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4:ナイフと命

「新たな自傷は、リストカットのみ。生命に関わる大ケガを起こさなかっただけ成長か」

「……」


 雨季を部屋に引き込みつつ、〈正義〉の魔術師は彼女の傷をチェックする。

 その左手がそのまま雨季の懐に入り込み、


「凶器はナイフ。他にも色々携帯しているな。この黒い筒や玉も危険なやつだよな。あと、炎を生成できるお札が十枚以上。カバンにはそれ以上の武装があるな」


 雨季の装備を一つひとつ取り上げていく。色んな種類の銃や手榴弾、武器になるお札。それ以外にも数々の凶器が机の上に置かれていく。


 間違っても自傷の危険がある人間に持たせていい品ではない。っというか、大半が日本では所持すら禁じられているやつだ。


「とりあえずこれで全部か。これ、銃とかいう兵器だよな? 刃もないし、鈍器としても性能悪そうだが使えんのか?」

「〈正義〉様、未だに銃に対してそんな理解なんですか?」


 黒い筒を見つめながら頭を傾げる鬼面の魔術師に、雨季が呆れた声をだす。

 そういえば、〈正義〉の魔術師と会ったのは、雨季の記憶が消えた後だったから、この二人が一緒に話しているところを見た記憶がない。


「ん、銃? ああ、思い出した。魔王の化身を自称していたやつが使ってた弓だな。へぇ、随分と小型化したんだなぁ」


 魔王の化身って、もしかして織田信長か? いや、なんとなく聞いてたけど、ほんとにこいつ千年生きてんのか? 


 俺がそこに突っかかったが、雨季は別のところに反応した。

 魔術師の語尾に肩を震わせたのだ。

 どこかの誰かに似た甘ったるい口調の語尾に。


 雨季の反応を見逃さず、魔術師は鬼面の下から雨季を睨む。


「なるほど、記憶を失う前の貴様が異世界で何を見たのかは軽く疑問だったが、今ので納得がいった。貴様、〈接続〉と……」

「言わないでください!」


 合点がいったと笑う魔術師に、雨季は語気を強めて言葉を遮った。

 記憶を取り戻してから、薄弱としていた雨季の意識が垣間見えている。


「あんなこと、ミコト君は知らなくていいこと、知らない方がいいことです! 幼馴染を助けていずれは元の生活に戻る彼に、あんな情報は要らないんです! だからっ」

「だから、一人で異世界に行った、か? そんで、勝手に昏睡して、一番貴様が必要な場面には居合わせなかったのは間抜けだが、その精神だけは正しいな……精神だけは」


 叫びを遮られながら綴られた言葉に、今度は雨季が戸惑った。

 自分がいない間に何が起こったのか、疑問に思っているようだ。


「お、おい、そんな風に言わなくても……」

「悪いな。一般生徒や、魔術に触れただけの素人には手を差し伸べるが、こいつに対してそれは無理だ。

 もともと狂っている方が正常な家系の人間。それに、もう魔術使いというにはこいつは狂いすぎている。なあ、そうだろ、〈贖罪〉の」


 震えだした雨季の様子を見て、俺が止めに入るが、魔術師は言葉を休めない。


 いや、彼女を魔術師と言うのは適切ではない。先ほどまでならともかく、もうここには魔術師と呼ばれる人物は二人いる。

 鬼面の魔術師は今、そう言ったのだ。


「昨日説明した気もするが、〈断絶〉のやつがこいつの記憶を消した時は、決まってこいつが魔術師になりかけていた時だ。いやっ、全部の事象で間に合ったとも考えにくいし、魔術師になった後で、その記憶ごと消されたって事例もあるだろうな」


 〈正義〉の言葉が、俺や雨季に現実を突きつける。

 正義や悪というのは、時によってその在り方を変えるが、「現実逃避」という事象も悪と言えば悪だ。

 〈正義〉に憧れ、〈正義〉に狂った魔術師は、その悪を許さない。だから、もう一度突きつける。


「よく聞け、〈贖罪〉の魔術師。貴様が忘れている間に、この男は樹木の怪物の力を暴走させて、殺されかけたぞ。ワタシに、〈断絶〉に、戸門家に。そして異世界で死に目にあって、暴走を止めて今に至る」


 突きつけられた現実に、雨季の瞳孔が開く。縋るような視線がこちらに向けられてきた。


(こんなの〈正義〉の魔術師の出鱈目だ。俺は大丈夫だ)


 そんな気休めのウソは、喉がひりついてでてこない。〈正義〉の狂気にあてられて、言葉が口から零れない。


 たまらずに目を背ける。その行為自体が、どうしようもないほどに、〈正義〉の言葉を肯定していた。


「ワタシもまともな人間たちの暮らしを良く知るわけじゃないが、貴様にだって分かるだろう? そこは人殺しが簡単に過ごせるような世界じゃない」

「人、殺し? それは、どういう?」


 これ以上言わせてはいけない。これ以上の真実は、ただでさえズタボロな雨季の心を壊してしまう。


「貴様、自らの兄に切られて記憶を失っていたことを思い出したのだろう? なら想像を働かせろ。貴様の記憶が戻った理由はなんだ? どうして、〈断絶〉の術が解けた?」

「……っ! まさか」


 雨季の目が今度はしっかりと俺に向けられる。また、否定できない。ウソをつけない。現実から、逃げられない。


 改めて言うが、雨季は、俺が魔術と関わるようになったのを自分の責任だと感じていた。

 だから、その贖罪のために、俺に協力し、一樹の捜索に思考を巡らせてくれていた。


 そんな雨季にとって、俺が魔術に触れたせいで受けた痛みや、心の傷は、全て自分が原因と思えるのだろう。


 そうして、俺を人殺しにしてしまった責任さえ、自分のものだと考えてしまうのだ。


「ごめんなさい」


 そう呟いた雨季の手は、机に置かれたナイフに伸びていた。


「させるかっ!」


 咄嗟に反応して、俺の手が机ごと、ナイフを雨季から遠ざける。


「えっ?」

「一人の少年を、あそこまで変貌させてしまった罪。それを、いやっ、それを含めた貴様の罪悪の全てを償うのが、貴様の狂気か。ワタシが言うのも何だが、随分と壮大な〈願い〉を抱いたな」


 俺の手が机に伸びていた。しかし、もともと机との距離は雨季の方が近かった。普通に手を伸ばしても、雨季より先にナイフをとることなんてできない。


 だから、文字通り手を伸ばした。左ひじから伸びた、植物のツタの形状をとった俺の手を。

 雨季にとっては、現実世界で初めて見ることになる異世界の怪腕を。


「どうしようもなく大きい罪だ。果たして、貴様のちっぽけな生命一つで贖えるかな?」


 雨季の膝が、床に落ちた。


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