5:教育と命
「はぁ、まずは戸門雨季の話からだな。あいつが魔術師ではないということは、貴様も知っているな?」
「ああ、魔術使いってやつだろ。いくつか手品を使えるだけじゃ、手品師とは呼べないって例で説明された」
「本来であれば、それは有り得ないことなんだよ、本来であれば、だがな」
意味が分からない。魔術師になる条件がどれほど厳しいかは、昨日、雨季から説明を受けている。
苛立たしいといった口ぶりで、魔術師は続ける。
「戸門家ってのは、千年続く魔術師の家系だ。そこの宗家の子息となれば、幼い時から魔術師になるための、狂うための教育を受ける」
それが、どれほどおかしな話なのか、俺はきちんと理解できない。魔術師の苦しみを知らないから。でも、理解できないほどおかしいこと、それだけは理解できる。
「いやっ、教育という言葉は不適切だな。洗脳、……そう洗脳だ。暴力、暴言、薬物、その他諸々。徹底的に心を追い込まれて、七つを数えるころには立派な魔術師になっている」
そこまで言ってから、魔術師は言葉一度を切る。そして大きく息を吸ってから、告げた。
「戸門家にとって、齢十五を越えてなお、魔術師にならなかったのは、雨季と春秋。あの二人の兄妹だけだ」
「春秋のやつも、魔術師じゃないのか? Sクラスの代表とか言ってたけど」
「ああ。だが、クソ上司の話はとりあえず後だ。〈断絶〉の魔術師のことを聞いたことがあるか?」
「ああ、先生から聞いた」
〈断絶〉の魔術師、戸門冬夜。〈進化〉の先生が俺に、警戒すべきと言った人物だ。
「正確にはいとこだが、あれは雨季の二つ上の兄だ。雨季の記憶喪失は、おそらくはあいつの仕業だよ」
「人聞きの悪いことを言うね。そこは、『仕業だ』じゃなくて『おかげだ』っていうとこでしょ」
魔術師の声を遮るように、声が響く。見ると、部屋のドアが少しだけ開いていた。
「やあ、木村命君。昨日ぶりだね。昨日親御さんのサインを貰えたから、正式な編入を通達しに来たよ」
ドアが開く。戸門春秋だ。
「冬夜兄は素晴らしい魔術師だよ。その〈断絶〉の願いでもって、十年以上、妹を狂気から守ってきたんだからね」
「春秋様。ご足労いただき申し訳ございません。話が終わり次第、彼を向かわせますので、しばしお待ちを」
ウソ臭い笑みを浮かべる春秋に、魔術師はきちんとした敬語で応対する。先ほどまで、『クソ上司』とか言っていた人の態度には思えない。
「ああ別に畏まらなくてもいいよ、せいちゃん。そんなことより、ボクは早く木村命君と話をしたい。いいかな?」
「はっ」
首を垂れて、魔術師が黙り込む。春秋の視線がこちらに向いた。
「すまないね。話を遮ってしまった。昨日、雨季君には会えたかい?」
「ああ、なんて言われたかは、説明しなくてもいいよな?」
病室での会話について、〈正義〉の魔術師は、春秋が分かってて仕事を降ったと言っていた。
その言葉を鵜吞みするなら、こいつは雨季の状態を知りながら何の説明もなしに、俺をあの場に引き摺り込んだことになる。
「はは、はははは。いいね、その敵意、傑作だ。でも、それは冬夜兄に向けるべきものだ。分かるかい?」
「……っ」
白い髪の少年の言葉に、喉がつまる。こいつに恨みがあるのは確かだが、それ以上に憎むべきは、雨季の記憶を奪った直接の原因、冬夜だ。
「これでもボクは、善後策を用意して、君と話に来たんだ。兄が協力者を奪ったことに対する、弟のお詫びだよ。ぜひ、聞いてほしいな」
「……なんだ?」
怒りは納めず、警戒は消さず、押し殺した声で問う。その全てを気にも留めず、春秋は言葉を重ねる。
「丸一樹に関する情報を君に送ろう。雨季君と話すだけでは決して知りえない情報を、君に届けようじゃないか」
視界の端で、〈正義〉の魔術師が肩を震わせた。信頼できるかはともかく、聞いておく価値はありそうだ。
「聞かせてk
「丸一樹は実在するよ」