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16:冬夜と生枝

「縁結び、黄泉軍」


 私の、丸生枝の周りに黒い靄が発生する。

 黄泉から出でた靄は、男性を模り、冬夜が佇む電車の残骸へと攻め入る。


 本来の彼ら、ヨモツイクサと呼ばれる怪物は本来、私程度の魔術師では扱いきれるものではない。

 彼らと同じ死者となり、黄泉の住民と契約をしてなお、縁結びの魔術を使わなきれば、御しきれないのだ。


 紅い糸が、冬夜に触れ、それを認識したヨモツイクサが、〈断絶〉の魔術師に殺到する。


 どこぞの魔術使いとは異なり、彼は瞬間的に火力をだせる銃器を持っていない。その術式も、戦闘に特化したものではない。

 しかし、


「はぁ!」


 気合とともに、刃が振るわれる。白銀の一閃が糸を切り裂き、瞬間、ヨモツイクサが獲物を見失う。


「君が〈接続〉なら、私は〈断絶〉だ。君が縁結びなら、私は縁切りだ。こんな小手先の術で倒れるほど、私の刀は甘くないぞ!」


 私の糸が結ぶこと、繋げることを表すように、彼の刀は切ること、断つことを表す。


 冬夜が刀を振るう。刃の先には何もない。ただの虚空。しかし、その斬撃は無意味ではない。


 刀が虚空を通り抜けた直後、彼の姿が消える。正確には見えなくなる。認識できなくなる。


 これが、彼の魔術。

 刃が、私と冬夜の間にある縁を切ったのだ。


 詠唱もない。即興の魔術。効果はすぐに消えて、彼は姿を現すだろう。

 しかし、こと戦場において、一瞬といえど姿を消せるというのは、大きなアドバンテージとなる。


 ザクッ


「かはっ」


 後ろに何か気配を感じた瞬間、胸に痛みが走る。下を見ると、胸から刀が生えていた。


「金剛夜叉明王の印が施されている。死穢をまとった君には天敵だろう?」


 背後から、冬夜の声が響く。どうやら、姿を消している間に、背後に回っていたらしい。

 そのまま、破邪の力を宿した刀で刺し貫かれたか。


「大人しく黄泉に帰れ。すぐに、君の大好きなあの死刑囚も、同じ場所へ運んでやる」


 耳元そう囁かれてから、刀を抜かれる。

 ここが黄泉ならばともかく、異なる場所、異なる世界だと、この傷は無視できない。


 身体の形状を維持できず、意識が黒い靄に溶ける。

 気がついた時には、黄泉に戻っていた。


 刺された胸は未だ痛んでいる。しかし、痛みだけで、靄から再び構成した身体には、傷が残っていない。


 そして、ついさっき、あの異世界の怪物と繋いだ縁は、断ち切られることなく繋がっている。

 さすがに〈断絶〉の魔術師でも、自分とは関係のない縁まで切り切れなかったらしい。

 そして、未だ繋がりがあるのなら……


「習合せよ」


 私の言葉に反応して、黄泉の岩肌がぼやける。

 それらは形を変容させ、森と、白メッシュの魔術師を模っていく。


「縁結び、セフィロアダムぅ」


 敵が、こちらの帰還に気づかないうちに、紅い糸を伸ばし、冬夜と、この世界の化け物を繋ぎ合わせる。


 セフィロアダム。というのは正式な名称ではない。そも、原初の生物が、知恵の果実を食べず、生命の果実を食べたこの世界の現象や物体を、理解し、名づけようとする方が間違っている。


 植物の怪物という理解も、現実世界において、最も長生きしうる巨視的な生物が樹木であるという考えから、私たちの頭が理外の怪物を植物に置換しているにすぎないと思われる。


 そんな曖昧な理解でも、糸は繋がり、その行動が〈断絶〉の魔術師に向けられる。


 冬夜も異変に気づいたようだが、もはや糸を全て断ち切る猶予はない。


 ザシュッ、ガッ


 刀が大半の糸を切り裂くが、残った数本を辿り、怪物の一撃が魔術師の二の腕を掠める。


 冬夜はそれに動じず、飛び退くと、残った糸を切りながら木の上に着地する。


「重症にならないかぁ。守りが固いねぇ」

「胸を刺してもすぐに戻ってくるか。想像以上に厄介だな」


 お互いに一撃ずつ入れた。しかし、そのどちらも決定打にはならなかった。

 私の糸は、縁切りの刀とは相性が悪い。結んだそばから切られ、攻撃が機能しない。

 彼の刃は、私を一瞬、黄泉に帰す力はあるものの、黄泉に起点がある習合術式が壊れない限り、私は何度でも戻って来れる。


 お互いに、決め手に欠ける状態。

 そう思わせられたなら、上出来だ。


「この世界の怪物の危険性は、既に知っている」


 そう言って、冬夜は、先ほど受けた掠り傷を肉ごとそぎ落とす。

 切り落とされた肉塊から樹木が生え、根が伸びる。さっき切り落としていなかったら、その根は冬夜の身体を侵食していただろう。


「厄介な化け物だな。傷口に自らの一部を植え付け、寄生するか。木村命が暴走した理由はこれだな」


 行き場を失った根が、そこら中を這いまわっている。冬夜はそれを蹴って遠くに飛ばした。


「一度、攻撃されれば危険だが、見たところ、ある程度は温厚そうだな。飛び乗っても問題はなさそうだ」


 温厚という性格が、この世界に存在するかは議論の余地があるが、その推論はおそらく正しい。

 ほんとうに、


「縁を繋がれた時くらいしか襲われそうにないな」


 そう言って、冬夜は私の方に目を向ける。どうやら、理解したらしい。


「ここの怪物、君はセフィロアダムと呼んでいたな。これらに木村命を襲わせたのは、君か?」

「さぁ、どうでしょうねぇ? これのお陰で、命君は不完全とはいえ、不死身の力を得た。私としては、得が大きかったわねぇ」


 はぐらかし、言葉を重ねる。


「でも、それがどうかしたのぉ? あなたには関係のないはなしでしょぅ?」

「あるさ。〈進化〉ほどじゃないんだろうが、君はこの世界のことをよく知っている。暴れだすと分かっていて、彼に怪物を植え付けたとは考えにくい」


 鋭いわね。なら、そろそろ言ってもいいか。


「ええ。あの怪物を暴れさせなくする方法はあるわぁ。そのために私は、彼をこの世界に呼んだのぉ」


 さて、ここで取引だ。私たちの実力が拮抗していて、怪物の特性を見破られた今、互いに決め手に欠けているのは明白。互いに言葉を交わし、情報も共有できた。


 取引を持ち掛けるには、絶好の機会だ。


「ねぇ、命君を見逃してくれないかしらぁ?」

「……」


 私の言葉に魔術師は反応を示さない。


「さっき言った通り、命君のなかの怪物は私が何とかする。それなら、戸門の魔術師に彼を殺す理由はないわよねぇ?」


 互いに利はある。ヨモツヘグイによる処刑は、私の手によって妨害される。今、彼を殺そうとするなら、不完全な不死が限界を迎えるまで殺しつくすしかない。


 この状況下なら、殺さずに危険だけを取り除ける選択肢を示せば、自ずとそれが最適解となる。

 しかも、私が願うのは、命君の生存。私が縁を結んだ、現世の人間を生かすこと。


 お互いに大きな利益を生み出しつつも、互いに損はしない。戸門家や、魔術師全体に対してではなく、戸門冬夜個人にしか交渉できないのは残念だが、これに乗らない手はないはずだ。


「なるほど、たしかに魅力的な提案だ。だが、断る」


 そんな私の予想は、冬夜の短い一言によって崩れ去った。

 どこかのアニメの漫画家のキャラクターを幻視するレベルの、不可解な拒絶だ。


「処刑を担当したのが、〈正義〉や〈進化〉辺りなら、君の提案に即座に乗っただろう。しかし、私はね、個人的に彼を殺したいと思っているんだよ」

「なんで! あなたはもう、雨季さんと命君の縁を切ったんでしょぅ? なら、もう彼に執着する理由はないはずだわぁ」


 刀を掲げ、宣言する冬夜に、私は声を振り絞って抗議する。しかし、


「そうでもないさ。今まで、妹が助けたいと思ったもの、妹が狂気的なまでに求めたものは、余すことなくその縁を断ち切ってきたが、あの男は今までと違い、私を知っている。

 妹が彼を忘れたのではなく、私が妹から、彼の記憶を切り捨てたのだと知っている! だから、妹の記憶を取り戻す手段があると、そのために行動を起こせると分かっている! 

 ならば、彼は、木村命は危険分子だ。確実に殺す!」

「縁結び、セフィロアダム!」


 取引の決定的な決裂を察知し、紅い糸で、怪物と敵を繋ぐ。彼を襲わんと木々が枝の槍を拵えるが、冬夜の刃がそれを阻む。


「不死といえど、不完全だ。拘束したうえで、殺し続ければ死ぬ。私は、君が余計なことをしないよう、ここで時間を稼いでいればいいだけだ」


 私は、異世界から異世界への移動はできるが、それだけだ。根本的に死者であり、ヨモツヘグイをした以上、現世に戻ることは叶わない。


 だから、命君が現世で殺されそうになっても私は助けられない。だから、


「あと、およそ20分。その時間だけ君を拘束できれば、現実で彼を殺せる」


 ここで、圧倒的な不利に立つ。両者手詰まりの中、私にのみ与えられた時間制限。


 命君の中に住まう怪物の暴走さえ止められれば、命君個人を殺そうとしている相手は冬夜だけ。

 彼の縁切りの魔術は強力だが、破壊力はない。命君を殺しきることはできないだろう。


 残り20分。その間に、〈断絶〉の魔術師を突破し、命君を助ける。

 それが、私に課せられた勝利条件。




 そう、思わせることができた。


 表情にはださず、内心でほくそ笑む。

 もし、冬夜が本気で命君を殺そうというのなら、私なんか放っておいて、彼の居場所をつきとめ、監視するべきだった。


 だって、命君の中の怪物を暴れさせない方法があるとは言ったが、その方法を実行するのに、私が立ち会う必要があるなんて、一言も言ってない。


「たとえ、戻ってこられるとしても、黄泉に帰って、ここに戻るには、時間を使うはずだな」


 私の内心に気づかずに、魔術師の凶刃が私の胸を刺し貫く。


 身体が崩れ、黒い靄になり、黄泉へと戻される。


 そう、それでいい。こちらで使った術式は、冬夜には見えない。


「さてぇ、始めようかしらぁ」


 世界を越え、結ばれた糸。これは私と命君とを繋いでいるものだ。


 その糸を結んで、わっかを作る。できたわっかに糸を通し、命君の糸と、新しい糸を結ぶ。


「縁結び、———」


 さて、じゃあ私は、〈断絶〉の魔術師を足止めするから、私の幼馴染は頼んだわよ。


 お母さま。



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