嫌いじゃない
そういえばと、思い出したように話を戻したクロヴァーラさんは俺に訊ねた。
「ハルトさんは"勇者様"とも面識があるのですよね?
どんな方なのか、伺ってもよろしいでしょうか」
当然といえば当然だろうな。
異世界からの、それも架空の存在と思われていたんだからな。
さらには魔王討伐を目的に召喚されたともなれば、興味が出るほうが自然だ。
「同時期に召喚された同世代の男です。
こっちに来てから知り合ったので、赤の他人ではありますが」
「実際どうなんだ?
ハルトから見て、そいつは物語に登場する"魔王"を倒せそうか?」
「"勇者"としての適性は歴代最高と王国側が判定したのですが、技術と精神面では素人の上に色々と問題点が浮き彫りになっていましたので、このままにしておけば危険だと判断し、一度喧嘩を吹っ掛けて上には上がいることや勇者だろうと一瞬の迷いで命を奪われる可能性を伝えました。
魔王がどの程度の強さなのかは想像することしかできませんが、俺の世界で言い伝えられている話ではそのどれもが間違いなく最強の敵として言われています。
もちろん創作物に限定した話なので、こちらのおとぎ話と大差ないのですが」
実際に魔王がいるとして、どれほどの強さなのか俺には見当もつかない。
一瞬で世界を焦土にすることだってできるのであれば、いくら歴代最高の強さを手にした勇者だろうが、そんな存在と対抗できるとは思えない。
それでも希望はある。
そう思える仲間がふたりいるからな。
まだどうなるかは分からない。
「別れて以降は会っていませんが、正しく理解し、教育してくれる先輩がふたりも付いていますので、戦闘面でも精神面でも少しずつ改善されていくと思います」
「……ふむ。
ハルト殿からすると、"やや不安は残る"、といったところかの?
勇者とやらが"潜在能力をいかに引き出すのか"で、随分と状況が変わるか」
「俺も同じ意見です。
勇者としての資質が目覚めれば、爆発的な強さが開花することも考えられます。
ですが結局はその力を使うのも人ですから、膨大な力に振り回されるのか、それとも己が物として使いこなせるかは勇者の努力と研鑽次第だと判断します」
「もっともだな。
仮に魔王がこの世界に存在、もしくは近々出現すると仮定して、物語に登場する勇者と同格、またはそれ以上の潜在能力が目覚めれば、身体能力を含むあらゆる力がこの世界の住人とは比較にならないほどの極端な強さに到達するだろう。
おとぎ話では"光の一撃"とやらで魔王も消滅すると書かれているが、その"勇者サマ"にも可能だと思えるか?」
マルガレータさんの問いに、俺は即答することができなかった。
魔王がどの程度の強さかにも大きく関わってくるが、俺個人の見解としては魔法のような光を当てた程度で倒せる相手とも思えない。
それこそ大量の魔物をけしかけてくる可能性すらある最強最悪の敵を前に、やはり最低でも技術を磨かなければ様々な点で対処ができず、世界を救うことなど難しいんじゃないだろうかと感じるのは、俺の杞憂だけではないはずだ。
「……魔王と対峙するまでにどれだけ鍛え上げられるか。
そして自分の力と正しく向き合えるかで変わってくると思います。
先ほどこのままでは危険だと判断したと言葉にしましたが、あの男は俺が忠告するまで先輩である仲間の助言を一切聞き入れず、まるで"城砦"の中でのことのように捉えていました。
それは"指導"したので改善されているはずですが、真摯に向き合えるかはあいつ次第になるところもあって答えようがありません」
城砦とは、この国で人気のゲームになる。
チェスや将棋のように盤上で駒を動かし、相手の城砦を攻め落とすのが目的だが、敵の駒を打ち取ると劇的に成長させることができる。
それは"成る"ことや、"クラスチェンジ"以上の成長を見せるようだ。
むしろ、雑魚兵を倒して成長させてから攻め込むのが定石と言われている。
しかし、これはあくまでもゲームであって、実際の戦場でそんなことをするやつがいるはずもないんだが、あの馬鹿は文字通りのゲーム感覚で魔物を狩り続けていれば経験値を稼げると本気で思っていた。
それがどれだけ危険な行為だったのか考えもせず、最悪あいつは死んでも教会で生き返れるなんて馬鹿げた発想をしていたんじゃないだろうかと本気で心配するほど現実が見えていなかった。
アイナさんとレイラはいち早く気付いてくれたからこそ行動を共にしてくれているんだが、それでも結局はあいつ次第でこの先の命運が決まることは変わらない。
あの時は強めの指導をしたが、それも時間と共に戻ることも考えられる。
次に会った時、それがはっきりと露呈するだろう。
その時は俺も本気で怒ることを考えなければならない。
あいつはもう"独り"じゃないんだ。
護り護られる関係だってことに気付けなければ、徹底的に教え込む必要がある。
「随分と気に入ってるじゃないか、ハルト」
「俺も、いち流派を他者に教えることを許された"師範代"ですから。
間違った道に進もうとしてるやつを放っておけないだけですよ」
「その割には親身になって考えてるよな。
つまるところ、ハルトはそいつを信じてるってことになる。
なんだかんだ言っても"正しい道"に進んでくれるってな」
「……それは……いえ、その通りですね。
あいつは考えたらずの馬鹿だけど、決して悪人ではないですから。
唯一勇者として立派だと思える"心"は最低限備わっていました。
"剣は魔王をぶった切ることと、弱いやつを護るためにあるんだよ"、なんて覇気を感じる目で断言されたら、そうあってほしいと思えてしまったんですよね」
その心は、まさしく"勇者"そのものだった。
ただ今は技術が追い付かず、精神が勝っていただけにすぎない。
あいつであれば魔王を倒せるかもしれないとも、あいつのような心を持つからこそ魔王を倒せるんだろうなとも思えたからな。
マルガレータさんの言う通りだ。
どんなに心配していても、俺はあいつを信じているんだろう。
俺もあいつも、仲間に恵まれているのは間違いないからな。
きっと俺と同じように、出会った人たちにも良くされているはずだ。
なら、一条もこの世界の人たちに恩義を感じてるだろうし、このまま何もできずに世界を離れることなんて、できるわけもないよな?
……あれから少しは強くなったんだろうか。
そう簡単に実力が付くとも思えないが、アイナさんとレイラが傍にいてくれるなら少しずつは成長してるはずだ。
別れ際に捨て台詞を吐いてたし、再会したら喧嘩になりそうな気もするが……。
「そういうやつは嫌いじゃない。
私もそいつに会ってみたくなった」
嬉しそうに、けれども品定めをしてみたいと思わせる気配を感じさせながら、マルガレータさんは小さく笑っていた。




