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11:オカルト研究部と雨季

「それじゃあ、まず、他人の視線は邪魔っスね」


 実菜の姿をした魔術師が呟いた瞬間、ミコト君の姿が消えた。

 無限に広がる美しい花畑に、ミコト君の姿が吞まれたのだ。


「んなっ」


 戦慄とともに、警戒の視線を少女に向ける。しかし、


「大丈夫、彼には……、いやっ、この場合は俺にはかな。俺には別の場所に移ってもらっただけだから」


 ミコト君がそこにいた。いつもと同じ態度、姿かたちも過剰に美しく感じはするが、本物の彼と寸分も変わっていない。しかし、その言葉だけが、彼が本物ではないことを示していた。


「何のつもり?」

「別に気を使っただけだよ。お前の理想を映したら、お前と俺の濡れ場でしたなんてことになったら、本物の俺もお前も気まず過ぎるだろ?」

「濡れっ……、いや、それ以前に、なんでアナタがミコト君の姿をとっているのよ、ティファレト!?」


 唐突な言葉に驚きつつも、私はそれ以上に気になるティファレトの見た目の変化に言及する。

 ミコト君が消えたことに驚いているうちに、ティファレトの見た目は実菜からミコト君に変わった。

 実菜の特徴的な口調も消えている。


「何でって言われても……、君の価値観がそうしたとしか言いようがないな。さっきは本人が目の前にいたから『君が一番美しいと思う人』の姿じゃなくて、『二番目に美しいと思う人』の姿になった。そうしないと、美しくない混乱を生むからね。でも、本物の俺がいなくなったから、混乱を生む危険が無くなった。それだけの話だ」


「…………は?」


 ティファレトが話し終えてから、数秒の沈黙。それを経ても、無理解の言葉しか発せなかった。

 私が思う一番美しい人がミコト君? それって、それって……


「いや、私たちはそういう関係じゃないから‼」

「それは知ってるけど…… いや、俺がどうのこうの言うより、実際に見てもらった方が早いか」


 ティファレトがそんな風に言った瞬間、美しい花畑がぼやけだした。その靄はそのまま、私の意識ごと、あらゆる美を呑み込んだ。



「起きるっスよ~! ……の時間っス」


 微睡の底から、聞きなれた声が響いてくる。そんな声に引き寄せられる形で、意識が靄の中から引き上げられた。


「あーちゃん、部活始まるっスよ! とまあ、雑談するだけなんスけど」

「みっちゃん??」


 昔の呼び方で、実菜が呼んできた。私も眠い目を擦りながらそれに応える。


 目に映ったのは、見覚えのない景色。壁の横断幕にはオカルト研究部と書かれているが、部屋にはそういった研究の痕跡はない。

 一目で、研究とは名ばかりの緩い集まりだと分かる。


 私はその部屋、つまりはオカルト研究部の部室の机で、突っ伏して寝ていたらしい。


「Sクラスは授業の終わりが早いのかもしれないっスけど、よくこんなところで眠れたっスねwww 風邪ひくっスよ」


 茶化すように、小馬鹿にするように、実菜が私に絡んでくる。言うまでもなく友人としてのそれだ。

 しかし、実菜の姿は、思い出にある中学時代の実菜ではない。私が彼女のことを忘れてから一年経った後、昨日会った実菜のものだ。


「えっと、どうして?」

「おっ、もう二人とも集まってんだな」


 口から当然の疑問が零れるが、それは新たに部屋へ入ってきた人物の声にかき消された。

 聞きなれた声、明らかにミコト君のそれだが、私と実菜が一緒にいることを疑問に思う様子はない。

 彼は平然と私の対面の椅子に座り、実菜がさり気なくその横にくっつく。

 明らかに恋人か、それに近い関係性の人たちの距離だ。

 しかし、この場合は、


「鬱陶しい!!」


 ウザい後輩が嫌がらせをするときの距離というのが適切か。

 月は六月。未だ暑さに慣れない時点での猛暑は、場合によって夏本場よりもつらい。

 そんな暑さの中、無駄にくっつかれるのは一種の地獄ともいえる。


 実菜は今、そんな空間を意図的に作っているのだ。

 ミコト君もそれに気づき、暑さからか、女の子に寄られたことによる気恥ずかしさからか、顔を真っ赤に染めながら実菜から距離をとった。


「あ~先輩いけないんスよ! 女の子が寄り添ってくれてるんスから、もっと喜ばなきゃ」

「……せめて涼しい日にやってくれ」

「そしたら先輩を苦しめられないじゃないっスか~。それじゃああたし、くっつき損っスよ」

「お前──!」

「きゃー、先輩が怒ったwww あーちゃんバリアー」


 後輩のウザさに痺れを切らしたミコト君から離れ、実菜が私の背後へと回り込んでくる。

 どうやら、私を盾にして、ミコト君の怒りをやり過ごす心積もりらしい。


「え~と、ミコト君、みっちゃんも悪気は……あるだろうけど、ちょっとふざけただけだろうし、許してあげてよ」


 状況に乗せられたまま、ミコト君を宥める。実菜に対するこの甘さは明らかに中学の頃の私のものだ。

 そして、この状況になれば次は、


「あれ~? あーちゃん、先輩相手にタメ口っスか? 随分と随分っスね」

「仕方ないでしょ! Sクラスにはそういう上下関係ないんだから!」


 意外にも、いや、案の定、背後で私に守られているはずの女の子が煽ってくる。そんな言葉に私はそれがお約束だとでもいうように、涙目で過剰なリアクションをとる。


 全てが見覚えのない状況。見たはずのない平和。だけど既視感のある日常。

 かつて私と仲が良かった実菜、かつて私が守りたかったミコト君。かつて私が意図せずとも、裏切った二人。そんな二人が、私の隣で幸せそうに笑っている。


 どうしようもなく理想的で、飽くなきほどの美しいその空間には、しかし、ミコト君が助けたいと望んでいる誰かの姿が無かった。



 オカルト研究部という名を持ったはずの集まりは、しかし、オカルトだの魔術だのに触れることは一切なく、雑談をしている内に終わってしまった。

 Sクラスには学年の区分が無いので分かりにくいが、一応は一番先輩であるミコトく……ミコト先輩が部室の戸締りをし、鍵を職員室に返しに行く。


 その間、私と実菜は、校門の前で彼の到着を待っていた。


「んにしても、あーちゃんが部活に入ってくれて良かったっスよ! 生枝先輩が亡くなって人数不足してたっスから、地味に廃部の危機だったんスよ」

「流石に、それはないと思うけど……事情が事情だしね」


 軽く腕を回しながらにこやかに笑う実菜に、私は複雑な顔をしながら返した。


 部活で他愛のない話をした間に、ある程度の状況を呑み込むことができた。


 私とミコト……先輩が電車に乗って金星世界に行くまでの事情はそのままに、それ以降の展開が全て私に都合が良いように回った世界。それがここだ。


 どういった経緯があったかは定かではないが、実菜とは和解しているし、ミコト先輩も呑気に部活に顔を出している辺り、魔術とはもう関わっていないようだ。

 そうなった上で、ミコト先輩と実菜、及び、私の知らないニット帽なる他一名の前に降りかかったのが、オカルト研究部、別称を雑談部の廃部の危機だ。


 今まで気にしたこともなかったが、戸門学園の部活動は、部員が四人以上いることを条件としているらしい。

 今までは、〈接続〉の魔術師こと、丸生枝がいたことで、その条件を満たしていたが、先日の異世界探索で、彼女は自身の生命を材料に、異世界での探索時間を伸ばした。

 結果、イザナミと同一化した魔術師の協力を得、ミコト先輩の暴走を止めるに至ったが、ヨモツヘグイを行った以上、いかな魔術を行使しても現世には戻れない。

 オカルト研究部が、部活としての最低部員数を下回ったという事実は、例え理想の世界であろうと覆らない。


 冷静に考えれば、いや、冷静でなくても、事情が事情だし、廃部は免れそうなものだが、それを先生に確認するより、新たに一人入部してもらった方が早い。

 そこで私に白羽の矢がたったわけだ。


 魔術とは何の関係もない話だが、〈贖罪〉を願う私が、二人の頼みを断るはずもなく、交渉は二つ返事で成立。

 危機を正確に確認する前に脱してしまったので、実菜は本当に廃部の危機があったかどうかなんて知らないし、知る意味もない。


 結果、おそらくは無駄な私への感謝が生まれたのである。

 どうしようもなく都合がいい話だ。


「そりゃあ、まあ、あたしもあの状況で廃部とか突きつけられたら、絶対抗議したと思うっスけど……、結局うやむやになっちゃったんで、あーちゃんに感謝すべきかどうかは半々、箱に入った猫みたいな状態になんスよ。なら、今度は助けてもらえたと思う方が気持ちいいじゃないっスか」

「そのシュレディンガーの猫の解釈は微妙に違うと思うけどね」


 軽やかに伸びをする実菜に、今度は居心地の悪そうな声で応える。

 箱に入った猫の例えは、観測されていない状態の不思議さを意味する点ではいい例えだが、肯定一辺倒になる理論を後押しするためのものではない。


 と、半ば自動的に口を動かすが、私の頭の中では、実菜がその直後に言った言葉がグルグルと回っていた。


『今度は』


 その言葉はそのまま、私の罪を示していた。こんな理想的な世界でも、過去の間違いは正せない。

 全てが美しく見えるこの世界で、その一点だけがトゲになって、苦痛を生み出す。


 私は、つい最近まで彼女のことを忘れていたんだと、『前回は』彼女のことを助けずに、そして、助けなかったことすら気づかなかったんだと、思い知らされる。


「えっと、ああこれ、あたし言っちゃったっスか? タブー触れちゃったっスか? ああ、えっと、ごめんなさいっス」


 私の様子の変化に気づいたんだろう。実菜が素直に頭を下げる。


 うん、中学の時と同じ、優しくてウザい実菜がそこにいた。

 彼女がウザいのは、あくまで周囲を和ませ、自分も楽しむための一つのキャラ付けだ。昨日、私に突きつけた言葉は例外として、基本的に彼女は、他人が本気で嫌がることをしない。

 今の言葉は、本当に意図せず漏れたものなんだろう。中学の時も、軽く私の髪の色をいじって、私が本気で落ち込んだのを見たとき、彼女は本気で慌てて、そして気を紛らわせてくれたことを覚えている。


「まあ、えっと、そうスね……、中学の時は本当に色々あったけど、別に恨んではいないよ。命先輩に出会えたのも、あれがキッカケだし」


 やはり、気を使って励ましにきた。キャラ付けの語尾も綺麗さっぱり消えている。

 というか今、さらりと凄いこと言わなかったか? 


「えっと、あーちゃんが去年、他人のフリして消えてったあと、私、公園で一人泣いてたの。そしたら偶然、命先輩が通りかかってさ、『心の傷を癒すことはできないけど、痛み止め位にはなるから』とか、そんなことを言われて、傷心中のあたしの心にズカズカ入り込んで、ほんとに一時は痛みを忘れられたの」


 楽しそうに、美しい思い出を語るように、実菜が思い出を語る。夕日に照らされているせいか、顔が全体的に赤い。


「それで、それ以降は会わず仕舞いだったんだけど、高校に上がったら、ばったり出会っちゃってさ、そのまま一緒にいたい一心でオカルトなんて興味もないのに、この部活に入った。ほんとに変な話だよね。一年前に一度話しただけなのに、こんなに大切になっちゃうなんて」


 いや、夕日のせいだけではない。ミコト先輩のことを語る実菜の頬が、赤く染まっている。

 それは正しく恋する乙女。言ってしまえば、魔術師と戦場の兵士の次に狂った存在がそこにいた。


「そしていつの間にか、あーちゃんと先輩が仲良くなってるんだもん。あの光景を見た時は気が気じゃなかったね。正直今でも、先輩の近くにあーちゃんがいるのは、気が気じゃないんだけど」


 にこやかに笑いながら、乙女は下駄箱の方を見つめる。恋する少女の視線の先にあるのは当然、好いた少年の姿だ。


「そうだ。話は完全に変わるんすけど、この一年であたし、新しいSNS始めたんスよ! フォローよろっス」

「私がそんなもののアカウントを持っているとでも?」


 彼の前で、乙女の側面を出したくないのか、特徴的な口調を戻しながら、実菜がスマホの画面を私に見せつけてくる。

 一応端末を持ってはいるが、周囲の人間が現代機器に疎い魔術師ばかりの私には、あまりそういったアプリには馴染みがない。当然、今見せられているのも、使ったことのないアプリだ。


「ええ、だったら新しく入れるっスよ!! ツイートするっスよ! 映え映えするっスよ!」

「分かったから、落ち着いて、それ別のアプリだから! 多分、よく知らないけど」


 そうこうしているうちに、足音が近づいてきた。我らが部長の到着だ。


「悪い。待たせた」

「別に大丈夫っスよ! むしろガールズトークのためにも、もっと遅く来てもらっても良かったくらいです」

「丁度良かったわ。使いもしない変なアプリを入れさせられるところだったの」


 ふざけた口調の実菜に被せて、私が辟易とした口調で、ミコト先輩に現状を説明する。


 結局、ミコト先輩ともども、帰りの道すがらそのアプリは入れさせられたのだが、それはもう別の話だ。

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