうがいいと思う」
「そうですね。
無意識での行動を抑制するだけじゃなくて改善しようとするなら、相応の歳月が必要になると思います。
ハルトさんであれば、いずれは成し遂げることではありますが、どれほどの研鑽を積めば到達できるのかも分かりませんから、今現在での改善は現実的じゃないと言わざるを得ないでしょうね」
……ふたりの言う通りだ。
一瞬とも言えるわずかな隙が、命を失いかねないほどの致命的なものになる。
それに修練をするとしても、そう単純に克服できるようなものでもない。
まして1年やそこらで改善できるものじゃない以上、確かに現実的じゃない。
弱点を残すことに引っかかりはあるが、そもそも魔王に俺の攻撃は通じない。
無意識での行動を改善するよりも、一条の教育に力を注いだほうが賢明か。
「……そうだな。
今はこのまま触れずにいようと思う。
助言ありがとう、ふたりとも。
とても参考になったよ」
「……ん。
ハルト君の力になれて嬉しい」
「今後とも何かお手伝いができれば嬉しいのですが、ハルトさんに私たちが教えることもあまりないように思えるのが残念でなりませんね」
「……そだね。
ハルト君に魔力があれば、あたしも色々と教えてあげられるのに……」
そんなやりとりを半目で見つめていた男は、呟くように話した。
「……なんか、レイラもアイナも、鳴宮には優しいよな……」
「……そんなことない。
カナタが気づかないだけ」
「そうですよ。
私たちはカナタを放っておけなくて、ずっと傍にいるんですから。
今は優先するべきことに集中してるので少しだけ厳しく接していますが、それもすべてはカナタのためを思っての行動ですよ」
「優しくないって俺が感じてるのはそれじゃね!?
毎日毎日アイナは俺をぼっこぼこにぶっ叩くし、レイラはレイラで必要とも思えない知識まで詰め込もうとするし!」
「……必要のない知識なんてない。
それをカナタが活かせないだけ。
本当に必要な時、初めて分かる」
……耳の痛い話だ。
この世界に来るまでは、俺も一条と似たようなことを考えてた。
将来、役に立ちそうもない知識を詰め込むくらいなら、心身を鍛えたほうがずっと有意義だと。
人生の先輩が言うんなら、その通りなんだろうな。
俺も日本に戻ったら、もう少し真面目に勉強するか。
ともあれ、今後俺たちが取る行動に大きな変更点はない。
一条が勇者として立派に責務を全うするよう、俺たちは力を尽くすだけだ。
魔王を倒せなければ、世界を平和にするなんて不可能だ。
俺にできることは一条に武術を教え、支援することしかできないだろう。
決定的な打撃を当てられなかったとしても、それくらいは俺にもできるはずだ。
……本当は共に戦ってやりたいが、魔王と対峙してもサポートくらいしかできないのは歯痒いところだな。
それでも、こいつを鍛え上げることはできる。
一条が持つ精神力の強さがあれば、今よりもずっと強くなれる。
「……決まった?
"勇者の育て方"」
「……なんか嫌だな、その言い方……」
「あぁ、大体は決まってるよ。
当面は予定通り体力作りから入ろう。
同時に剣術をゼロから教える」
「剣術!
勇者には必須の技術だな!」
「まだそんなこと言ってんのか、こいつは……。
段々アタシもカナタをしごきたくなってきたぞ……」
「やめとけヴェルナ。
こういうやつは何してもへこたれねぇんだ。
倒れても倒れても起き上がるやつだぞ、カナタは……」
サウルさんの言葉に心底面倒くさそうな顔をするヴェルナさんに、俺は苦笑いしかできなかった。
それが一条のいいところでもあるし、悪いところでもある部分だ。
要するに、こいつは際限なく鍛えようとする。
今はまだ体力で押さえられているが、それもある程度培われてくれば一変するタイプだろう。
何度倒しても、何度転がしても、多少休めば這い上がってくるゾンビみたいなやつを前に、それでも鍛えてやろうとする方が根気負けしかねない。
恐らくだが、そういったところが女神様に選ばれたんじゃないだろうか。
勇者としての適性なんて、正確なところまでは分からない。
そう呼ばれる存在が登場する創作物に多少共感した程度で、俺も本質的な部分まで分かってるわけじゃない。
当然、女神様が一条を選定した理由に理解が及ぶわけもないんだが、それでも直接訊ねてみたいと思えてしまう。
神様との邂逅なんて、生涯経験することはないと断言できるからな。




