3:元親友と命
「ウザいムーブしているあたしが言うのも何スけど、あいつはとんでもない地雷女なんで、止めといた方がいいっスよ」
「ウザい自覚はあるんだな。あるんだなっ!」
言いつつ、これを拘泥する気はおきない。あいつの話を、きちんと聞いておきたい。
「あいつの髪、あれ地毛らしいんスけど、あいつ、中学のときに色々やられてたんスよ」
「やられてたって……」
答えは、表情が語っていた。実菜の顔に影が差している。
特徴的な白メッシュとSクラスにいたことによる常識の欠乏。
学校という集団において、そういう特徴は時に、最悪の事態を生む。
「あたし、そん時にあいつを庇ったんスよ。最初の方はそれで何とかなってたんスけど、三年になったときに、あたしに飛び火して……」
オカルト研究部で中学の頃の話題はあまり上がらなかった。
というより、実菜が意識して、その話題から俺たちを遠ざけていた。
「あたし、それでも大丈夫だって思ってたんスよ。あたしとあーちゃん、雨季のことなんスけど……、二人なら何とか乗り越えられるって、ほんとに、そう信じてました」
いつもの口癖が消えてから、言葉が途絶える。数秒のための後、実菜の口から憎悪が飛び出した。
「あいつが全部なかったことにしたのは、先輩と初めて会う直前、去年の四月のことです」
そういえば、実菜は土曜日、魔術工房のある公園で、『去年の四月、親友に裏切られて、ここで一人泣いてたあたしに、先輩は声をかけてくれました』と言っていた。
あのとき、実菜を裏切った親友というのが雨季なのだ。
「あたしが何をされても、あいつは素知らぬ顔で横を通り過ぎるようになりました。
一緒にポテトを食べることもなくなったし、話すこともなくなった。話しかけても、迷惑そうな顔をして、他人のように扱われた」
一年前、あの公園で、同じような話を聞いたはずだ。しかし、実菜に手を差し伸べたのは、俺ではなく一樹で、俺はその横で、突っ立っていただけだ。きちんとした内容は覚えていない。
そんなことは知る由もなく。実菜は少しばかり目を潤わせながら、結論をだした。
「あいつは、そういうことを平気でできる人間なんです。だから先輩も関わらない方がいい、と思い……ます」
実菜の言葉が絶え絶えになる。怖いものでも見たかのようだ。
「いやっ、その、先輩からしてみれば、あたしの発言って、仲のいい友達をけなしてるようなもん、いやっ、それそのものですし、イラつくのは分かるんスけど、そんな怖い目で見ないでください! あたし、Mにはなりたくないです!」
どうやら、俺は随分と怖い顔をしているらしい。というか、睨まれただけでMにはならないだろ!
「大丈夫だ。別に実菜に対して怒ってたわけじゃない。ちょっと、昨日あいつと話したことを思い出してさ」
本当に、嫌な話だ。
俺は魔術師ではないが、この世には、魔力と呼ばれる思念のエネルギーを使い、超常をなす技術があることを知っている。
それらの中に、人の記憶を奪うものがあることも。
『あなた………だれ?』
思い出すのは、昨日。病室で雨季が発した言葉。
昨日は取り乱したが、一夜が経った今なら分かる。あれはきっと魔術師の仕業だ。
「先輩、ほんとに大丈夫……スか? あたし、目つきの悪い人は全然……、あんまり……、それほど……、……ありかも」
横で実菜が訳の分からないことを言っている間に、俺は駅の改札を潜り抜けた。