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1:雨のトイレと実菜

お待たせしました 再開します

 学校のイジメというものは、本当に下らない理由で起きる。

 これは、あたしが中学の時にした経験を根拠にしている。


 本当に、『生まれつき髪の一部が白い』たったそれだけで、彼女は追い詰められていった。



 ※

「くっせ、これ入ってんの、あいつだな」


 女子トイレの中に入ると、雨が降っていた。

 雲からではなくホースから。地域へではなく、一つの個室へ。


 制服を着崩した生徒が数人、掃除用のホースを個室に向けている。

 扉が閉まっているのを見るに、中に誰か入っているようだ。


「何、あんた? 文句あんの?」


 入り口の前に突っ立っていたあたしに、ホースを持った生徒が話しかけてくる。

 凍てつくような視線は、他人を委縮させるのに、十分な効果があった。


「文句っていうなら、個室に入れないってのが文句っスかね?」


 雨が降っているトイレ。学校の中だから、傘も持っていない。


 濡れたくないというのは、きちんとした文句になるはずだ。


「ちっ。白けた、帰るぞ」


 あたしの文句に、生徒はホースを投げ出して、女子トイレを後にする。

 濡れた床。濡れた扉。しばらく唖然としていると、閉まっていた個室の扉が開いた。


 目に映ったのは想定外の光景。

 髪染めを禁止しているこの学校で、少女の前髪は、三本の白メッシュが浮かんでいた。

 個室に雨が降っていたというのに、少女の身体は、ほとんど濡れていない。


 濡れていたのは、頬だけだ。


「えっと、大丈夫っスか?」

「別に……、あなたには関係ないわ」


 多少距離を取りながら声をかけると、少女はさらに距離をとってきた。


「いやっ、関係大ありっスよ! こんな胸糞悪い風景を見せられて、無関係なんて言えるほど、顔の皮厚くないっスから」


 これ、このままだと絶対に夢に見る。

 下手に関わっちゃいけないという気持ちもあるが、それをする勇気は、あたしにはない。


 だから、踏み出す。開けられた距離を埋めていく。


「あたしは月石実菜。二年のBクラスっスよ」

「……アマキ、戸門雨季。Sクラ……じゃなかった。二年のCクラス」


 外部受験か、内部進学か、はたまた就職か。

 そんなことをおぼろげに考え始めた中二の冬。あたしは、後に親友となる雨季と出会った。



「はえ~、Sクラスって学年の階級がないんスか? すごいっスね」

「そう……なの? 私は、これが普通だったんだけど」


 三月が過ぎ、三年生になった春の日。学校近くのファストフード店。

 学校七不思議たるSクラスの話を聞きながら、あたしは雨季のナゲットを掠め取った。


「ちょっ、みっちゃん!?」

「いいじゃないっスか、一つくらい。ほら、あたしのポテトあげるっスから」

「本数的に私が損してない?」


 ちっ、ばれたか。


 正確に分量を見極めて、雨季はあたしのポテトの袋から、全体の五分の一くらいの量を取り出し、自分のナゲットのカゴに入れた。

 ナゲットは五個でワンセット。交換としては釣り合っている。


 戸門雨季。あたしと会う三ヶ月程前に、SクラスからCクラスに編入してきた女の子だ。何でも、成績不振により、Sクラスから叩き出されたとのこと。


 噂には聞いていたが、Sクラスは特殊な環境らしい。

 学年について知らなかったのもそうだが、この少女、色々とおかしいのだ。

 カバンの中にモデルガンを常備していたのがその一例。


 ……BB弾ではなく実弾を持っていたように見えたのは、流石に見間違いか、ストラップの類だと思いたいが。


 まあ、多少クラスで浮いていたが、それだけ。雨季は、Cクラスの日々を平穏に過ごしていた。


 悲劇が起きたのは、あたしと彼女が出会う一月前。クラスの女子生徒、数人が髪を染めて学校に来たのだ。


 当然、校則違反だ。その生徒たちはこっぴどく叱られ、髪を染め直された。そして、


『せんせ~、なんで戸門さんは、あの髪で許されてるんですか~?』


 と、そう尋ねた。

 無論、地毛だからだ。白メッシュは戸門家特有の体質で、それは編入後の挨拶で説明されている。


 しかしそれは、雨季を、女子生徒たちの苛立ちをぶつける的にする、十分な理由だった。


 単純な嫌がらせ程度だったそれは、あたしと会うまでの一ヶ月で激化。トイレに雨が降るのに至った。


「まあ、ナゲットのことは置いといて……、あーちゃん、最近クラスの様子はどう?」

「別に、どうもしないよ。前と全然変わってない」

「変わらず最悪と。全くあいつらはどうして気に食わない人と積極的に関わろうとするんスかね~?」


 無神経に雨季の、あーちゃんの傷口に触れる。

 自分でも、この無神経さ、もといウザさはどうかと思うが、『そっとしておいた方がいい』という論理を隠れ蓑に、関わろうとしない、助けようとしない人間よりかはマシだろう。


 それに、なんだかんだあたしと一緒にいるあたり、あーちゃんも、あたしの無神経さを嫌がっていないのだ。


「ん~、でも。みっちゃんがいてくれるおかげで、かなりマシになってはいるよ。みっちゃんと一緒にいる時は、何もされないし」

「うんうん、そう言ってくれるのは、友達として鼻が高いっスよ! あっ、レギュラーソース貰うっスね」


 自分で切り出した嫌な話を払拭すべく。あたしはポテトを、ナゲット用のソースに突っ込む。……このソースポテトにもつくようになんないかな。


「それはいいけど……、みっちゃん、私のために無理してない? 最近、私のクラスで『Bクラスの月石がウザい』って話よく聞くよ」

「それは別に大丈夫っスよ! ほら、あたし、ウザい後輩キャラなんで」

「……私たち、最高学年なんだけど」

「去年までの部活で定着したキャラが、そのまま引き継がれているんスよ」


 文化部特有の軽いノリで先輩をからかっていたら、いつの間にか、こういうキャラにおさまっていた。

「ス」を多用する口癖も、マンガで呼んだ『ウザい後輩』像を自分に適用してるんスよ。


 っと、地の文というか、心の内にまで口癖が浸透しているのに驚きつつ、あたしはポテトをつまむ、あーちゃんの方を見る。


「ふ~ん、あっ、本当にポテトにソースつけるの美味しいね」


 さっきの話題に関する興味は消えていて、その視線はソースの箱に注がれている。

 それを確認しつつ、あたしは肩をもみながら、服にしわをつける。


 どっかの誰かさんに掴まれたのを隠すために……。


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