表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/85

8:根と命

 命が消えていく。イノチという意味でも、ミコトという名でも。俺は消えていくのだ。

 胸に空いた穴から、赤が流れ出していく。


 意識が溶けていく。血液が地面に吐き出されるたびに、頭の回転が遅くなる。

 心臓を抉り取られたらしい。鼓動が響かず、血液が流れず、出血が止まる。


 傷がついたところから、血がでるという生命の特徴すら消え去った。それでも、溶け切らない意識が、醜くも生にしがみつく。


 意識が途絶えたら、そこで終わりだ。もう、起き上がることはない。


 その時だった。


 トクン


 心臓の音。誰かの鼓動が、血の池を伝って耳まで響いてくる。


 トクン、ドクン、ドクン


 弱弱しい心臓の音が、徐々に確かになっていく。そして、


「あああ、ウグアアアア」


 怪物が起き上がった。俺は何もやっていない。ナニカが俺を動かしている。


 ドクン、ドクン

「……昨日の時点で気づいてはいたが、貴様、体内にとんでもない化け物を飼っているな」


 起き上がっても、鼓動が聞こえる。俺の心臓が、復活しているようだ。

 血流も戻っているのに、出血は生じていない。


「胸に風穴が空いていたというのに、すでに塞がっているときたか。貴様、まさか不死身か? まったく、どういう理屈だよ」


 言って、魔術師が一つしかない腕を振るう。瞬間、左腕の感覚が消失する。

 俺の力の根幹となっていた左腕が根元から切り落とされたのだ。


 しかし、地面には落ちなかった。腕は胴から離れたが、地面に落ちる前に落下が止まったのだ。


 細い、本当に細い線が、俺と腕とを繋いでいる。

 植物の根だ。


 根が蠢き、胴と繋がる。失っていた腕の感覚が戻ってきた。


「なるほど、貴様が飼う化け物が、植物の形をとっている以上、宿主に根を伸ばすのは当然か。そんなことで傷が治るなら、本格的に不死身だな」


 再び、破壊が生まれる。身体の修復を終え、巨腕が再び顕現する。先ほど、〈正義〉の魔術師が歌を詠む前と、同じ状態だ。


「これは……ワタシでは、対処できんな。〈平和〉たちよ。ピエロを呼んでこい! それまで、ワタシが足止めする」


 方針を俺の殺害から、別の方策に切り替えたらしい。鬼面の魔術師の指示に従い、白い影が飛び去った。

 怪物がそれに反応して、影に向かいツタを伸ばす。影の喉元に届かんとした破壊は、しかし、横から飛んできた物体によって遮られた。


 さっきまで、カウンセラー室の壁だったコンクリート片だ。


「貴様の相手はワタシだ。他には手出し無用で頼む」


 コンクリートを片手で投げた姿勢のまま、鬼面の魔術師は言葉を紡ぐ。


「すまないな。本来ならワタシが歌の一つでも詠んで、貴様の心を救いたいところなんだが、所詮ワタシは偽物の〈正義〉だ。そこまでのことはできない」


 自らを偽物と称し、魔術師は懐に手を入れる。そこから取り出されたのは、一枚の写真だった。


「貴様に理性が残っているのなら、これは効くだろう?」

「イデゥキぃ」


 一樹の写真だ。怪物に支配された身体で呟いたせいで、声が掠れている。

 カウンセラー室で、俺が落としたアルバム。そこから、持ってきたのだろう。


「犠牲を少なくするためだ。悪くは思うな」


 瞬間、一樹が映った写真が握りつぶされる。衝撃が怒りを呼ぶと同時に、枝の槍が魔術師に殺到した。しかし、


「はっ!」


 着弾の寸前、魔術師は気合とともに飛び上がり、槍を足場に俺本体に差し迫る。


 魔術師を突き刺そうと、槍から枝が突き出される。しかし、それらの攻撃は、魔術師の脚力に追いつけずに空を切っていく。そして、


「あがっ」


 俺の目の前に着地した魔術師が、斬撃にも思える蹴りで、俺の頭と胴を分かつ。

 しかし植物の根は、頭にまで伸びていた。


「せいぜい、再生に時間を使え。〈笑顔〉が来るまで、暴れさせねえぞ」


 根が、首と胴とをつなぎ合わせる。その瞬間には、腹が吹き飛んでいた。

 その次は胸。その次は首。腹、胸、首、腹


 こちらの再生の度に、他の部位が吹き飛ぶ。怪物の根が、すぐにそれらを繋ぎ直すが、痛みと衝撃は消え去らない。

 破壊と再生が五順ほどしてから、ようやく変化が現れた。


「はあ、はあ、和歌の力が切れたか、詠みなおさねばな」


 どうやら、魔術の効力が切れたらしい。拳を叩きつけられた胸が、吹き飛ばずに残っている。


 軽く天地を動かすと謳われた和歌の力。それを用いて、魔術師は俺を殺し続けた。そして、力尽きたのだ。

 自らが足止めしていた破壊の災厄。その目の前で。


「ウグワァアアアアアアァァァァァ」


 絶叫と同時に、樹木の巨腕が、隻腕の魔術師へ迫る。彼女の身体能力を持てしてもなお、回避は不可能だ。

 しかし、腕の攻撃が、鬼面ごと頭を潰す寸前に、魔術師の姿が消失する。


 代わりに現れたのは、白装束に刀を持った謎の男だ。樹木の巨腕に、その刃を当てている。


 見覚えのない顔。しかし、俺にはこいつの名前が分かった。

 前髪の中央に、太い白メッシュ、戸門家特有の髪色だ。歳は俺と同じ位。その条件に該当する人物のことを、俺は何回も聞かされている。


「〈断絶〉の魔術師、戸門冬夜だ。妹が世話になったな」


 刀を俺の方に向けながら、冬夜は軽く自己紹介をする。


 〈断絶〉の魔術師、戸門冬夜。雨季から、俺や実菜の記憶を奪った犯人の名だ。


「オマ……コロ」


 怒りと敵意が、そのまま巨腕に伝わった。眼前の魔術師に破壊が迫る。しかし、


 〈正義〉の時と同様、姿が消えた。


 そして、


「やれ、〈笑顔〉」

「ヒヒヒ、分かっていますとも」


 声が聞こえた瞬間、霧がかかる。その霧を吸い込んだ瞬間、俺の意識は、はるか夢幻の彼方へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ