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14:車窓と命

『戸門学園、戸門学園、次は、■■■に停まります』


 長い夢から覚めて、電車が目の前に現れる。


 隣には、妹を狂わせかけたクズ、木村命が目を開けていた。


 自らが〈接続〉の魔術師から受け継いだ願いに、私の妹を、その優しさを利用した者。

 何があっても、許してはおけぬ。

 彼が勝手に暴走して、死刑宣告を受けたのは、好都合中の好都合だ。

 手錠を乱暴に引っ張り、木村命を電車に乗せる。


 私も乗った直後に、ドアが閉まった。


「処刑開始だ。せいぜい、早く、……楽に死ねることを祈るんだな」



 俺の、木村命の、最後の旅が、最期の旅が始まった。持ち物は、〈正義〉から受け取った本のみ。

 同行者は、雨季から、俺や実菜の記憶を奪ったクズ、〈断絶〉の魔術師、戸門冬夜だ。


 当然、電車内での会話もあるはずもなく、電車の音だけが車内に響く。


 やがて、夕焼けに染まった車窓が暗闇に包み込まれた。

 この暗闇が晴れたとき、今回の異世界が姿を現す。


 その異世界の風景が、何の変哲もない洞窟だったとき、つまり、黄泉と呼ばれる生命の有無で現実世界と隔たれた世界だったとき、俺の死が決まる。


 いやっ、黄泉に行けなくとも、処刑の方法が火あぶりに変わるだけで、死刑という事実は揺るがない。

 俺の左腕に住まう化け物、樹木の巨腕の危険が解消でもされない限り、俺の死は免れないのだ。


 俺に悲しむ時間を与えないように話しかけてくれたカウンセラーがいなくなり、やっと涙が流れ始めた。


 俺はここで死ぬ。受け継いだ願いも果たせずに、実菜との約束も果たせずに、雨季の記憶も戻せずに、ただ、道の途中で、意味すら得られず死に絶える。


 車窓の黒に凹凸が生まれる。電車から漏れる僅かな光を反射して、水に濡れた岩肌が光りだす。

 ついで水面。人の手が施されず、暗闇に支配されていた洞窟が、電車の手によって煌めきだす。


 一度、この異世界に来たことがある。黄泉。黄泉平坂の先、地下深くにあるといわれる死者の国。

 世界をまたぐ電車は、死に満ち満ちた洞窟に、二人の生者を誘う。


 ここが俺の死に場所だ。


「あれ?」


 車窓に映る景色に、一瞬、おかしなものが交ざりこんだ。

 人の手の届かぬ洞窟に、紅い糸だなんてあるはずもないのに……


 しかしそれは、幻覚ではなかった。先ほど一瞬だけ映り込んだ紅い糸は、幾束も重なりあい、確かな太さとなって、未だ速度を緩めぬ電車にまとわりつく。


「なにが……」

「何なんだ、あれは?」


 俺と冬夜、全くもって在り方の異なる二人から、同じような疑問の声が漏れる。


 それを見計らったように、無数の紅い線が、車窓の景色を覆いだした。


「何者だ? この列車に何を仕込んだ!?」


 刀の鯉口を切り、魔術師が叫ぶ。赤は現在進行形で、洞窟の景色を塗りつぶしている。


 ふと、後ろを見ると、案の定、こちらの窓も、無数の赤色に彩られていた。

 違いがあるとしたら、電車と外界を分かつ扉。そこの小さな隙間から、一つの赤が侵入していたことだ。


 赤い糸は、そのまま伸びてきて、俺に、正確には、俺の左腕に向かってくる。


「させるか!」


 侵入してきた糸に気づき、冬夜が刃を振るう。糸が切れ、力を失ったように倒れた次の瞬間、俺たちを囲むように、四つの扉から糸が侵入してきた。


「何者かは知らないが、この罪人は私が殺す! 怪物の類はご退場願おう!」


 刀が振るわれ、三方向から伸びてきた糸を両断する。

 しかし間に合わない。四つ目の糸は、切られることなく、俺の下まで辿り着き、袖口から侵入して、左ひじに触れる。


 丁度、初めて行った異世界で、樹木の怪物から攻撃された場所。そして、今日、学校を襲った樹木の怪異が現れた場所だ。


「習合せよ!」


 糸から意思が伝わる。声が聞こえる。

 もう、聞くはずのなかった声。つい、先週に亡くなった、幼馴染でもある先輩の声。


 そして、その言葉を皮切りに、車窓の糸が解け始める。


 完全に窓の外の風景を塗りつぶしていた赤が崩れ、窓の向こうの景色が露になる。


「なんだ、これ?」

「なっ……!?」


 予想外の風景に困惑する冬夜を他所に、俺はその景色に、その世界に戦慄する。


 森。何の変哲もないただの森。


 車窓を映す写真に、こんな風景があった気がする。


 そう写真だ。何の動きもない写真。動く電車の中から、そんな風景が見えるのだ。


 なんでか。突飛すぎる答えだが、ここが異世界だということを考慮すると、その回答は自ずと定まる。


 森が動いているのだ。電車と並走して、ほんの少しの遅れもなく。


「……まさかっ」


 ここに来たことのない魔術師が遅ればせながら現状を理解する。


 冬夜が唖然としていたのは、高々数秒。ぼーっとしていれば簡単に過ぎてしまう時間だ。


 しかし、侵入してきた紅い糸が、隙を見てその身体にまとわりつくには、十分すぎる時間が過ぎていた。


 冬夜にまとわりついた糸、そのもう一方の先端は、ドアの隙間をぬって、あの森にへと続いている。


「縁結び、セフィロアダム」


 声が響く。瞬間、車窓の森が近づいてくる。線路が寄っているのではない。以前、この異世界で体験した破壊の奔流が、電車に向かってきているのだ。


「うわあああぁぁぁぁ」


 トラウマが呼び起され、絶叫の後に電車内を走り出す。どこに逃げることも叶わない。

 あの破壊は、何があろうと電車ごと俺たちを吹き飛ばす。


 魔術師が、森の攻撃に気がつき、刀を構える。しかし、その行いには、何ら意味がない。

 いかなる剣の達人でも、あの破壊は切れない。


 一秒の後、世界が吹き飛んだ。


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