6:敵と命
「聞かせてk
「丸一樹は実在するよ」
俺の言葉が終わらない内に、答えが返ってきた。
そしてそれは、俺が今、最も求めていた情報だ。
だが、
「なんでそう言い切れる! もうあいつの記録は、俺の頭の中にしか残っていない。お前が言い切ることなんて不可能なはずだ」
完全に信頼できない。なんで、そんなことが言い切れる? なんで断言できる? 客観的な証拠もないし、主観的にも、こいつを信用できない。
「もちろん、なんの証拠もなくこんなことは言わないさ。だから、これを持ってきた」
手を挙げると同時に、部屋の外からピエロがやってくる。昨日、〈笑顔〉の魔術師と名乗った人物だ。
ピエロは、俺に一冊の本を渡すと、そそくさと部屋の外へと出て行った。
「これは?」
「開いてみるといい。それで意味が分かる」
変な呪いとか、付与されてないよな? と感じつつも、それをするなら、もっと自然にできることに気づいて、警戒しつつも本を開く。
そして、本を取り落とした。中身を見て飛び込んできた光景が衝撃的すぎたから。
「しかるべき調査機関に見せてみると良い。加工のあとは見つからないはずだ。魔術による加工がないのは、〈進化〉の先生か、せいちゃんにでも聞くといい」
そこにあったのは、戸籍と写真だった。両方とも、一樹のもの。
ありえない。つまりこれは、一樹が存在したころの記録。生枝先輩が全部消えたと称したものたちだ。
「なんで、なんでお前が、これを持ってる!?」
疑問と叫びに、喉が壊れる。こんなもの、あるはずがない。持っているはずがない。持っているとしたらそれは……
「当たり前じゃないか。だって、戸籍を消して、あらゆる写真から丸一樹の映った部分を消したのは、ボクなんだから」
バン
春秋がその悪辣な言葉を言い終えた時には、俺の拳は敵の眼前にあった。頬にめり込んだ拳が、そのままそいつを、ドアの向こうまで吹き飛ばす。
一樹の写真を見て、また記憶が戻ってきた。思い出が一つ浮かぶたびに、憎しみが、怒りが、敵意が、加速度的に増幅される。
お前が、オマエが、お前が、オマエが、お前がぁ~! 一樹の存在を消したのか!
もう一度地を蹴る。ドアの向こうの悪を蹴り殺すために。
しかし、
「貴様に許したのは、一回の鉄拳だけだ。それ以上は護衛として許さん」
怪力が立ちはだかった。鬼面の魔術師が、一本しかない腕で、俺を組み伏せる。その力に逆らえない。
そうしているうちに、クソ野郎が立ち上がった。
「そこは、護衛として、鉄拳の一発も許さないってとこじゃないかな」
「すみません。余りにも気に食わなかったものでして」
「はは、せいちゃ~ん、素がでてるよ」
春秋が、あいつが笑う。その顔をぶん殴ってやりたいのに、身体が持ち上がらない。
「邪魔すんなよ! お前の〈正義〉はこいつの行いを許すのかよ!」
「許しはしないさ。しかしクソ上司はこれでも、魔術の秘匿を守る壁。Sクラスの代表なんだ。ここでこいつを消しちまったら、今の何倍もの被害がでることになる」
俺の叫びに、〈正義〉は揺るがない。悲しそうな声をだしながらも、俺を組み伏せる力を弱める気配はない。
「無駄だよ。魔術の秘匿が破れれば、確実に警察が動く。
雑事を避けるために細々とやっている魔術師も、一度ばれれば、大っぴらに活動するようになる。もちろん、巻き込まれる一般人を増やしながら、ね」
必死にもがく俺に、声が降りかかる。
「魔術師でもない雨季君や、魔術師になって一年ばかりの丸生枝君は知らなかっただろうけど、魔術による事件をもみ消すにはボクの力が必要なんだ。警察へのコネなんてボクくらいしか持ってないからね」
声は止まない。ただ、俺の怒りだけが増えていく。
「ボクがいれば、多少のことじゃ警察は動かない。逆にボクがいなくなれば、捜査が入り、秘匿が破られる。それを恐れるやつは、皆、ボクの味方をする。
だからさ、ボクは魔術師じゃないし、雨季君みたいに強くないけど」
殺す殺す。
「この平穏を守りたい者全ての力が、ボクの武器だ。〈正義〉も〈笑顔〉も〈平和〉も、ボクが守る三百万のために、ボクが戯れに壊す三百に目をつぶるのさ」
聞きたくない。聞かない。聞こえない。そんなことより、眼前の敵を殺すことに集中しろ。
瞬間、破壊が起きた。いやっ、破壊を起こした。
魔術師の拘束から離れていた左腕が、破壊の権化を生み出した。
餓鬼道で見た、樹木の巨腕。それが、カウンセラー室の設備を吹き飛ばしながら、悪辣なる守護者に迫っていった。