すべてが必然なんだ
勇者としての修練。
言葉にすれば、とても単純なように思える。
だが、それはかなり険しい茨の道になることは間違いない。
一条は武術経験がまったくない素人だ。
これまでの旅で鍛えてきたとしても高が知れる。
たとえ女神様の加護があろうと、努力なしに達成できるほど甘くない。
失敗すれば世界は闇に覆い尽くされ、想像すらできない最悪の敗北となる。
俺たちが異世界から召喚されたことも、この世界に魂を繋ぎ止められるように束縛された人たちも。
すべては女神様の力が及ばない段階にまで悪化していると思えた。
そがどれだけ最悪な状況なのかは、俺にだって理解できる。
20年前にも勇者召喚の儀がこの"リヒテンベルグ"で行われ、勇者として呼ばれた者たちが魔王に利用されたらしいが、彼らの行く末は確認する必要もなかった。
俺たちが今こうしてこの町にいることが、すべてを物語っていた。
俺のように"光の魔力を持たない者"は無能として放逐されたんだろう。
魔王にとって唯一の脅威が勇者の放つ"光の一撃"である上に、この町を護る結界を無効化するのもまた、勇者の力において他ならないからだ。
それ以外はどうでもいい存在。
羽虫程度にも気にかけないんだろう。
だが、そこにアウリスさんたちは希望を持った。
それがわずかにも輝かない無能力者だったとしても、縋るしかなかったんだ。
自分たちがいくら強かろうと、魔王と対峙した瞬間に行動のすべてを完全に封じられると考えたんだろう。
恐らくだが、その推察は正しい。
仮に魂を束縛された存在だとすれば、どんなに前向きな発想をしたところで最悪な状況しか思い描けなかった。
この世界にいるすべての達人たちが束になったところで、動けないのだからどうしようもない。
唯一生存したこの町の住人だろうと、魔王を倒せないという意味では同じだと思えた。
闇の壁を越えることすら厳しいのにそれ以上の悪意と対峙するなんて不可能だ。
同時にそれは、俺の未熟さにも言えることだ。
越えただけで移動することすら極端に制限された。
それどころか呼吸しただけでも体に悪影響が出ている。
こんな状態では魔王と対峙することすら難しいと理解させられた。
一条だけじゃない。
俺自身も強くならないといけないんだ。
そのためには時間が必要になる。
それを理解してるんだろうな。
別人にも思える気配を纏った男が訊ねた。
「鳴宮、俺はどのくらいで魔王と対峙できる?」
「正直なところ、分からないのが本音だな。
魔王がどれほどの強さかも見当がつかない。
それに、一条には習うべきものがたくさんあるからな。
焦る気持ちも痛いほど分かるが、じっくりいこうと思ってる」
女神様からも敵の情報を得られるはずだ。
そこからエルネスタさんたち有識者と会合を開き、今後の方針を決めよう。
「まずは、5日後だな」
「女神サマ、か。
直接、会えんのかな?」
「恐らくは我々と同じ、お言葉のみを賜る形になるかと。
"世界への干渉は極力避けなければならない"とも仰っておりましたので」
つまり女神様が力を貸し過ぎるのは、世界への過度な干渉になるってことか。
世界に降臨することも適わない現状で、できる範囲の協力をしてもらえるのかもしれない。
……思えば、神様と邂逅した勇者モノの作品の多くが、力は貸すが自らは動かないことが多かった印象を受ける。
まさかフィクションだと思っていたものが実話でした、なんてことはないと思うが、なまじ笑えなくなってる自分がいた。
「ともかく、1年を目標に集中した鍛錬を続けよう」
「……1年って、いいのかよ。
お前には待ってくれてる人も多いんだろ?」
「そういう一条はどうなんだよ。
孤独なやつだとは思ってないが、実のところは違うのか?」
「ウチは完全に放任主義だからな!
"自分の道は自分が決める!"
一条家の家訓だぜ!」
……なんとも"らしさ"を感じられた。
同時に、こいつの両親の性格が分かったような気がした。
「そんで?
いいのかよ」
「俺か?」
「あぁ。
恋人、待ってんだろ?」
「……そうだな」
1年も放置すればどうなるのか。
考えれば考えるだけロクな答えが出て来ない。
佳菜が取り乱しながら俺を必死に探し歩く姿すら見えた。
……でも、時間は必要だ。
佳菜ならきっと、分かってくれる。
「失敗は許されない以上、万全の態勢で臨まなければならない。
勇者が負ければ、世界は闇に飲み込まれるどころではないからな。
俺の個人的な私情で世界を危険にさらすわけにはいかないんだ」
敗北すれば、永遠にも思える時間の中、魂を束縛され続けるかもしれない。
それがどれだけ恐ろしい状態なのかは想像することしかできないが、少なくとも現状を維持しているままで居られる保証なんてない。
少なくとも好待遇の扱いをされるわけがない以上、どんな扱いをされても最悪以外の言葉は出てこないと思えた。
まずは1年。
それでも足りなければ……。
いや、ネガティブなことは考えないほうがいい。
一条の覚悟に水を差すことにもなりかねない。
俺自身ができる最善の行動をするだけだ。
その覚悟が伝わったのか、一条は静かに言葉にした。
「お前がそれでいいなら、そうすればいいさ。
俺が口を出しても余計なお世話だからな」
「……悪いな、心配させて」
「水くせぇこと言うな。
それと"勇者が負ければ"ってさっきの言葉な、"俺たちが負ければ"に考え直せ。
俺が負ければ世界の破滅だが、お前も生き残んなきゃ意味がねぇんだからな」
「……そうだな」
まさか、一条に指摘される日が来るなんてな。
そう思いながらも、妙に納得をした自分がいることに気付いた。
急成長をし続ける一条を、ひとりの戦友として認めたのかもしれないな。
「よっしゃ!!
そんじゃ訓練行こうぜ!!」
習わなければならないことが多すぎる一条に"頼もしさ"に近い印象を受けながらも、俺たちは歩き出した。
世界の命運を担うなんて、召喚された当初は思いもしなかったことだ。
……でも、この世界の置かれた現状を知れば、きっと誰だって同じような行動を取るはずだと思えた。
きっとすべてが必然なんだ。
俺たちが世界に降り立ったのも、魔王を倒すために呼ばれたのも。
そしてこの世界に囚われた人々から想いを託されたことも。
これまで体験したすべてが繋がっているのかもしれない。
なら、俺にできることも初めから決まっていたんだ。
アウリスさんとユーリアさん、アーロンさんや銀貨を渡してくれた騎士のヴァルトさんたちの、世界を憂い、祈るような"願い"もようやく理解できた気がする。
世界中の救われない魂を救済するため。
リヒテンベルグに住まう人々を護るために、俺は力を尽くそうと思う。
この行動が世界に何をもたらすのか、俺には分からない。
でも、このまま傍観することなんてできるはずもない。
それなら、俺にできる最善の行動を取り続けるだけだ。




