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15:命と雨季⓵

「美しい光景が見られそうだ」


 6時90分。

 ミコト君たちからの許しを得られた空想の世界の終わり。

 ティファレトの言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が全身を駆け巡った。


 このままじっとしていたらまずい。そんな直感に従い、悪寒の正体を探るよりも早く、ベンチから転げ落ちるように離れた。


「uruz!」


 余りにも唐突な行動で崩れた姿勢を、ルーン魔術で増幅させた力で、無理矢理に起こす。

 金星世界では久しく覚えていなかった警戒心、それを剥き出しにしながら辺りを見渡す。

 ついさっきまで、私が座っていたベンチ、その真上。丁度座っている人の頭がある位置に、樹木の槍が虚空を突き刺していた。


 ベンチに座ったままだったなら、自分の頭蓋は砕け散っていただろう。


 そんな確信の後に、疑問の波が押し寄せる。


 これは、ミコト君の腕が持つ力のはずだ。

 元々、生命の実を食べた生物が住まう異世界の植物のもので、無尽蔵の生命はそのまま無尽蔵のエネルギーとなり、その身体の一部を植え付けられたミコト君の腕は、膨大な質量を生み出す超物質と化した。

 当初は、知性なき怪物の意思に呑まれ、暴走を余儀なくされたが、黄泉の怪物とやらの術により、怪物は黄泉に連れ去られ、残った肉体は、ミコト君が自由に動かせるようになった。


 そう、金星世界に元からあの怪物がいたわけはないし、ミコト君が暴走するわけもない。今、このタイミングで、異形の腕が私に襲い掛かるなどあっていいはずがない。


『ミコト君が自分の意思で、私を殺そうとした』なんておかしな事象の他に現状を説明する推論がない。


 ティファレトが何かの間違いで怪物を呼び出したのかもしれない。

 そんな希望的な観測を胸に、視線を槍の根元の方へ移動させる。


 希望的観測は、やはり希望的観測なのだ。駅に現れた亀裂の向こうに見えたのは、見覚えのある少年の姿。

 樹木の槍は、ミコト君の左腕から伸びて、線路と駅前を隔てる鉄柵を弾き飛ばし、こちらを襲っているようだ。


 ミコト君の視線は、ベンチから横に反れた私へと真っ直ぐに向かっている。

 暴走なんかではないと、そう確信できるほどに強烈で、確かな殺意を孕んでいた。


 こちらが攻撃を避けたことを、ミコト君が確認した直後、樹木の槍が鞭に変わり、駅前の舗装道路を吹き飛ばしながら振るわれる。

 向かう先はまたも、私の頭だ。


「俺の前で死ぬな」と、攻撃を避けるのと同時に、そんな耳鳴りが聞こえてくる。

 金星世界に向かう直前、彼が私に言った言葉。それその人が今、私を殺そうとしているのだ。

 本当に意味が分からない。

 ただ、ここは金星世界。結果が意味不明でも、原因が何なのかは、誰なのかははっきりしている。


「ミコト君に何をしたの、ティファレト?」

『別に何もしてないっスよ~。単純に先輩が美しいと感じているはずのモノを見せただけで』


 困惑の中から零れた言葉に、手元のスマホが回答を提示してきた。

 通話はしていなかったはずだが、実菜の声はスマホの向こうから聞こえてくる。


「それは十分にやってるわね」


 悪態をつきながら、スマホの向こうの魔術師と、亀裂の向こうにいる怪物を見据える。

 吹っ飛んできたアスファルトの破片が、私の皮膚を軽く裂く。

 痛覚が美しくないという判定を受けているのか、皮膚が裂ける感触に痛みが伴わない。

 平和に部活をしていたときならともかく、戦闘においては、そのような認識の遅れは致命的な障害になりかねない。


 そんな理解とともに、感覚が研ぎ澄まされていく。

 相手は守護すべきミコト君本人。

 すべきは敵の排除ではなく、無力化もしくは説得。

 どちらにせよ、ティファレトが何をしたのかを探らなければならない。


「今ある情報は、とりあえずあれよね」


 亀裂の向こう。ミコト君のいる場所の隣に、見覚えのある人、いや、見覚えのある死体が見える。

 〈接続〉の魔術師、丸生枝の死体。


 金星世界の秩序を逸脱した現象が起きてないのなら、ミコト君にとってあの死体は美しいものであるはずだ。


 単純に見た目の美しさを求めるなら、死体である必要はないし、死体を美しいと思うネクロフィリアだったなら、現状で〈接続〉に眼もくれず私を殺そうとしているのはおかしい。


 ならば何故、〈接続〉の死体が現れたのか? 


「死、そのもの。もしくはあの死に方か」


 樹木の鞭の追撃を躱しつつ、推論を組み立てていく。

 根拠はない。そも、この土壇場で明確な根拠など望めるはずもない。


 ミコト君が死を美しいものと捉えているとして、現在の行動を考察する。

 異様なまでの殺気に気を取られていて分からなかったが、ミコト君の視線からはこと、敵意や悪意のようなものは感じない。

 むしろ、慈愛や善意の心をもとに構築された殺意だと考えた方が、納得がいく。


 そこまで考えたところで、鞭から一本の枝が伸びてきた。枝は槍の一突きにも勝る速度と威力でもって私の頭へと向かう。


 そう、頭だ。脳があり、人間の身体の中でも最も重要と呼べる部位。最初の一撃も、今回の突きも、頭を狙ってきた。

 頭蓋ごと脳を壊せる火力がだせるのなら、最も効率的に人を殺せる場所だ。


(目的はあくまで殺し。苦しませずに一撃でって感じか。でも狙いが分かっているなら)


 枝の一突きを躱した直後に、頭を捻る。

 瞬間、直前まで頭があった位置に、新たな枝が伸びてきた。枝から分岐していた小枝が、軽くこめかみを掠る。


 樹木の腕が放つ攻撃の威力は尋常ではないが、幸い銃弾ほどの速度は無い。

 意識を研ぎ澄ませば、見てから回避が間に合う。

 それに加え、頭しか狙ってこないと分かれば、最低限の動きで対処が可能だ。


「Eihwaz,Ehwaz」


 ルーンが示すは防御と動き。防御のルーンは服に、動きのルーンは靴に仕込んでいる。

 これで、アスファルトだのコンクリートだのの破片を無視できるし、攻撃の回避もやりやすくなる。


 とりあえずは、距離を詰めよう。この距離では、説得するにも声が届かないし、彼に銃口を向けるわけにもいかないので、戦えもしない。


 せめて普通に声の届く距離、線路の真上に広がった世界の亀裂の向こう側までは行きたい。


 樹木の怪物が急激に縮み、ミコト君の腕に戻っていく。改めて狙いをつけて、攻撃を繰り出すつもりなのだろう。


 その瞬間が、行動開始の合図だ。

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