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何よりも大切にする方針

 遠くにセーデルホルムが見えてきた。

 馬車でも片道で半日かかるとはいえ、随分と早く町に戻れた印象だ。

 思えばこれまで馬車を依頼に使ったことはなかったし、3株の薬草を採取するためだけに乗るなんて贅沢だとも感じられた。


 冒険者ってのは、そのほとんどが町から目的地まで徒歩で移動するからな。

 特殊な依頼でもない限りは馬車で行き来しないと聞いたし、今回の依頼は中々貴重な体験ができたんじゃないだろうか。


 町が見えたことでようやく落ち着けたんだな。

 カールさんは緊張感を少しだけ和らいだ声色で言葉にした。


「お陰様でセーデルホルムに戻ってこれました。

 不眠不休でお力添えをしてくださったみなさんには、多大なる感謝を。

 みなさんが依頼を受けてくださらなければ、どうなっていたことか……」

「いや、俺たちも力を貸せて良かったよ」


 そう本心から思えたのは、あの母子(おやこ)への対応を見たからだろう。

 激しく叱咤するような相手であれば、俺たちも力を貸そうとは思わなかったかもしれない。


 誠意ってのは、言葉じゃ伝わらないものなんだな。

 今回はそれをよく理解できたような気がした。


 だが、彼の言い分も一理ある。

 俺たちが依頼参加を申し出なければ、冒険者を探すところから始めなければならなかっただろうし、即時に町を出られるかも冒険者次第になる。


 たとえどんなに近かろうと、たとえどれだけ危険性の低い魔物が生息してようと、準備を怠ればどうなるかなんてのは愚問だ。


 時間が差し迫る中で冒険に出られる者、それもある程度の強さを兼ね備えた新人以上の冒険者を探すとなれば話は変わる。

 時間的なリミットを考慮すれば、ギルドで酒盛りをしてる者たちか依頼を終えて帰ってきたばかりの者を起用する可能性も十分に考えられた。


 この世界に飲酒運転なんてものは存在しないらしい。

 酒を飲んだとしても馬車を引けないわけじゃないし、それが個人の所有であれば誰にも文句は言えない世界だと聞いたことがある。


 商業ギルドを始め、組合で借りた馬車であればさすがに問題だ。

 それも事故を起こし、損害を発生させた場合に限っての話ではあるものの、飲酒によるペナルティーはそれぞれの組合の規則に則って罰が与えられるのが一般的のようだ。


 なんとも緩いとしか言いようのない法ではあるが、よくよく考えればこういったことが危険だと認識され、本格的な議論がされるのは随分と後なのかもしれない。



 必要となる薬草採取をすると俺たちが町で名乗り出た直後、商業ギルドが用意した馬車に乗り込み、当事者の商人であるカールさんは目的の場所となる群生地へ馬を走らせた。


 町から半日しか離れてないこともあって、薬草採取自体は難しい依頼ではない。

 弱い魔物ばかりがいる見通しがいい平原に造られたセーデルホルム周辺は、聞いてた通りに安全な移動ができたことが印象的だった。


 随分となだらかな平原が続いた先に目的となる薬草の群生地に辿り着いた俺たちは、特殊な病気に効果がある"ニーブロム"を3株採取した。

 納品予定の薬制作には1株でも十分だが、もしもを考えて多めに摘んだ。

 この特殊な薬草から作られる薬は、"テオレル病"と呼ばれる症状に効果がある。


 テオレル病は軽い咳症状から始まり、全身の倦怠感と寒気を引き起こす。

 風邪に似た症状だが、治療薬を飲まなければ症状が徐々に悪化するらしい。


 最終的にはベッドから起き上がれないほどの悪影響を体にもたらす病気で、それを放っておくと寝たきりのまま体力を失い続け、時には命を失うこともあるとカールさんは話した。


 幸い、薬花(やっか)であるニーブロムから抽出した薬が効果的で、ほぼすべての人は魔法薬と同程度の量を飲めば完治に向かうようだ。


 とはいえ、群生地の周囲には少々特殊な魔物が出没することもあって、護衛者ではない冒険者を数名雇わなければ大怪我をしてもおかしくはなかった。



 今回の一件で、彼ら商業ギルド所属の商人や職員が損害を請求しなかったのにも仕組みがあるようだ。

 すべてはギルドが保証する、保険のような制度があるとカールさんは話した。


 あの時起きた事件を思い返してみると、馬車が行き交う街道に飛び出した女の子が悪いとこの世界では判断されるのが一般的で、たとえ歩行者に怪我を負わせたとしてもその場所が街道であれば御者が咎められることはないらしい。


 なんとも眉を寄せてしまう話に聞こえるが、そもそもここは異世界だし、俺のいた世界での常識がすべて通用するはずもない。

 商業ギルドに所属する商人でも、あまり評判の良くない商会に在籍した商人が当人だと、最悪の場合は娘に大怪我を負わせた上に損害した商品の損害賠償を請求されるケースもゼロではないようだ。


 そういったことを考えると、カールさんが所属している商会は至極真っ当で、お客様を何よりも大切にする方針を取っているのは間違いなさそうだな。


 たとえそんな意図がなかったとしても、血も涙もないと買い手に思われた時点で信用と信頼は失墜するだろう。

 一度でも失えば取り戻すのに数年では済まない歳月が必要で、長期的に見れば請求しないことがいちばんいい解決法なのかもしれない。


 まぁ、それ以前にカールさんは心からあの母子(おやこ)を心配していたのが分かったから、俺たちも力を貸したいと思えたんだけどな。

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