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9:時間の単位と命


「時間の単位が60で繰り上がるのを不満に思ったことはない?」

「小っちゃい時にはある、かな? 小学校のときに、算数の問題で文句を言ったのを覚えてます」


 生枝先輩の質問に、俺が答える。

 というか昨日、そのことに関する夢を見た。懐かしい、しかし同時にどうでもいい、幼少の記憶。先輩はそれを、大きな問題のように聞いてきた。


「そうそう、0.1時間は何分とかいう面倒な問題。ウザかったわよねぇ」


 どうでもいい思い出話に花を咲かせる先輩を他所に、電車は駅を離れ、その速度を上げていく。


「んで、それが何だって言うんです? 俺はこの不可思議電車の方が疑問におもいますけどね」

「『メートルやリットルは、100やら1000やらで繰り上がるんだから、時間もそんな風でいい』子どもが考える些末な願い。この夢は、そんな願いの具現よぉ」


 軽く文句を言う俺に、先輩が回答を提示する。想像はしていたが、相変わらず意味が分からない。願いの具現? っていうか、結局夢なのかよ、これ! 


「現象だけ見れば、夢でしょうねぇ。ほらぁ、スポーツ選手のゾーンってあるでしょ? それのダイナミックなやつかなぁ。6時59分59秒から、7時になるまでの一瞬を感覚だけ引き延ばして、40分過ごしたって思える分の夢を見るの」


 まるで、俺の心を読んでいるかのように、先輩が言葉を紡いでいく。


「んでぇ、それだけなら、巻き込まれても、眠った時間が思ったより短かったってだけで済むんだけどねぇ。問題は、場所と時間」


 生枝先輩の話は続く。車窓の景色、夕焼けで全てが真っ赤に染まっている。建物の影が電車の加速に合わせて流れていく。


「場所は駅。時刻は七時前。この時期だと、丁度夕方ねぇ。逢魔が時ともいうかしらぁ」

「……それが、何の意味が?」

「逢魔が時は、この世ならざる者と出会う時。駅とはつまり、移動する場所。これのせいで、夢の内容が、異なる世界に移動するって内容に固定されるの」


 車窓の景色が、建物の影に呑まれる。しかし、どれだけ移動しても影が退き、夕日が現れることはない。


「現実世界では夢って処理されるけど、異世界への接続は本当のものって予想されるはぁ。きちんと、痛覚もあるしぃ、ねっ」

「イダダダダダダ」


 説明すると同時に、生枝先輩は俺の頬をつねる。夢を見ているという自覚はあるのに、痛みは現実のそれよりも鮮烈だ。


「それに、夢での傷も現実に持ち越されるらしいわねぇ」


 言って、先輩は俺の左腕に手を伸ばす。慈しむように手を握ると、もう一方の手で袖を捲らせる。


「こんな風にねぇ」


 先輩の視線の先は俺の左腕、肘の辺り。歪な切り傷がそこにあった。昨日、樹木の怪物の腕が掠ったのと、同じ場所だ。


『まもなく■■■、■■■に停まります。電車が揺れますので、ご注意下さい』

「そろそろ、ねぇ。夢だけど、傷は残る。生命の危険もあるかもしれないわねぇ」


 アナウンスが聞こえると、魔術師が怪しげな口調で、こちらに眼を向ける。


「鬼が出るか蛇が出るか。いやっ、こちらの理解が及ぶ範囲の化け物だったらマシな部類かぁ。一樹の話は、向こうでしてあげる」


 列車が停まり、扉が開く。眼に入ったのは、先の異界とは別の景色。

 森はない。何も動きはない。虫の音も、獣の足音も、生命の音は何も聞こえない。昏く、暗い、洞窟の中。

 新たなる異世界だ。


「異界調査開始。あまり私から離れないでねぇ、死にかけるかもしれないからぁ」


 全く笑えない言葉を、満面の笑みで話す先輩。何だろう怖い。


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