表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/85

13:〈断絶〉と冬夜

「雨季君も、冬夜兄様も遅い。早く食べましょうよ、プリン!」

「そう慌てなくても、プリンは逃げませんから! 雨季様も冬夜様も、まずは手を洗いましょうね」


 儀式を見終え、子ども部屋に戻ると、すでに弟の姿があった。

 戸門春秋。四歳とは思えない落ち着きようで、こちらが席につくのを待っている。


 私は石鹸で手を洗い、妹は軽く手を水に濡らしただけで席についた。

 机には、三個のプリンが並んでいる。


「月石のおばちゃんは食べないの?」

「これはお母上が貴方方にと用意したものにございます。私の分などありません」

「ぶ──」


 妹の問いに、月石さんが困ったような顔を見せる。案の定、妹は不機嫌な表情で、膨れ上がった。


「なら、月石さんはこれを食べてよ。プリンじゃないけど、美味しいよ」

「あら、春秋様、ありがとうございます」


 妹の不機嫌に対処するように、春秋が月石さんにチョコレートを手渡す。市販の、四角くて小さいやつだ。


「良かったね、雨季君。これで、みんな一緒に食べられる」

「うん!」


 そういって妹は、スプーンとフォークとナイフが一緒くたになった謎食器を手に取った。


「いっただーきまーす!」

「はい、いただきます」


 妹の元気いっぱいの挨拶に合わせ、月石さんが呟く。

 瞬間、ほのかな違和感を覚えた。月石さんが持つチョコレートに開封したような跡があったのだ。


 どうでもいい。気にせずともいい違和感。しかしそれがどうしても気になった。


「あの、月石さん」

「はい? 何でしょ——」


 遅かった。私が違和感を口にだそうとしたその時には、月石さんは、チョコレートの端をかじっていた。


「はは、はははは」


 春秋が笑う。次の瞬間、月石さんが地面に倒れ伏した。



「えっ?」


 呆然とした顔で、妹が倒れた月石さんを見つめていた。

 私が睨んでいたのは、別の方向。部屋の出来事全てを受けて、ほくそ笑む弟、戸門春秋に向けられていた。


「何をした? 春秋!」


 テーブルを乗り越え、反対側に座っていた春秋の襟首を掴む。

 月石さんが倒れたのは、こいつが関わっているはずだ。


「別に、ただチョコに毒を入れただけさ、致死性のやつね」


 バシッ


 本家と分家の差も忘れて、私の平手が、春秋を襲う。六歳の子どもが四歳の子どもを殴るなど、やってはいけない行為だが、今回ばかりは、こちらに正義があるはずだ。


「なんで、月石さんを殺そうとする!? なんで?」

「逆に聞くけど、面白そうだから以外の理由が見つかるのかな? ボクが動く原因は、いつだって、どこだってそれだ」

「……この外道が」


 きちんとした方向性があるだけ、まだ魔術師の方がマシと言える。齢四歳でありながら、その精神は根っこの根っこまで腐りきっている。


 もう一度腕を振りかぶり、弟を殴ろうとする。しかし、


「ボクの方を向いてていいのかな? 向こうはどんどん面白くなっていくよ」

「……月石のおばちゃん」


 二つの言葉が耳に入り、たまらずに振り向く。


 泡を吹いて倒れる月石さんに、雨季が手をかざしていた。

 真剣な表情とともにかざされる両手が、黄金色の光を放つ。


「あま、き……さま?」


 虚ろな目で、月石さんが疑問の声を浮かべる。魔術使いでもない彼女には、何が起こっているのかはさっぱり分からないだろう。


 私には分かる。あれは毒消しの魔術だ。しかも、扱う力が大きく魔術使い程度じゃ扱えない部類の。


「さあ、冬夜兄様。一緒に新たなる魔術師の誕生を祝おうじゃないか。四歳で魔術師なるなんて、うちの雨季君は天才だな~」

「……これがお前の狙いか」


 さっきの儀式と同様だ。

 今回、魔術使いの男は雨季に、男の妻が月石さんになったに過ぎない。


 魔術師の家系に生まれた雨季にとって、月石さんはたった一人の優しい大人だ。

 そんな人のためならばきっと、魔術の狂気すら受け入れられる。


 儀式で見た〈平和〉の魔術師のように、最悪な道が待っている。

 そんなこと、私が、兄が、戸門冬夜が受け入れられない。


「はは、その結果も面白いね。冬夜兄様ぁ」


 机に向かい、妹がついさっきまで手にしていた食器を手に取る。


 妹の代わりに、魔術を使って月石さんを助けることはできない。毒消しの魔術の組み方は知らないし、妹と違い、狂ってでも月石さんを助けたいという思いは、残念ながら抱けない。


 だから、優先順位で絞り込む。

 私が優先すべきは、妹の正気。妹に大きな魔術を使わせず、狂わせないこと。


 そのためなら、私は狂える。

 そのためなら、妹を狂わせるもの、妹が狂おしいほどに大切に思うものの全てを、妹から〈断絶〉できる。


 狂気に目が眩み、血液が身体中から染み出てくる。

 俺が知る魔術。俺が使える魔術。その中で、この状況を切り抜けるには、この魔術が必要だ。

 手にした食器。その先端のナイフ部分で、魔術を発動しようとしている妹の手を切る。


 それが、魔術発動のサインとなった。

 この斬撃をもって、妹と、妹を狂わせる使用人の縁は切れた。

 雨季にとって、今目の前で倒れているのは、名前も知らない誰かだ。


「はは、改めて祝おう。〈断絶〉の魔術師はここに誕生した」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ