8:思い出と命
ガ…………ン、…………トン
夢を見ていた。まだ何も忘れてはいなかったあの日の夢を。
「みっちゃん、あそこ……」
誰かが俺に話しかけてくる。ミコトの一文字目をとって、みっちゃんなんだろう。
話し相手が指差す先、若干ぼやけて見える景色の先には、ブランコを揺らす少女の姿があった。
縮こまっている姿は小学生のように見えるが、服装から察するに、戸門学園の中等部の生徒だろう。
「悲しそうな顔している」
隣の人物がそういうように、少女の頬は涙に濡れている。失恋でもしたのだろうか?
「わたし、行ってくるねっ」
悲しそうにしている人は見過ごせない。同行者は、そんな精神を胸に、ブランコの少女へと駆け寄っていく。
「君、大丈夫?」
「だれっ?」
同行者の声掛けに、ブランコの少女は疑問の声を上げた。話しかけられるのが苦手なのか、少女の身体は震えている。
「みっちゃん、どうしよう? 話しかけたら、怖がらせちゃったよぉ」
「お前、口調がいく姉に似てきたよな」
同行者の質問には答えず、俺は話を逸らす。
初対面の、それも傷心の思春期少女の機嫌をとるなんて、俺にはできない。
「みっ……ちゃん?」
「そ、ミコトだからみっちゃん。女の子みたいでしょ」
俺のあだ名に反応した少女に、同行者が答える。
「……あたしもみっちゃんって呼ばれてたから」
「へぇ~、どうして?」
こちらが心配しているのを察したのか、少女の口数が多くなっていく。
それに対応して、同行者が少女に近寄る。
「あたしの名前が実菜だから」
涙に濡れた顔で、少女は名を明かす。それは後に、オカルト研究部の後輩になる少女だった。
名を明かし、ほんの少しだけ心を開いた実菜に、同行者は手を差し伸べる。
「なんで泣いてたのか、教えてくれる? 心の傷を癒すことはできないけど、痛み止め位にはなるから」
ズカズカと、無遠慮に、しかし優しく、同行者は実菜の心の傷に触れようとする。
「ほら、みっちゃん、いや、それだとややっこしいか。ミコトも、そこでムスっとしてないで、一緒に話そっ」
ガ………トン、………ゴトン
実菜の手をとり、同行者の顔がこちらに向けられる。見知った顔のはずなのに、その顔には靄がかかっていた。見られない。
その人のことを考えようとしても、思考が闇に吸い込まれて消えてしまう。
しかし、夢の中だからだろうか? なぜか、その同行者の名前だけが、するりと思い浮かんでしまった。
ガタンゴトン、ガタンゴトン
「分かった。でも、俺のコミュ力に期待すんなよな、一樹」
それは、存在するはずのない、いく姉の妹の名前だった。
※
『戸門学園、戸門学園、次は、■■■に停まります』
夢から覚めると、駅のアナウンスが聞こえてきた。昨日と同じなら、今も夢の中だから、『夢から』という表現はおかしいが。
つーか、駅のアナウンス。今、次にどこへ停まるって言った? 上手く聞き取れなかったが、同じようなアナウンスを、昨日も聞いた気がする。
しかも、電車内の電光掲示板に何も映ってないし、車窓からは相変わらず、人っ子一人いやしない。
昨日のあれを見た後というのもあるが、いかにも怪しい。
「なるほどねぇ、直で見るのは初めてだけど、随分と面白い場所ねぇ」
警戒する俺の横で、生枝先輩は呑気な声を上げる。
「それじゃあ、行こうか。電車内で、さっきの話の続きをしよう」
言って、魔術師は散歩に行くような足取りで電車の中へと歩んでいく。そこが最悪の悪夢に向かっていると知りながら。
「ちょっ、そっちは……」
「言っとくけど、電車の先で何が起きるかはある程度予想できてるけど、この駅に留まってたら、どうなるか分からないよぉ」
脅しにも似た言葉をかけながら、生枝先輩は俺を電車の中へと引きずり込む。
そして、俺の体が電車内に入ったと同時に扉が閉まった。
「さて、一樹の話の前に、少しだけこの場所について説明した方が良いわよねぇ」
左腕を離し、俺をこの世界へ誘った魔術師は告げる。
「ようこそ、命君。ここは6時60分と7時00分の狭間の世界。これからあなたを、未だ見ぬ異世界へと連れ出すわぁ」
瞬間、真っ黒だった電光掲示板に、オレンジの文字で『異世界行き』と表示された。