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鍛錬の一環なんだよな

 今回は一条を鍛えるために訪れた鍛錬場だったが、まさかふたりとこんな形で戦うことになるとは思っていなかった。


 対峙するアイナさんとレイラはいつもと同じ表情に見えて、その実、身にまとう気配はすでに戦闘用のものへと変えていた。


 思えば、このふたりが戦う姿を見るのも初めてだ。

 普段と違う雰囲気と周囲に感じさせる緊迫感から、一条も言葉を失っていた。


 それもそうだろうと思えた。

 盗賊団に囲まれた程度で放つ気配じゃないからな。

 今のふたりを見れば、そんな雑魚どもなら武器を捨てて逃げ出すだろう。


「アイナさんも参加するのか」

「そうさせていただきます。

 私も最近はまともに動いていませんでしたからね。

 たまには運動(・・)をしたいですから」


 ……そんな程度じゃ収まらないのは確実だ。

 あわよくば俺を倒しに来ようとしてるのを肌で感じる。


 本気なんだな、ふたりとも。

 一条に戦い方を見せることよりも、俺と戦うことを望んでるのか。

 なら、俺も気を引き締めてかからないといけないな。


「行きます」

「……行くよ」

「あぁ」


 右手に持っていた杖へ左手を添えたレイラ。

 魔力を込めたのだろうその瞬間、俺の全身を悪寒が鋭く走り抜けた。

 同時に地面を抉ったかのような音を出し、アイナさんは急速に迫った。


 ――反応が遅れた。

 本能的に察知したその刹那、完全に背後を取られたことに気付く。


「――くッ」


 鋭い速度で振るわれる杖は地面を直撃し、鍛錬場をへこませた。

 紙一重で避けられたが、眼前にはアイナさんが間合いに入っていた。


 盾で覆うように体ごと突進するのか。

 屈んだ態勢では回避し辛いと踏んでの連携だ。


 低い体勢から体を回転させて後ろへ回り、アイナさんの軸足に足払いを当てながら背中に掌底を強く当てる。


 一回転させてダウンを取るつもりだったが、それほど甘い相手ではなかった。

 空中で体を大きく回したアイナさんは、剣を持ったまま地面に右こぶしを突き立てて体勢を直した瞬時、振り返りながら遠心力の込められた剣を放つ。


 どちらも低い体勢での攻防だ。

 熟練者でも避けられないが、攻撃がくる可能性も考慮していた。

 30センチほど後ろに仰け反ってアイナさんの剣を避け、軽く距離を取った。


 体勢を立て直し、サイドステップで真後ろから振り下ろされた杖を避ける。

 気配で感じてはいたが、かなりの速度で動いているな、レイラは。


 しかし、冷静に分析する思考を彼女は一撃で打ち砕いた。

 ズドンと身も凍るような重々しい音と強い振動を周囲に広げたその攻撃は、訓練場の地面を大きくへこませた。


 ……さっきからなんて威力で殴ってくるんだよ、このふたりは。

 "明鏡止水"を使っていない状態で直撃したら、一撃で即死するぞ。


「……驚いた。

 確実に仕留めた(・・・・・・・)と思ったのに……」

「念のために聞くが、鍛錬の一環、なんだよな?」

「もちろんそうですよ。

 ハルトさんならしっかりと対応してくれると信じていますので」


 満面の笑みで応えるアイナさんに、何とも言えない感慨が湧いた。

 それを信頼と言うかは人によって違うと思うが、少なくとも俺は言わないと思えてならなかった。


 もし俺が一般的な技量しか持っていなければ、最初の一撃で終わっていた。


 文字通りの意味で。

 永久に眠らされていた。


 そんな攻撃をためらいなく放つふたりもどうかと思うが、周囲のギャラリーの反応に"そんな話をしてる場合じゃないんだが"と突っ込みを入れたくなった。


「……あんなに強かったのかよ、あのふたりは」

「言ったろ。

 "アタシら以上の使い手だと比較するのもおこがましい技量だ"って。

 ありゃあ、間違いなく師匠と同じ領域にいるな」

「……お前の師匠、何もんだよ……。

 俺ぁてっきり元ランクS冒険者だと思ってたが」


 半ば呆れた様子で答えるサウルさんだが、そんな彼を鼻で笑ったヴェルナさんは若干声を震わせながら答えた。


「ランクS?

 ……冗談だろ。

 そんな程度の力量なら、アタシは師匠を超えるつもりで鍛錬をしたよ。

 この領域を見せつけられて強くなろうなんて思うやつのほうが少ねぇだろ」


 恐らくはそれも200年前の話になる。

 アイナさんとレイラはその200年間で強くなったと思われるから、それ以前にヴェルナさんの師匠は到達していたんだろうな。


 当然、辿り着けない領域じゃない。

 独学だとすれば凄いことだが、俺も人のことは言えない。

 流派によっては自己強化させる術が編み出されていても何ら不思議ではないし、一葉流にも身体能力を極端に向上させる"明鏡止水"があるからな。


 この力は魔力を必要としないから、研鑽次第では誰でも体得できる。

 だからこそ人に教えるには細心の注意と、教えた人間の責任が常に求められる。

 軽々しく使えないほどの身体強化をするこの技術は、間違いなく世界の在り方を変えてしまう。

 冗談ではなく、文字通りの"破滅"をもたらしかねない技だ。


 その領域と同等、もしくはそれ以上の力へ昇華させたともなれば、ヴェルナさんの師匠はこの世界でも最高峰の強さを手にしたと言えるだろう。


 ……まさか、その領域に足を踏み入れた使い手、それもふたりを同時に相手することになるとは想定すらしていなかった。


 アイナさんが強いのは肌で感じていた。

 明らかに俺が見てきた冒険者とは異質なことくらいは理解してたが、それがこの世界に置いてどの程度の強さなのかは分からなかった。


 俺に魔力は感知できないから、レイラの強さを推し量れなかったのは仕方ないと思うが、まさかここまで飛び抜けた技量だったなんてな……。


「……すごいでしょ。

 あたしが独自に編み出した技術。

 魔力で高めた身体能力を活かし、体術と杖術に魔法を組み合わせた戦闘法。

 本来は杖に魔力を込めて殴るんだけど、それをすると大穴が開くからできない」


 ……恐ろしいことを眠たげな表情でさらりと言葉にされると、これほど血の気が引くものなんだな……。


 想像するに、込めた魔力に比例して威力も上がると思えた。

 戦うことさえできれば、魔王すら単独で倒せるんじゃないだろうか。


 アイナさんも同質の力を使っているはずだ。

 彼女の場合はレイラほど卓越していないから、足りない部分を剣術と盾術、体術で補っているんだな。


 どちらにしても、それほどの領域に到達したふたりは凄まじい使い手として俺と対峙してる。

 下手をすると一瞬で負けるな、この戦いは……。

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