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7:和歌と命

「なっ」


 〈正義〉が唖然とする。俺を組み伏せている状態じゃ、巨腕に対処できない。

 巨腕が狙うは、敵の首魁、戸門春秋の首だ。魔術師でもない彼ならば、巨腕の破壊は、確実に彼を絶命させられるだろう。


 そう思った瞬間、カラフルな肉だるまが、春秋への道を遮ってきた。


「ヒヒヒ、〈笑顔〉を広げるために、彼を殺されるわけにはいかないので、ヒヒヒ」


 下卑た笑み。〈笑顔〉の魔術師だ。異世界の化け物を一撃で屠った巨腕を受けてなお、その顔面には、笑顔が張り付いている。


「はは、なんだい、その腕は? 制御は効いていないようだし、左腕から新しい生き物でも生まれたのかな」


 ピエロの後ろで、悪辣な笑い声が響く。しかし、もう叫ばない。叫べない。


 春秋の言う通り、俺は巨腕を制御できない。それどころか自分の身体すら、まともに動かせないのだ。


「せいちゃん、君が相手をしてくれ。ボクは一般生徒を避難させる。ピエロはボクの護衛。〈平和〉たちは、せいちゃんの援護に向かってくれ」


 春秋が指示を出すとともに、鬼面の魔術師が動く。俺の身体を抱えると、それを巨腕ごと窓の外へ投げる。


 ツタを伸ばし、枝を伸ばし、巨腕が壁にしがみつこうとするが、魔術師の怪力が、壁ごと俺の身体と巨腕を地面に叩きつける。

 本校舎の中庭。多くの生徒から見られる場所だ。


 衝撃をものともせず、巨腕はツタを伸ばし、俺の身体を起こす。四肢を覆うように伸ばされたそれらは、俺の意思に反し、身体を動かした。


「貴様には、これ以外の道を選んでほしかったよ」


 怪物と化した俺に、魔術師が話しかける。瞬間、霧が視界を塞ぎ、怪物から破壊の対象を奪う。


「ウグワァアアアアアアァァァァァ」

「言葉も解さず、化け物になり下がったか。完全にあのクソ上司が焚きつけたせいだな。〈平和〉たち! プランBだ。ここの様子を隠し、火災を演出しろ」


 霧が晴れた直後、〈正義〉の魔術師の命令により白い影が蠢きだす。庭のいたるところに火をつけ、煙をだし、窓から俺と鬼面の魔術師の様子を隠す。


「これでひとまず秘匿は守られた。あとは貴様だ。殺すが、恨むならワタシにしろ。クソ上司を恨んでも利用されるだけだからな」


 言って眼前の魔術師は、その拳を握りしめる。そして、それに呼応するように、破壊が生まれた。


「ウグワァアアアアアアァァァァァ」


 ツタが鞭を打ち、枝が突き刺し、それが合わさった巨腕が殴る。一つひとつが必殺の力を持った破壊の大渦だ。

 しかし、


「ぬるか内に 見るをのみやは 夢といはむ」


 そんな状態の中で、魔術師は歌っていた。聞き覚えのない和歌だ。一撃でもあたれば死にかねないという緊迫とした状況の中で、和歌のゆったりとしたリズムが感覚を狂わせる。そして、


「はかなき世をも うつつとは見ず」


 トン


 下の句まで歌い終えると同時に、軽い衝突音が鳴った。


「古今集の仮名序が示すように、歌には、力を入れずして天地を動かすほどの魔力がある」


 すぐ後ろから、声がした。言うことの聞かない身体を無理矢理動かして、見ると、隻腕の魔術師の姿がそこにあった。

 いつ移動したのか、どうして移動のかさっぱり分からない。


「その魔力を使えば、ツタだの枝だのをかいくぐって、胸に風穴を開けるくらいはできる」


 その言葉を聞いてからやっと、感覚神経が痛みを伝えてくる。目を向けることはできないが、身体の内を風が通っているような違和感がある。

 彼女の言葉通り、胸を貫かれたのだ。痛みすらほとんど感じないほどの一瞬で。


「今の和歌は、この世の無常を、世の儚さを表している。古今集の和歌さえ歌えればなんでもよかったんだが、死にゆく貴様には、これを送ろう」


 破壊が止まる。さきほどの大渦がウソだったかのように、巨腕が左腕に収束していく。


「さようならだ。せめて苦しみなく逝け」


 四肢を覆っていたツタも消え去り、俺の死体は中庭に倒れた。


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