2:ウザい後輩と命
「おっはよ~っス、先輩!」
「……」
火曜日。朝一番に元気な声。ウザいと元気の擬人化みたい女子高生が、俺の家の前に立っていた。
雑談部、もといオカルト研究部の後輩、月石実菜だ。
「この前も思ったけど、俺、お前に住所教えたっけ?」
「ああそれは、ストっ……偶然近くに寄った時に、家に入るのを見かけたことがあったんスよ! ほら、遅刻してもマズいっスから、歩きながら話しましょう」
何か言いかけたようだが、よく聞こえなかった。
そんなことを頭の隅に残しつつ、実菜と同行して学校に向かう。
「そんなことより先輩。昨日は随分と長い時間までSクラスにいたらしいっスね」
「ん? ああ、知ってんのか。手続きとか、しんどかったんだよ」
昨日、校門でのSクラス勧誘は、見てる人が多かった。その中の誰かから、実菜に話が伝わったんだろう。
しかし重要なのは、そこじゃない。
「部活にも顔をだせないほどに、っスか?」
普段、俺には絶対に見せない笑みを見せながら、実菜が問うてくる。しかし、笑みは口元だけ。眼は笑っていない。
「あっ、ああ。Sクラス専用の設備の説明とか色々あってさ。先生の前だったから、スマホも使えなくて……えっと、……すまん」
結局、素直に頭を下げる。
生枝先輩が死んだあと、最初に俺のもとに駆けつけてくれたのは、実菜だった。
生枝先輩の、〈接続〉の魔術師の願いを引き継ぎ、一樹を救うことを決心した俺は、魔術のことを実菜に話すわけにもいかず、テキトーにはぐらかして、実菜の追及を逃れた。
部活のときに、改めて話すと約束して。
俺は、Sクラス編入と、雨季との話し合いにかまけて、その約束を忘れてしまっていた。
彼女の不機嫌の原因はきっとそれだ。
「んん。まあ……、急にSクラスなんて言われたら、部活に出られないのは納得いくっスけど……、それでも、連絡の一つくらいほしいっスよ」
「……すまん」
頭を下げる角度が急になる。
昨日、病院に入る前の通知。きちんと見ないで電源を切ってしまい、病院を出たあとは放心状態だったから、返信をする機会はなかった。
というか、まだ見てない。スマホは俺のポケットで、電源を切られたままだ。
「それで、昨日、メッセージで送った件なんスけど……」
と思った矢先。俺のまだ見ていない話題が降られてきた。頼む。内容を説明してくれ。
そして、
「戸門雨季とは、関わらない方がいいっスよ」
彼女とは関わりがないはずの魔術使いの名前が飛び出してきた。
「なんで、お前が雨季を知って……」
「中学のとき、となりのクラスだったんスよ。成績不振でSクラスを追い出されたとかなんとかで」
瞬間、ありえないという思考が俺の頭を支配した。
初めて会ったとき、雨季は学年のことを知らなかった。魔術師の教育機関であるSクラスでは、学年の区分がないようなので、仕方がないことだ。
だが、彼女がSクラス以外に在籍していたとすれば、その考えが崩れる。
Sクラス以外の通常クラス、学年の区分があるクラスに在籍した経験が、彼女にあるわけがないのだ。
記憶喪失でも起きない限り。
「なんでお前が、俺とあいつのことを知ってんだよ?」
困惑しつつも、口を動かす。金曜の部活で、彼女の名前は口にしていないはずだ。
「駅で一緒にいるの見たんスよ。……手を握ってんのも」
「ああ、あん時か」
土曜の異世界の帰り。命がけの戦いから生還して、俺と雨季は互いの生存を確認し、手を握っていた。
電車の中から、あの光景を見たんだろう。何か、悔しそうな顔をしている気がするが、多分、気がするだけだ。
「ウザいムーブしているあたしが言うのも何スけど、あいつはとんでもない地雷女なんで、止めといた方がいいっスよ」
「ウザい自覚はあるんだな。あるんだなっ!」
言いつつ、これを拘泥する気はおきない。あいつの話を、きちんと聞いておきたい。




