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11:処刑と雨季

「凄まじい回復力ですね、信じられない」


 午後6時30分。病院の一角。私、戸門雨季に、医者が正直に告げてきた。


 昨日、全身血まみれで運ばれてきた患者が、今日、元気に回復しているのだ。驚くのも当然だろう。


 魔術師に限らず、魔術使いにとって、大ケガに日常茶飯事だ。魔術の発動に伴う激痛や、実験の失敗、魔術師同士の抗争など、原因は様々だが、それによって足を止めていたら、研究が進まない。


 だから、治癒の魔術は多くの魔術師が優先的に研究した分野であり、他の魔術と比べても、数世紀レベルで進度が違う。


 私の異常とも言える回復速度も、それが原因だ。


「この様子なら、退院してもいいでしょう。定期的にメディカルチェックには来るようにね」

「はい。分かりました」


 言いつつ、来るつもりはない。戸門家の入院データは、魔術秘匿を破る要因になりかねない。

 誰かが手を回して、私の入院という記録と記憶は、すぐに削除されることになるだろう。


「それじゃあ、お大事に」


 言葉とともに退出を促される。受けた傷がどんなものだったのか聞きたかったが、そんな時間はなさそうだ。


 魔術使いにとって大ケガは日常茶飯事と言ったが、今回は少し異常だ。何せ、ケガをした記憶はない。


「今日は、火曜日……か」


 病院のカレンダーを見つめ、そう呟く。その認識が頭を混乱させる。


 私の感覚では、今日は木曜日だ。一週前の木曜日。


『明日、怪異の調査を手伝ってほしい』


 そう〈接続〉の魔術師に頼まれたのが、先週の水曜日。それ以降の記憶がない。

 私は昨日、血まみれの状態で病院に運ばれてきたらしいが、木曜から月曜にかけて、私が何をしていたのか、全くもって心当たりがない。


 心当たりがないと言えば、昨日、病室に来た少年にも、心当たりがない。

 何やらペチャクチャと喋っていたが、全く理解できなかった。

 〈正義〉様と一緒にいたあたり、新しい魔術師か何かだろうか? 


「雨?」


 物思いにふけりながら病院を出ると、雨が降っていた。

 そういえば、今は六月。丁度、梅雨の季節だ。この位の雨はおかしくとも何ともない。


「う~ん、傘は持ってるわけないし、水除けの呪いは、ここじゃ目立つか」


 隠形と水除けを同時に行うとなれば、それなりに時間がかかる。今の持ち物的に、札も一から書かないといけないので、人目のある場所じゃできない。


「トイレは混んでるから無理。病院内も、満遍なく人の目があるわね」


 無理矢理場所を作ればともかく、魔術の発動には向かない場所だ。

 それよりも、都合のいい場所が目の前にある。


「あの廃ビル、多少は濡れるけど、人目はないわね」


 道路を挟んだ反対側に、廃ビルがあった。あそこなら人目を気にせずに、魔術を使える。


 道路を渡る間は濡れるが、それだけで済みそうだ。


「よし、決めた」


 横断歩道が青になったのを確認してから、病院をでて、廃ビルへと走り出す。ものの数秒で、私の身体は、道路の向こう側へと移動した。

 いかにも古そうな扉。カギはかかっていない。


「お邪魔しまーす。ちょっと雨宿りさせてください」


 誰もいるはずのない建物のドアを開けて、そう呟く。そして、


「へぇ、本当に来たよ。あの白アタマの言う通りになったな」


 あるはずのない声が響いた。

 見ると、昨日、病室に入ってきた少年の姿がそこにあった。

 考えるより先に、口が動いた。


「……みこ……と」


 言葉にしておいて、誰のことだろうと思う。

『ミコト』。彼の姿を見た瞬間、その名前が口から漏れた。

 男なのか女なのか、よく分からない名前だ。


「その兄だよ。あいつと一緒にされんのは、イラつくな」


 言って、『ミコト』なる人物の兄は、こちらを睨めつける。

 何も身に覚えがなかったが、確かな悪意がそこにあった。


「単刀直入に聞こう。あいつをSクラス入れたのはお前か?」

「何のこと?」


 ほんとに、何のこと!? あいつって誰? 


 最近、私がSクラスに招いた人なんて、記憶の中じゃ一人もいない。あいつに該当する人間が一人もいない。


「お前の兄とかいう白アタマが、お前が裏口編入に関わってるって言ってんだ」

「白アタマって、シュン兄のこと?」


 私の問いかけに、少年がうなづく。

 また変なことをしているらしい。関係ない一般人を巻き込むのは、よろしくないと思うけども。


 まあ、テキトーに話してお帰りいただくか。


「裏口編入ね、何も知らないわ。シュン兄にウソを吹き込まれたんじゃない?」

「んなわけあるか! 裏で何かの力が働いてなきゃ、優秀な俺じゃなくて、あいつらが選ばれるわけないんだ!」


 うわ、自分で優秀とか言ってる、この人。

 しかも、Sクラスを、魔術師の育成機関ではなく、優秀生徒の特別教室だと思ってるようで、完全に話が通じない。


「そんなこと言われても知らないわよ! 他の人が関わってるんじゃない?」

「昨日、あいつとお前が会ってんのを見たぞ! お前があいつをSクラスに入れたんだろ!」


 激昂とともに、少年が私に掴みかかってくる。

 他には誰もいない廃ビルの中。か弱い乙女が、大きい男に襲われている。


 乙女が普通の女の子なら、大層危険な場面だろう。

 普通の女の子ならの話だが。


「言え! お前があいつをSクラスに入れたって! そうすれば俺が、Sクラスに入れるんだ! 何としてでも……ゴフッ」

「uruz」


 すぐに手袋をはめて、その刻印に微量の魔力を通す。

 ルーンが示すは力。私の拳が鳩尾に埋まり、少年が倒れる。

 接近した口元から、嫌な臭いが漂っている。


「薬物の臭い。しかも、いくつもの薬を合成してる。〈笑顔〉様の仕業ね」

「流石、ボクの妹だ。嗅覚だけで犯人を見破るとは、兄として鼻が高いよ」


 私の呟きと同時に、廃ビルの奥から声が響く。シュン兄の声だ。


「何のつもり? 無関係の一般人まで巻き込んで、魔術の秘匿を破る気!?」

「はは、まさか。秘匿はボクの身を守る盾だ。それがなかったら、ボクは〈正義〉だの〈平和〉だのに滅ぼされてるよ」


 兄の姿は見えない。声だけが不気味に響いている。


「彼は、Aクラスの中で最も優秀な生徒らしくてね。面白そうだったから、薬で判断力を鈍らせて、ウソで騙して、傀儡にしてみたんだ」

「他の魔術師も大概だけど、戸門家ってやつは外道だらけね」

「君もその一人だ。そろそろ6時60分だけど、駅に行かなくていいのかい?」

「普通に7時って言いなさいよ。というか、駅に何があるっていうのよ?」


 意味不明な言葉を言いながら、シュン兄はケラケラと笑う。6時60分? 何のことだ? 全くもって、記憶にない。


「はは、行かなくていいのなら、彼ともう少し遊んであげなよ。薬で頭のタガが外れるからね。ルーンの拳一発くらいじゃ足りないよ」

「Sクラス、クク、あいつから自白させれば、俺がSクラス、ククク」


 遠くの近く。2つの方向から、男の笑い声が響く。

 振りむくと、先ほどの少年が、ユラユラと立ち上がりながら、こちらに眼を向けていた。


 狂気に見開かれた双眸には、最早、悪意と欲望しかこもってない。

 それでいて、彼はシュン兄の戯れの被害者でしかないことが、私の拳をためらわせる。


「はは、雨季君が何も思い出せないまま、彼が死んでいく。ああ、いい。いいよ! 君の未来は、最高に面白い」


 少年のことを気にも留めず、シュン兄が嗤う。もちろん、正気を失った少年の耳には届かない。


 そうこうしているうちに、


 チクタクと、時計の短針が7に、長針が12に近づいていく。

 秒針と長針が同時に揺れ、ともに元の位置から六度だけ移動して12に行きつく。


 大事な何かを忘れているような気がするが、この時の私は、何も思い出せなかった。


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