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18:命と冬夜

「やってくれたな、〈接続〉の!」

「黄泉から、あんな化け物まで出向いてくるなんて、予想外だったかしらぁ」


 〈接続〉の魔術師と戦う手を止め、私、戸門冬夜は、その怪物の顕現に慄いた。


 ヨモツイクサに、セフィロアダムと呼ばれたこの世界の樹木の怪物。

 どちらも、縁切りによる防御手段がなければ、かなりきつかった。

 樹木の怪物に関しては、木村命を襲った症状と、〈進化〉の魔術師の言葉が無ければ、縁切りの魔術を持てしてもやられていただろう。


 そう、どちらも真正の怪物だが、先ほど現れたものは、格が違う。

 あれが現れた瞬間、遠く離れたこの場所にも死臭が漂い、森が攻め入った。

 〈接続〉は何もしていない。あの知性の薄い怪物たちが、それでもあれを、危険と認識したのだ。

 それがどれほどおかしいのかを、私はもう、よく知っている。


「黄泉の女神、イザナミノミコト。正確には、それを原型にした魔術師らしいけど、その力は最早、神のそれと同等ねぇ」


 唖然とする私に、甘ったるい声が降りかかる。私を出し抜き、死のない世界に死を引き寄せた張本人、丸生枝が嘲りの表情を向けていた。


「私が言うのもなんだけど、あれは規格外の魔術師よぉ。化け物の巣くう黄泉において、自己を完全に保ってる」

「それは君も同じじゃないのか?」

「まさか。私は死にたてほやほやだからぁ、何とか自己を保ててるだけ。千年以上も黄泉にあって、自分を保ち続けてるのは、彼女だけよぉ」


 丸生枝の言葉に、私はまた戦慄する。死してなお、その在り方を損なわない。『完全』に自分を保っている。


 時間による制限は意味をなさず、死後の世界で永遠に存在し続ける。

 それでは、まるで……


 ドッゴ──ーン


 恐怖に染まりあがる私の思考は、先ほどまでイザナミがいた場所から発せられた。

 動かなくなった森をナニカが走り抜けている。


「……まさか」

「ふふっ、魂に関する魔術は正直よく分からないけど、イザナミは、彼の左腕に宿ったものを含む、この世界の全ての怪物の魂を奪っていったわ

 勝手に動かしていた者の魂が消えた以上、あの樹木の巨腕はもう、彼の身体の一部かしらねぇ」


 森を走るナニカの正体に思い至る。ナニカは迷うことなく、こちらに向かってきている。


「今度は何をした、〈接続〉!?」

「別に何もしてないわぁ。私と彼は幼馴染っていう、あなたにも切れなかった縁が結ばれているだけだから」


 先ほどまで見えていなかった赤色が、丸生枝とナニカを繋ぐ。

 やろうと思えば、その縁は切れただろう。妹と彼女の幼馴染の縁を切ったことだってある。


 しかし、切れなかった。切ろうとしなかった。丸生枝が私と戦いながらもイザナミをこの地に呼ぶために使った縁。

 私はそれを巧みに隠した〈接続〉の策略に、まんまと乗せられたのだ。


「彼にとってあなたは、雨季さんの記憶を奪った悪党っていう認識よねぇ? なら、彼は———」


 ナニカが私の下に到着する。昼間にも見た樹木の巨腕。しかし、暴れだす気配はない。

 宿主の男に従い、その巨大な拳を、きちんと、意思通りに、私へと向けている。


「あなたを許さず、手に入れた力を使って、自分を助けてくれた女の子の記憶を取り戻そうするんじゃないかしらぁ。

 だって命君は、自分を殺しかけた幼馴染の願いも聞いちゃうお人好しだからねぇ」


 縁切りの刃を振るう余裕もなく、拳が私の身体を吹き飛ばす。

 背後の樹木に衝突するが、怪物の根を、身体に埋め込まれた様子はない。どうやら、怪物の魂が消えたせいで、寄生の攻撃はできなくなったらしい。


 それでも、その膂力は人間のそれではない。和歌の術を発動した〈正義〉の魔術師といい勝負だ。


 刀を杖にしながら立ち上がり、前を見ると、怒りに目を見開いた少年の姿があった。


 ……ああ、作戦変更だ。


 彼の意思で樹木の巨腕を動かせるようになった以上、もう、戸門家は、魔術の秘匿を守るものたちは、彼を始末するために動かない。


 そう、彼が樹木の巨腕を動かせるようになったのが露見すれば、当然そうなる。だから、


「ここで意識を失うまで切って、明日貴様を殺しつくすまで、ことの露見を遅らせればいいだけのことだ! 木村命ォォ!」


 私らしからぬ、乱暴な口調。これは何度も我が妹を狂わせようとする愚かな男への怒りだ。

 軽々しく私の狂気に、〈断絶〉の願いに触れた男への激昂だ。


「ここでお前を倒して、雨季の記憶を取り戻す! そのための力は、たった今、手に入れた! 行くぞ、戸門冬夜ァァ!」

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