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18:命と雨季④

『宙をキャンパスに、星を絵具に、彩り描くは黄金率 明星の美をここに示せ 咲き誇れ美しき五弁花ティファレトフロス


 詠唱とともに、美が破壊に変わる。いや、美しき破壊が押し寄せる。

 曼荼羅模様の中央に圧縮された極大の魔力が、人間二人を消し去るために放たれた。


 先ほどまでの美しい世界を作り出した力をそのまま破壊に使っているのだ。


 対抗する気力が起きない。対抗しうる術を持たない。

 私の魔力は周囲の環境から自分たちを守ることだけで限界、あんなもの、防ぎようがない。

 そう思った。次の瞬間、


 闇が視界を覆った。


「うおおおおおぉぉぉぉ!!」


 雄叫びを聞いて、樹木が極光を遮ったことに気づく。間違いない。ミコト君だ。


「どうして……」


 不滅の腕で、美しき光に対抗する少年に、私はそう問いかける。

 彼がこの一撃を防ぐ意味なんてないはずだ。


 無限の美に呑まれても、たかだか生命を落とすだけだ。生存が価値にならないこの少年にとって、この足掻きに意味はない。

 意味なんてないはずだ。


「さあな。お前の術を喰らった今でも、死は怖くないし、生命に意味はないと思ってる。でも、必死にもがいてるお前を見て、じっとしてられなくなった」

「…………」


 少年が笑い。樹木が伸びる。

 今の彼に私はどう映っているのだろう? 

 全身を探して、痛まない場所なんてない。こうしてる今も、なけなしの魔力は全身を駆け巡り、苦痛とともに満身を貪っている。

 本当に、滅茶苦茶な状態で足掻いている。

 彼が手を貸してくれるくらいには、


「あなたに借りを作ってばかりね。罪を贖わなきゃいけない相手なのに」

「言ってる場合か! 正面の光は俺が防ぐから、お前は結界を」

「了解っ」


 心地がいい。全身の痛みが吹っ飛ぶほどの高揚が胸の奥から湧いてくる。

 思えば、餓鬼道の時は同行しただけで、協力なんてしてなかった。

 それ以降はすれ違い続け、忘れたり、死のうとしたり、殺そうとしたりで散々だった。

 こうやって、協力して何かをなすのは、初めてだ。

 その認識が、昨日からとれなかった心の泥を晴らしていく。


『仕舞いだな。我が光自体は防いだようだが、光の影響で、周囲の環境が悪化した。これでは、結界も保つのは無理というもの』


 ティファレトの言う通り、光のエネルギーによって、更に高温高圧と化した空気が結界を襲っている。

 どうあっても、魔力が足りない。


「そうね、ティファレト、最初にアナタが言った通り、私はこの世界に来た時点で詰みだった。ミコト君に殺されるか、アナタに潰されるかの二択だった。生き残るのは、どうやっても無理だった」


 力が湧いてくる。

 彼と協力している。その事実が、罪の意識を解かしていく。


「でもね、無理に理を通すのが魔術、人の願いよ。私はね、この身一つじゃ抱えきれない〈願い〉を叶えるために、魔術師になったのよ!」


 この身の全ては償いのために

 この意の全ては贖いのために

 協力の果て、解けていった罪の意識を炉にくべよう

 生存のため、向き合うべき罪の在処に眼を向けよう

 思念は魔力に、魔力は我が手に

 軍荼利明王の魔術に、自らの意地と〈願い〉を上乗せする


 限界を超えた人の咆哮で、無理にか細き理を通す。


「オン・アミリティ・ウンハッタ—結界咒、急急如律令!」


 再びの詠唱、既に展開していた結界に、文字通りの全身全霊を注ぎ込む。


『やけ、それとも意地か? ここにきて殊勝なことだが、あとどれだけ持つかな。時間はまだ、30秒あるぞ』


 誰かの笑い声。最早、耳には入らない。

 30秒という情報だけが、頭の中に入り込む。


「……雨季」


 彼が左手を握ってくれている。折れた腕の先から大した感触が無いけれど、温もりはちゃんと心まで届いている。


 10秒経過。

 左手の温もりが震えだす。ミコト君も、ティファレトの光を防ぐのに必死なんだ。


 15秒経過。

 温もりが遠ざかり、ミコト君が一歩後退る。それより先は、結界の外だ。なんとしても引き下がれない。


 20秒経過。

 ミシミシと、結界が音をたてて軋みだす。ミコト君が押しとどめていた光が漏れだし、結界を掠っていく。


 23秒、24秒、25秒

 ピキピキと結界にヒビが入りだす。本当の限界ももうすぐそこだ。


 26、27、28

 あともう少し、あともう少しなんだ! だからっ! 


 29

「「うをおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」

 二人の雄叫び。文字通り、最後の力を振り絞る。


 3…………



「7時だな。彼らがどうなったか、結果を見るとしよう」


 時計を一瞥し、〈進化〉の魔術師が呟いた。


「目下、この町で起きている最大の怪異だからね、あれは。心配しなくても〈平和〉の一人に監視させているから、すぐに連絡がくるはずさ」


 ブ────、ブ────


 春秋が呟くと同時に、彼の胸元から振動穏が響きだした。


「おっと失礼。噂をすればなんとやらだ。良かったねせいちゃん、二人とも無事らしいよ」


 胸元から取り出した板から顔を上げて、クソ上司が、ワタシに邪悪な笑みを迎える。


「そんなことは気にしていません。あれに関わるのと心底厄介なことにはなりますが、やつの逆鱗に触れない限り、生命の危険自体はありません。問題はどういう心境で帰ってきたのかです」


 反吐が出るような敬語を使って、クソ上司に頭を下げる。

 あの少年が自らの狂気に気づいたとなれば、今までの苦労が全て水の泡になる。

 それだけならまだいい。常人とは違う価値観を背負い生活するのは心底厳しいだろうが、カウンセラーとしてできることはある。

 だが、彼の価値観の下、生を悪に、死を善となすならば、彼は生きたいと願う全ての生命の敵になるだろう。

 そうなれば、待っているのはカウンセラーとしてではなく、始末屋としても仕事だ。


「さあね、今の報告だけじゃ断言はできない。でも、もし彼が殺人鬼となったなら、うちの妹は死んでてもおかしくない。そうなってない以上、君の望み通りになってる可能性も十分にあるね」


 そう言った後に、板に眼を落す春秋。もうこちらに用はなさそうだ。


「あいつらの様子を見てきます」

「りょーかい。始末の決定は上がするから、まだ殺さないでね……んっ? いや、ちょっと待って!」


 退室しようとするワタシに、興味なさげに応えてから春秋の声がはねる。

 久しく聞いていなかった奴の慌てた声だ。


「えっ~と、月石実菜君だっけ? 去年、冬夜兄様の魔術に巻き込まれた一般人で、木村命君の後輩。あれが今日何やってたか、せいちゃん知ってる?」

「ん? あの小僧からは、学校を休んだと聞き及んでいますが……」


 余りに、突飛な質問にキョトンとする。あの少女がどうかしたのだろうか? 


「魔術が関わる事件に何度も関わった重要人物だからね。監視をつけてたんだけど、監視につけた〈平和〉からの連絡が途切れてる」


 そう言って板の表側を見せてくるが、いまいちどこをどう見ればいいのかが分からない。

 だが、ことの重要性だけは理解できた。


 クソ上司すら知りえぬ領域の中で、誰かがまた、あの子供たちに牙を向けている。

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