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1:さいかいと命

大変長らくお待たせしました。ただいまより再開します



 この世全ての人にとって、未知とは最大の恐怖である。


 かつて人は、その未知を穏と呼び、そして鬼という形を与えて相争った。


 探究者は、未知を探究し、踏み荒らし、踏みならし、既知へと変えることで恐怖に立ち向かった。


 そう、未知は、既知に塗り替えた瞬間に、恐怖としての在り方を損なう。

 例えそれが、■であったとしても、


 彼はこの数日で、■を知った。■■を見て、■■■■を見て、そして、〈断絶〉の魔術師を■■■。


 ■■■いる限り未知であるはずの■を、彼は知ってしまった。


 彼は、■の苦しみを知らない。■■に触れ、全身を裂かれるほどの苦しみを受けてなお、彼は底を知らない。


 魔術師ではない彼にとって、狂気的なまでの■の苦しみは、圧倒的な未知の恐怖となって彼を襲うだろう。


 彼がその未知を探究し、■に向き合うなら良し。

 しかし、彼がその未知に目を反らし、既知に、■に魅入られたとき、彼は、



 ■■■■と願う全ての生命の■となるだろう。

 そんな彼が、命の名を持っているのは、どうしようもない皮肉だが……



「……」

「起きたか?」


 目を開けると、慈しむように顔に伸ばされた腕が目の前にあった。

 その先には、長い前髪を持った隻腕の女性、〈正義〉の魔術師だ。仮面を外しているから、戸門学園のカウンセラー、都香里と言った方が正確か。


「貴様が寝ている間に定時を過ぎた。時間外労働だ。残業だ! ワタシがクソ上司の次に嫌うものだ! 分かったらさっさと立て!」


 相変わらずのカウンセラーらしからぬ口調。そのまま、寝込んでいた俺の身体を叩く。上からではなく下から。

 さっきまで枕として機能していたナニカが、乱暴な目覚ましとなって俺の頭を蹴っている。


 逃げるように、上半身を持ち上げる。強烈な痛みが残る後頭部をさすりながら振り向くと、香里が正座していた。


 位置を照らし合わせると、さっきまで俺の頭は、カウンセラーの膝の上にあったことになる。


「えっと、……これって?」

「貴様の傷の様子を見て、病院に連れてきた。ただ、道中で貴様の傷が全て塞がってしまったのでな、病院に叩きこむわけにもいかず、ここで起きるのを待っていた」


 困惑する俺に、香里は想定外の回答を返す。

 時計を見ると、短針は8を通り過ぎ、長針は6に近づいていた。

 完全に残業の時間帯だ。


「貴様らの傷跡や、寝てる間に貴様がうわ言のように話したことから、事態は把握している。詳細は後できちんと話してもらうが、今は生存を喜んでおけ」

「……そうだな」


 覚醒直後の混乱も冷め、現状が俺の頭に雪崩れ込んでくる。


 異世界、黄泉で処刑されるはずだった俺は、樹木の異世界に迷い込んだ。そして、イザナミを名乗る黒い死によって、樹木の怪物は一掃され、俺の左腕に宿った怪物も、俺の意識下で動かせるようになった。


 そのまま〈断絶〉の魔術師、戸門冬夜との戦闘となり、そして、


「あいつは、冬夜はどうなった?」

「死んだよ。胸に風穴を開けられたんだ。貴様や〈笑顔〉みたいな規格外以外は即死だろうさ」


 当たり前とも言える事実を突きつけられた。


「遺体は〈平和〉が回収し、処理した。血液も綺麗に消し去ったし、あの駅で魔術の痕跡になるものは残っちゃいない」


 例によって、防犯カメラの映像以外だろうが。まあ、事故も起きていないんだし、そうそう確認されないだろう。


「あいつが死んだんなら、雨季の記憶はどうなるんだ? 俺たちのこと、思い出してくれるのか?」

「ふむ、どうだろうな? 私は〈断絶〉の魔術について詳しくはないからな。術者の死により術が解けるケースもあれば、解けないケースもある。本人と会わない限りは何とも言えんな」


 俺の質問に、香里は、言葉を濁した。分からないのは本当だろうが、それ以上の影が顔にかかっている。


 まあいい。カウンセラー、〈正義〉の魔術師が何を隠しているにせよ、答えはもう、すぐそこにある。


「じゃあ、雨季に会いたい。隠形印を使って、また病室に入らないとな。香里先生、お願いします」

「息をするように残業を押し付けるな。あと、その必要はないぞ。もうあの病院に、あいつはいない」


 行動を開始しようとした俺の一歩目が、方向を見失う。


 雨季が病院にいない? 有り得ない。昨日、病室で見た包帯の量は、一日二日で外れるような分量じゃない。


「……なんで?」

「ワタシに吹き飛ばされた身体を片っ端から修復した奴のセリフではないな。いきなり魔術師の世界に身を投じてしまった貴様には分からないかもしれないが、あの程度の負傷、魔術師には日常茶飯事だ。一日もすれば直る位には、治癒の魔術も進んでいる」


 当たり前のことを言うように、いやっ、当たり前のことを言って、香里が俺の疑問を切り捨てる。


「それじゃあ、どこに?」

「知るか! 知るわけがないだろう、と言いたいところだが、残念ながら居場所を知っているな、ワタシは」


 俺の質問に語気を荒げた香里が、その言葉を引っ込める。「残念ながら」の部分から、本当に嫌そうな気配を感じる。

 しかし、そんなことを気にしている場合じゃない。


「どこにいるんだ!? 教えてくれ!」

「勘の鈍いやつだな! それともバカか? ああ、バカだったな。居場所を知らなかったのが、いきなり知っているに変わったんだ。視界に捉えた以外に何がある?」


 俺をバカにしながら、〈正義〉の魔術師は胸元から鬼の面をとりだす。

 その言葉が終わらないうちに、俺は振り向き、そこに広がる光景に目を向けた。


 道路はさんで、反対側にある廃ビル。その入り口から、三本の白メッシュが特徴的な少女の姿が見えた。


 間違いない。最初に行った異世界で、いやっ、それ以外にも多くの場所で俺を助けてくれた魔術使い、戸門雨季だ。


「雨季‼」


 叫んで、道路の向こうへ駆け出す。信号は赤く、俺に立ち止まるよう求めてくるが、道行く車もいないし、無視して渡ってもいいだろう。


 目立つ白線を三本ほどまたぎながら走り、反対側の歩道に辿り着く。

 もう、雨季の姿は、目の前にある。


「……雨季」

「……ミ……コト君」


 未だに忘れられているかもしれない。そんな恐怖は、たどたどしくも紡がれた言葉によって消し飛ばされた。


 呼んでくれた。『あなた』ではなく『ミコト君』と。俺の名前を呼んでくれた。

 俺の記憶が無ければ、その呼び方はでてこない。


「よかった」


 安堵とともに、一歩進んで手を握る。

 昨日病院では遠かった温もりが、今はすぐ近くに感じられる。

 そして、


 ズサッ、ズサッ


 音と同時に、手の中から温もりから遠ざかっていく。

 眼前の少女が音をたてて膝を折った。足に力が入っていないのだ。


 足の力が入っていない以外にも、おかしな点が見える。苦しそうな表情。袖口や襟元から覗かれる肌色は、青く腫れた痣に覆われている。

 もう一つ、彼女がさっきまで通っていた道、廃ビルの入り口から、ここに至るまでの数メートル、そこが所々赤に彩られていた。


「……っ」

「……あっ、あ」


 倒れそうになった雨季を、抱きかかえる形で支える。

 だが、その視線は俺の方を向いていない。


 ある意味、恐怖で穢れたその目は、俺の後方を見ていた。

 そう、さっき、何かが地面に落ちた音は、二回していた。


「せん……ぱいっ」

「……っ、最悪だ」


 後ろから、聞き覚えのある誰かの声。全体の様子を見て、カウンセラーが呟く。

 すでに日は落ちていて、夜の帳は、視界から細かい情報を奪っている。

 雨季の痣も、苦しそうな表情も、背後に連なる血痕も、背後からは見えない。


 俺が少女の手をとり、抱きしめたようにしか見えない。


「……みっちゃん」

「戸門雨季っ」


 振り返る。もう、その必要すらないが、それでも首が動いた。

 見慣れた顔。聞きなれた声。最近になって、ウザいという概念からは少し離れていった後輩がそこにいた。


「実菜っ」

「先輩っ! あたし言いましたよね? そいつは、雨季はどうゆう人間かって」


 今朝、一緒に登校した時のことを思い出す。

 実菜にとって雨季は、中学の頃の『元』親友。イジメから逃れるために、実菜を売った人でなし。そういう理解だ。


 〈断絶〉の魔術師によって、実菜のことを忘れさせられていた。そんな原因は知らないし、知らせるわけにもいかない。


「あっ、あの、みっちゃ」

「そいつは都合の悪いことがあったら、全部無かったことにして、少し心に留めないクズなんです! 自分だけズルして楽な道を選んで、関わった人間には、どうしようもない重荷を背負わせる地雷女なんです! だからっ」

「月石さん! ストップ!」

「へっ? あなた、カウンセラーの……」


 堰を切ったように悪口を零す実菜を、〈正義〉の魔術師が、いやっカウンセラー、都香里が止める。

 しかし、それも、


「……つ、月石……さん」


 俺の腕の中で、魔術使いの瞳が蠢く。俺、実菜、そして、ここにはいない誰かへと、視線を向ける。


 そして、


「ごめんなさい」


 トン


 軽い衝撃。謝罪の言葉と同時に、雨季が俺を押し退けたのだ。

 まったく予想していなかった衝撃に、軽く尻もちをつく。


 すぐに雨季の方を見ると、銀色がきらめいた。

 瞬間、赤が噴き出す。


 雨季が胸元からナイフを取り出し、自身の首筋にあてたのだ。


「キャアアアアアアア」

「クソがっ」


 実菜が悲鳴をあげ、香里が悪態をつく。

 反応はさらに続く。

 廃ビルの入り口。見覚えのある、しかし、接点がないはずの二人がそこに立っていた。


「違う、違うんだ。クク、俺じゃない!」

「はは、これは予想外、でも、面白くなってきた」


 その二人、俺の兄が頭を抱え、春秋は笑顔を浮かべた。










 繰り返す。

 実菜は悲鳴をあげ、香里は悪態をつき、兄は頭を抱え、春秋は笑顔を浮かべた。




 その間、俺は何もしなかった。

ここに再会は果たされた

今後は週一日曜更新でやろうと思います

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