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20:冬夜と生枝と命

「貴様がその名を、口にするな!」


 直度、空気が変わる。自分が記憶を消したくせに、冬夜の目には、明らかな敵意と悪意がある。


「オン・バザラ・ヤキシャ」


 お経のようなリズム。それが、魔術の詠唱だと気づいた時には、もう遅かった。


「ウン」


 刀の印が黄金色に発光し、周囲に雷電がほとばしる。

 とっさに後退し、両者の距離がさらに、開く。


 きっとそれが、魔術師の狙いだった。


「さむしろに 衣かたしき 今宵もや」


 俺が飛び退いたのを確認して、冬夜がさらに口を開く。

 和歌のリズム。おそらくは、何かの魔術の詠唱だ。


「汝祀らむ 宇治の橋姫」


 すぐに危険を判断し、魔術師の口を塞ごうと地を蹴る。しかし、俺たちの距離と、冬夜の周囲に未だ渦巻く雷電が、俺の攻撃を阻む。


「うっ」

「橋姫神社が祭神に乞い願う 分かち給え、離し給えと 急急如律―」


 俺が雷撃に呻いた瞬間、詠唱が終わり、刃が振るわれる。

 そして、


「あれ? 俺は何を?」


 自分の行いがよく分からなくなった。たしか、俺は雨季の病院に行って、それで……


 思い出せない。周りは森。最初に行った異世界と酷似している。

 しかし、どうしてここに来たのか。ここで何をしていたのか。全く思い出せない。


 森は動かない。しかし、俺の左腕が、植物の腕に覆われている。餓鬼道の時と違い、暴走はしていない。意思で動く。

 一体、なん———


「縁切りによる忘却の魔術。どうだったかね?」


 困惑に困惑を重ねていた俺の身体を、電流が突き抜けた。さらに、鳩尾に衝撃。

 意識が飛びそうになるが、舌を噛んで無理矢理に耐える。


 目の前には見知らぬ男、頭の真ん中に白メッシュがあるあたり、雨季の親戚だろうか? 


「なっ、にが??」

「妹にも施した、記憶を断ち切る魔術だ。彼女を相手にするのに特化しているから、他人には一瞬しか効果がないがね」


 直後、記憶の海から波が押し寄せる。


 そうだ。こいつは戸門冬夜。雨季から、俺や実菜の記憶を奪った俺の敵。


「——っ」


 敵を認識しなおした直後、痛みが俺を襲った。

 雷をまとい加速した刃が、俺の胸に赤線を穿った。傷は根がすぐに塞いだが、身体を突き抜けた激痛は、確かに残っている。


 さらに回し蹴りが頭を直撃し、上下の感覚が吹き飛ぶ。急いで地面を認識するが、その感覚は、足以外にも、右手にもあった。


 腕をついて、倒れている。刀を持った敵のすぐ目の前で、


「終わりだ。貴様の意識が吹き飛ぶまで、貴様を痛め続けよう」


 言って、冬夜が刀を構える。今までの戦闘で真っ赤に染まったそれは、まるで俺の死を表しているようで。


「はぁ!」

「うわあああぁぁぁ」


 冬夜の気合と、俺の悲鳴が重なる。怪物をまとった左腕を突き出すが、意味はない。


 倒れた状態で突き出されたそれは、単調な動きで冬夜の胸へ向かう。

 案の定、刀が軽く振るわれて、俺の最期の一撃をはじく。そのまま、魔術師の凶刃は、俺の首元に向かい、


「縁結び、心臓」


 痛覚が反応する前に、声が響いた。はじかれたはずの左腕が、糸に引っ張られたかのように上へ吸い寄せられる。そして、


 赤が舞った。


 俺の首筋から、大量の血液が噴き出した。しかし、舞い上がった赤の量は、それだけでは足りない。


「何をした、〈接続〉!?」

「逆に聞くけどぉ、命君のピンチに私が何もしないとでもぉ?」


 俺の左腕の先、植物の怪物の掌が、消えている。いやっ、正確には、冬夜の胸に埋まっている。

 彼の心臓を貫いている。


「ぐふっ」


 俺の知覚と同時に、魔術師が血反吐を吐きながら倒れこむ。流れ出ている赤は、俺の比ではない。

 明らかに、致命傷だ。


「あぐっ、くそっ」

「残念だけど、この異世界の中じゃ、あなたも死ねないらしいわねぇ。でも、その傷が治ることはない。現実に戻った瞬間、終わりよぉ」


 倒れた冬夜の後ろから、声が響く。特徴的な甘ったるい声。しかし、彼女は


「いく姉、なんで?」

「うんうん。本日初のいく姉いただきましたぁ。分かるよぉ。死んだはずの私に会えて困惑してるのよねぇ? 

 きちんと説明する時間もないから簡単に片づけるけど……、私ぃ、命君と一樹のことが心配で、化けて出てきちゃいましたぁ」


 呆然とする俺に、いく姉、生枝先輩は言葉を重ねる。


「魔術師、とくに若い時から魔術に関わってる人全般に共通する欠点なんだけどぉ、彼、視野が狭いのよ。ひとつのことに狂気的なまでに執着するよう教育された影響ねぇ」


 瀕死の冬夜を指差し、生枝先輩が笑う。

 どうやら、冬夜が俺に集中しているすきに、不意打ちを決めたらしい。


「やばっ、本格的に時間がないわねぇ。これ、受け取って!」


 冬夜の身体から時計を取り出し、時間を確認すると、生枝先輩はあせった顔をしながら、俺に何かを渡してくる。


 黒い勾玉の首飾りだ。


「私より先にあなたが一樹を見つけたら、この首飾りをかけてあげて。魔術であなたと濃密な縁を結んであるから、これをかけた人は、あなたとともに現世へ戻れるようになるわぁ」


 どうやら、一樹を助けるための道具らしい。でも、


「なんで勾玉?」

「さっき、ここの怪物を全員倒しちゃった人いるでしょ?」


 俺の質問に、生枝先輩は関係のなさそうなことを口に出した。

 そういえば、あの時に聞こえた「縁結び」から始まる声は、生枝先輩のものだ。

 イザナミと呼ばれた黒い死と、先輩の間には何か関係があるのだろうか? 


「あれと交わした契約でね。私の黄泉での自由を保障して、命君に宿った怪物の魂を奪ってもらう対価に、その勾玉を現世に持っていくよう言われたのぉ」


 ガタン……ン、ガ……ゴトン


 説明がなされた直後、どこかから電車の音が聞こえてくる。

 現実に戻る時だ。


「終わりね。ヨモツヘグイをした私じゃ、現実世界には戻れない。ここでお別れよぉ」


 ガタンゴトン、ガタンゴトン


 瀕死の冬夜を遠ざけ、生枝先輩が俺の首に手を回す。

 その腕が、ほんの少しだけ震えている。


「私の〈願い〉に付き合ってくれてありがとう。巻き込んで、ごめんねぇ」


 言われた直後、俺の意識は遠い世界の彼方へと溶けていった。


ガタンゴトン、ガタンゴト、プツッ


瞬間、耳に響いていた電車の音が途絶えた。まるで、音そのものが何かに切られたかのように、断絶されたかのように止まっている。


「何が?」

「……噓でしょぅ」


「逃がさない」


呆然としている俺、唖然としている生枝先輩。その横で、何かが立ち上がった。

すでに心臓は吹っ飛んでいる。起き上がれるはずがない。

そんな常識的で、希望的な観測はもう、何の意味もなさない。


「まさか、現実との縁を切ったの!? まさか、そんなことをしたらっ」

「『誰も帰れなくなる』なんてつまらない批判はやめろよ。どうせ戻ったって死ぬだけなんだ。最期に貴様らを道連れにしようとするのは、当然の行動だろう?」



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