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7:上下と命

「別に全てを消し去る必要はないんだ。ほとんどのコミュニティでは、人が一人来なくなっただけで、不審に思われたりはしない。孤独死した人間の発見がどれほど遅れるかを考えれば、実感が湧くかな」


 先生の言葉に、ニュースで聞いた情報を捻りだした。死者の発見に90日以上かかるケースがあるとか、そんなことをキャスターが言っていた気がする。


「特に学生に関して言えば、コミュニティは余りに狭い。その交流のほとんどが、学校と家族で完結する。ウチはバイトも禁止だからね」


 ニュースのことを考えていた頭に、そんな言葉が降りかかってきた瞬間、鼓動が速くなるのを感じた。

 家族は親族を含めて数えても、二十人かそこら。学校においても、特別に顔が広い人間以外なら、知り合いは同じクラスのメンバーと隣のクラスの生徒数人、部活の先輩後輩くらいだ。

 個々人によって差はあれど、行方不明になって不審に思いそうな人数は精々百人強。

 それなりの人数だが、人間ひとりの存在を消すという言葉が醸し出す重みと比べれば、余りにも少ない。


「〈断絶〉の魔術師と戦ったのなら、縁切りの魔術は知っているね? 彼の魔術はアマキ君の記憶を消すのに特化してしまっているから、他人には大した効果を及ぼさないが、通常の縁切りを扱う魔術師が十人もいれば、記憶の削除は一日で終わる。シュンシュウ君の下には、それを可能にする人数がいる」

「……昨日、中庭にいた白い影、〈平和〉の魔術師」


 俺の呟きに、先生が意外そうな顔を見せる。「よく知ってるね」と感情を言葉に出す。


 中庭や駅で、戦場の処理をしていた白い影。〈正義〉の魔術師や春秋が、〈平和〉と呼んでいた連中だ。

 昨日の会話を聞く限り、〈平和〉の魔術師とやらは、春秋の参加にいる魔術師で、しかも一人ではない。


「〈平和〉の魔術師。まあ、世界平和なんて願いはよくある願いだけど、それゆえに、そう名乗る魔術師の数も多い。

 私も正確な人数を把握している訳じゃないが、シュンシュウ君の傘下にいる者だけでも、二十人は下らない。彼らには、戸門の悪逆が、〈平和〉のための礎に見えるらしい」


 実際、その理解は間違いではないのだろう。昨日の話では、魔術の秘匿において、あいつは代用の効かない影響を持っているらしい。

 そう、あいつが平和を守っているのは確かだ。だから〈正義〉の魔術師も、平時からあいつのことを「クソ上司」と呼びつつも、「上司」として認めているのだ。

 その平和がどんなに性格の悪い所業でも……


「〈平和〉の魔術師たちは、決して強くはないが、こと魔術の痕跡を消すという意味ではその限りではない。物品修復や記憶抹消が彼らの仕事。シュンシュウ君は彼らの指揮をしながら、役所や警察の内部に入り込んで隠ぺいを行う。

 まあ、彼らの手口はこんな感じなんだけど、君にとって重要なのは、記憶の抹消は〈平和〉の魔術師が人間一人ひとりに対し魔術を行使しているという点だ。

 事の露見を防ぐなら、全ての対象の記憶を迅速に消し去る必要があるね~。個人を対象とした魔術なら、一人くらいの漏れは出てくるかもしれない。例えば、行方不明になった人の姉とかね」


 最後の「例えば」が全てを示していた。言葉にはしていなかったが、ずっと疑問に思っていたことの答えがそれだ。


 なぜ、俺や実の親すら覚えていなかった一樹のことを、生枝先輩だけは覚えていたのか? 


「彼の真意は分からないが、何らかの意図があったのだろう。シュンシュウ君はイクエ君の記憶を消さなかった。タイムカプセルの写真や、防犯カメラの映像、彼女が違和感を持ち、魔術師になるのに十分な情報を残したんだ。

 繰り返すが、彼女に魔術を教えたのは私だ。しかしそれ以前に、彼女を魔術に近づけたのは、間違いなくシュンシュウ君なんだよ」


 それが、先生の言った悪辣、その正体。

 例え一人だけ一樹のことを覚えていたとしても、魔術の秘匿という意味では問題ない。

 少し前の俺もそうだったが、生枝先輩がたった一人で一樹の存在を主張しても、誰も信じようとはしないから。


 だから春秋は、秘匿を危険に晒すことなく、一人の少女を狂わせた。

 そして少女は、一年間の忘却という罪悪感で俺を縛り、魔術の道へと導いた。

 それから、俺の周囲では、春秋に関する事件が増えた。


「彼が戯れに他人を惑わすのはいつものことだが、君の、いやっ、イツキ君の周囲に対する干渉は度が過ぎている。何か企んでいるかもしれないね」


 今までにない鋭い声音が木霊した。今の会話で俺に伝えたかったことは、これなのだろう。


 要は、「戸門春秋に気をつけろ」ということだ。


「さて、そろそろ一年の教室につくね。どう見てもALTの先生が、流暢に日本語を話してるのは目立つし、そろそろお暇しようかな」


 魔術師の忠告を胸に刻んでいると、金髪の魔術師が唐突に口を動かした。


「では、去り際に一つアドバイスといこうか。少々曖昧な言い方にはなるが、そこは生徒の解釈に期待しよう。『下ではなく、上を目指すといい』」


 意味不明な言葉とともに、魔術師が去っていく。

 目立つと言ったくせに、金髪や杖といった特徴は、廊下の空気の中に溶け込んでいる。


「あっ、雑談部の……」


 魔術師の姿を目で追っていると、唐突に後ろから声をかけられた。

 見ると、一年生の女の子が俺の前に佇んでいた。

 たしか、オカルト研究部の仮入部に、実菜と一緒に来ていた子だ。同じクラスの友達らしい。


「一応、正式名称は違うんだけど……まあいいや、実菜はいるか? ちょっと話があるんだけど」


 そう言いながら、最近、魔術関連の連中や実菜としか話していなかったことに気づく。

 なんやかんや部活もサボっているから、ニット帽とも先週の金曜以降話してない。

 意味のない気まずさを感じていると、目の前の女の子はなぜか、自分と同じような顔をしていた。


「……あっ、あの月石さん、今日はお休みです。連絡もつかないらしいです」


 先ほどまで、〈進化〉の魔術師と、行方不明が何の、春秋が引き起こす俺の周囲がどうのという話をしていたからだろうか。

 連絡のつかない欠席。たったそれだけの情報が、俺の心を乱していった。

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