5:先輩と命
5時半に部活が終わり、部員がそれぞれ帰路につく。少なくとも、いつもはそうだ。いつもは、
「良かった~ 命君、来てくれたぁ」
「いやっ、そりゃ来ますよ、先輩に呼ばれれば」
今日の俺は違った。ここは学校の校舎裏の花壇。目の前にいるのは、部活の先輩にして、幼馴染でもある生枝先輩だ。
下校時刻を迎え、帰りの準備も終わったタイミングで、俺は生枝先輩に呼び止められた。
放課後、仲のいい異性と二人きり。普通なら、心を時めかせてもおかしくない状況だが、そんな期待は、先輩の言葉によって容易く打ち砕かれた。
「雨季さんに会ったらしいね」
瞬間、体中の毛が逆立ち、血液の流れが速くなる。
俺は部活の中で、その少女の存在を、その少女の名を一切口にしていない。
助けられまくったのが恥ずかしかったというのもあるが、それ以上に、夢が終わった後にも出会ったのが不気味だったから。
その名前が今、何の脈絡もなく、何の関係もない人の口から飛び出てきた。
「そういえば、先輩って」
「うん、Sクラスだよぉ」
夢の中で、戸門雨季が言ったクラスと同じ。他の全クラスと隔離された特殊なクラスだ。
戸門学園のクラスはAからEの五クラスとSクラスに分かれている。
AからEは、単純に学力で分かれている。Aが一番よく、Eが悪い。実菜が俺をバカ扱いするのは、俺がD組で、あいつがB組だからだ。
そしてSクラス。このクラスへの選考基準は、きちんと分かってはいない。
普通ならAクラスより頭がいい生徒が選ばれそうな話だが、正直そうは思えない。実際、全国十位以内の成績の生徒がAクラスに所属している。
Sクラスの生徒がそれを他生徒に話した事例もなく、Sクラスの選考基準は学園七不思議に数えられるレベルで謎になっている。
そして、目の前の生枝は、その謎を知るSクラスの一人だ。
「今日、雨季さんが報告してたよぉ。巻き込まれた一般人がいるって」
いつも通りの甘ったるい口調。しかし、口にされた言葉は只ならぬものだった。
唖然としている俺に、Sクラスの生徒が近づいてくる。十年以上の付き合いなのに、その笑顔は、昨日の怪物のような無理解を醸し出している。
「Sクラスの秘密を、教えてあげようか?」
数秒の沈黙。
生枝先輩は、一度祈るような動作をすると、胸元から一枚の紙を取り出す。
「このお札は、見たことがあるわよね」
こちらの返事も待たず、そう尋ねてくる。昨日の夢、雨季が一度だけ使っていた爆発する紙だ。
墨で書かれたらしき模様は、お寺かどこかで見た気がする。
「だいじょーぶ、急に爆発なんてしないよぉ」
「…………ほっ」
「やっぱり、これが何か知ってるんだねぇ」
こちらを安心させる一言に息を吐いた瞬間、鎌をかけられていたことに気づく。
「うんうん、やっぱり雨季さんが言ってた一般人って、命君のことだったんだねぇ」
まあ、さっきの夢の話と雨季さんの報告も一致するし、ほんとは改めて確認する必要もなかったんだけどぉと、そう呟きながら、こちらを見据えてくる先輩。
「生枝先輩……、何を言って」
「んん~、昔みたいに、いく姉って呼んでよぉ。それでぇ、Sクラスの秘密だっけ? それは、実際に見てもらった方がいいかなぁ」
唖然としている俺に、先輩はお札を遠くへ投げる。
「急に爆発しないって言ったから、先に言っておくよぉ。あれ、爆発するから。一字咒、急急如律令!」
紙が燃え始め、すぐに爆発する。花壇の花びらが舞い上がり、地面に黒い跡が残る。
一度見た現象ではあるが、夢での出来事と理解した一回目とは状況が違う。正真正銘の現実世界で、こんな現象はありえない。
「何なんだよ、これ?」
唖然としている俺に、謎の力を振るった少女は飛び切りの笑顔を向ける。
「戸門家の傘下にある魔術師の育成機関。それがSクラス。命君、わたしはねぇ、願いのために神秘を利用する……魔術師よぉ」
甘ったるい口調でそう言って、魔術師を名乗る少女は静かにこちらを眺めていた。