そういうやつにこそ
剣をテーブルに置き、当時の調書と報告書を確認するアーロン。
見た目は細い西洋剣。
鞘はやや暗めの銀色で、柄は黒。
いや、あれは柄じゃなくてグリップか。
見た感じ剣身と一体化していそうだ。
一般的なロングソードを細くしたような形状だろうか。
緩やかな曲線を描かない直剣に異国の文化を強く感じさせた。
女性でも楽々と扱える片手剣だが、実際に所持していた冒険者は男性らしい。
倉庫に入れっぱなしだったとはいえ、一応は憲兵隊が保管していた剣だ。
俺が持ち出していいものなのかは判断できないが、問題ないと彼は答えた。
「16年も前の品だからな。
奪われたものを憲兵が押収し、持ち主はそのまま置いていったものらしい。
盗賊に襲撃された事件を切欠に引退し、別の職に就くと言ってたそうだ。
ここから森を抜けた先にある町の出身で、事件後は静かに暮らすとあるぞ」
「まさか、盗品ってことは?」
ここは明確にしておく必要ある。
"いわくつき"ではないから持つことに抵抗はないが、それでも盗品を持ち歩くつもりはないからな。
「……いや、違うみたいだぞ。
かなりの思い入れがあって、その時の様子も詳細に載ってるよ。
置いて去った理由は、"買い取ってもらえない特殊な剣"だからだ。
見た通り相当細めの片手剣で、何よりも軽さを重視してる。
こういった武器は強度に難があると、一般的な店は買取を渋る。
"レイピア"を知ってるか?」
「知識だけなら。
刺突に特化した細剣だろ?」
「そうだ。
威力は高いが強度は落ちる。
言葉は悪いが"消耗品"扱いされ、買い叩かれる。
こいつの細さは一般的な片手剣と細剣の中間だが、武器防具、道具屋問わず細剣として安値にしかならないだろうな」
当然だが、鍛造なのか鋳造なのかで値段は激変する。
しかし、それについては持ち主から貴重な話を聞いているそうだ。
「それについて、持ち主からは何も聞いていないようだな。
調べるには時間がかかりすぎるし、鑑定料も馬鹿にならない。
この町はもちろん、北の町も小さいから王都に売りに行くしかないはずだ。
その際にかかる時間や滞在費を考えれば、ここに置いて行った理由も納得だな」
「なら、鋳造品じゃないのか?」
そうでもなければ持ち帰るんじゃないかと思えてならない。
売れないなら冒険者として活動した証のように考えて大切にするものじゃないか、とも思えた。
これも日本人ならではの考え方かもしれないが……。
「むしろ逆だと俺は思うぞ。
売り手の自己申告で武具屋が買い取るわけにもいかないから、結局は時間をかけて調べることになる」
「鋳造品なら、わざわざ調べさせないで売るってことか」
「だな。
どの道、特殊な剣だからたいした値段にはならないだろうけど、それでも旅費の足しくらいにはなる。
それをせず、ここに置いて行ったってことは、誰かこの剣を理解してくれる人に使ってもらいたかった……なんてのは、さすがに考え過ぎだろうか。
まぁ、盗賊から命からがら逃げたんだ。
本人にとっては苦い思い出の品ってことだな」
面白い推察ではあるが、もしそうだとすると、意気消沈で憲兵詰め所を去っていく冒険者の姿が見えてきた。
「見てもいいか?」
「あぁ、もちろんだ」
テーブルの剣に手を伸ばし、鞘から剣身を引き抜いた。
見事なほど美しい両刃だ。
随分と軽量化され、手に馴染むように扱いやすい。
手入れのされてない剣が汚れや錆もないことには首を傾げてしまうが、どうやらここにもこの世界独自の技能が使われているようだ。
「こいつには付呪加工がされてるな。
恐らく強度を増やすものと、刀身を保護するものだろうか。
……なんでも、使いこなす前に引退したみたいだぞ。
新品に近い剣と言えそうなほど綺麗だな。
実際の強度については保証しかねるが……」
"付呪"についても教えてもらった。
一言で言えば、魔力による武具の強化加工らしい。
中には切れ味を増やしたり、物によっては魔法を放つことができる付呪品もあるそうだが、切れ味や耐久を上げる加工はともかく、魔法に関しては発動に微量な魔力を必要とするそうなので、俺には扱えないと思えた。
北の森を抜ければ町に着くんだから取りに来ればいいとも思えるが、ここから北の町まで最低でも10日、回り道をしたらその2倍は軽く日数が必要らしい。
盗賊が潜伏してると常に言われるような薄暗い森の中を護衛なしで抜けるリスクや売れない理由を考えると、取りに戻ってくることはなさそうだ。
「……そうは言っても、ここに置かれても困るだけで、処分したいのが本音か」
「そうだな。
ぶっちゃけちまうと、倉庫が溢れ返ってるから整頓したかったんだよ。
それにこの細い剣で盗賊の攻撃を受け止める覚悟を俺は持てないな」
「じゃあ、不要なものとして処理できるのか?」
「問題ないどころか、報告書に一言書き加えるだけだから処理にすらならずに解決する案件だな。
そもそも16年も前の剣、それも相当特殊な剣だから処分できずに困ってる、と言ったほうが適切だ。
ハルトに使ってもらえるなら、男も剣も本望だろうさ」
「なら、ありがたく使わせてもらうよ。
武器ってのは、誰かを護って初めて意味があるものだからな」
「……護る、か。
いい表現をするな、ハルトは。
そういうやつにこそ、こいつが相応しいのかもしれないな」
とても嬉しそうにアーロンさんは言葉にした。
この剣には絶大な破壊力はない。
むしろ丁寧に使わなければ折れてしまうだろう。
力任せに岩を叩くだけで、恐らくはそうなる。
そんなものを武器として持とうと思う人のほうが少ないのかもしれない。
だからこそ、俺には持つ意味がある。
使い手次第で最高の性能を見せてくれる可能性を秘めた剣だからな。
単純に値段の高い武器よりもよっぽど魅力を感じた。
こいつを折らずに戦えるのかは俺次第だ。
そう思えた瞬間、まったく違う剣に見えた。




